-しかしイベで資材使いすぎた -- 2020-01-12 (日) 00:00:36
-次のイベントまでに復旧しないとね~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:01:00
-これ無理くり冬イベ名目で2月末に海域開こうとしないだろうな -- 2020-01-12 (日) 00:01:18
-今回は冬イベは素材集め系でお願いしたい -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:01:52
-油30万に戻すには2か月以上はかかるな -- 2020-01-12 (日) 00:01:52
-冬イベやるのかなぁ.... -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:02:31
-2期以降のイベント規模だともう年4回きついよな -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:02:36
-運営も提督もきつい渡欧 -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:02:47
-きついと思う -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:02:51
-秋刀魚とかないのならなんとかなりそうだけど -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:02:51
-イベやる毎に期間が延びてるような -- 2020-01-12 (日) 00:03:09
-ね~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:03:15
-季節感どこ行ったってレベルの季節イベだし -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:03:31
-秋イベ中なのにクリスマスと新年迎えちゃったからね -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:03:46
-今回の6の仕様は友軍の出方次第で期間短縮できた気がするけど -- 2020-01-12 (日) 00:03:53
-終了1週間前だったよね、本来は -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:04:13
-(艦これ内の)秋(にぎりぎり滑り込んだ)イベ、だから -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:04:13
-ずざー -- 2020-01-12 (日) 00:04:22
-いいか大本営が秋って言ったら1月だろうが8月だろうが秋なんだ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:04:47
-はい -- 2020-01-12 (日) 00:05:03
-いや、意外とその辺きっちりしてて -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:05:04
-前年、夏イベじゃなくて初秋イベだったのは、艦これ内で夏に始められなかったからだと思う -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:05:30
-あー頭ぐわんぐわんするんじゃぁ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:06:11
-いつも通りの期間限定イベするなら、3月開始の初春イベにしてほしいもんだ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:06:25
-資源キツイ人も出てきそうではあるけどね -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:06:47
-3海域の小規模じゃないときついな -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:07:14
-念のため今月は開発建造がっつりやるけど -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:07:36
-2月からはもう備蓄に入らねば -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:07:43
-まあまた夏はどうせ欧州行くしねぇ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:07:47
-戦力拡張できねー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:07:52
-・・・そもそも夏場日本にいるか怪しいけど -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:08:21
-5-1の平戸の泥みたいのは今後止めていただきたい -- 2020-01-12 (日) 00:08:24
-ワイも生主Tに教えてもらった方法でガッツリ溜め込む -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:08:35
-自分の生活に合うように変えるところはかえるけど -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:09:02
-資源溜める?ずっとリラクルしてれば多分溜まるやろ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:09:03
-あー -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:09:27
-まあ気長に演習でもしつつ資源貯めればいいやと思ってる -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:09:30
-今のうちに大型建造で大和とかイタリア重巡作った方がいいのか -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:09:46
-どっちかっていうと資源よりバケツの心配かなぁ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:09:51
-万年提督 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:10:00
-他人に資源の溜め方を教えるのはかなり難しいんだよなこのゲーム -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:10:10
-備蓄開始以前は自然回復領域で開発建造しまくるのが効率的やぞ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:10:15
-で、一旦貯め始めたら無駄遣いしない -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:10:23
-次までにバケツが3000個になってるかどうかわかんねえんだよなぁ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:10:36
-生活リズムに合わせて遠征出すしかないし -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:10:50
-今から次イベ始まっても平気なくらい貯め直せているワイ鎮守府、鼻ホジ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:11:00
-何が足りてないかで、溶ける資材も違うしなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:11:02
-遠征はリアル環境に左右されすぎるからなぁ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:11:26
-(*´σー`)鼻ホジ -- 2020-01-12 (日) 00:11:27
-うちみたいに弱小鎮守府はなんもかんも足りないんのや… -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:11:47
-仕事中にスマヒォ全く触れない系の人はかなり不利 -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:11:59
-年から年中改装設計図が火の車 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:12:25
-弱小・・・ゆるふわ・・・ -- 2020-01-12 (日) 00:12:42
-🤔 -- 2020-01-12 (日) 00:12:45
-仕事場のPCで艦これする猛者はいねえか -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:12:49
-それは呼び出しかかるのでは?w -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:13:16
-私は3月から遠征効率がた落ちする -- 和服提督@28ヶ月 雲龍掘り24◆890c6ada 2020-01-12 (日) 00:13:26
-一年間訓練じゃあ・・・ -- 和服提督@28ヶ月 雲龍掘り24◆890c6ada 2020-01-12 (日) 00:13:59
-私はしてます(家からPCを持ってきてるため) -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:14:38
-ここ結構自衛隊員多いな・・・ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:15:30
-しっかり回さないと.... -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:17:41
-遠征.... -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:17:44
-ARグラスが一般的になったら -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:17:47
-自然回復圏でヒーヒーいいながらやるのはもう嫌なんじゃ.... -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:17:59
-周り気にしないで、艦これできるのに(ぉ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 00:18:00
-89式もってでひゃっはーするのが仕事 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:18:04
-まぁとりあえずもうイベ時期も読めないから、溜めとかないとな -- 2020-01-12 (日) 00:18:17
-右目で艦これ 左目でドルフロ 第3の目で仕事できるようになりたい -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:18:39
-仕事時間が長くても2時間45分ごとにトイレ行ける環境があればどうにかなるぅ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:19:38
-あなたが神でしたか....>第三の眼 -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:19:42
-まあ仕事中はスマホの電源落としてるから、タンカー炎星、鼠輸送、北方鼠輸送みたいに今は出してるけど -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:20:44
-隣の同僚「あいつ30分と1時間半と2時間55分のループでトイレに行くな・・・」 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:20:52
-昼休みに出し直し -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:21:06
-三つ目がとおる -- 2020-01-12 (日) 00:22:11
-把握してる同僚も同僚だがさすがに30mと1h30間隔は頻尿過ぎないか() -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:22:34
-30分て膀胱炎レベル -- 2020-01-12 (日) 00:22:36
-提督は頭とケツと膀胱がガバガバ だった....? -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:22:59
-(´∀`(⊃*⊂) -- 2020-01-12 (日) 00:23:36
-提督は頭も目も膀胱もケツもガバガバ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:23:53
-まんぬんのケツは唐辛子でボドボド -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:24:10
- (´∀`(⊃*💣⊂) -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:24:12
-デスクには常にコーヒーがあれば問題ないぞ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:24:15
-コーヒーには利尿作用があるからな -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:24:29
-コーヒーじゃないけど仕事中狂ったように飴舐めてる奴ならいる -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:25:04
-仕事中は1時間に1階トイレに行くようにしてるなぁ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:25:21
-糖尿になるんじゃ -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:25:26
-それが全然健康でやんの -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:25:43
-毎回便器に座ってるから痔の原因になってるんだろうなあ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 00:25:49
-けつ出して座ってるだけで体に悪いらしいからな -- 2020-01-12 (日) 00:26:18
-....便器に座るぶんには問題ないのでは。? -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:26:24
-えぇ。 -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:26:27
-やはり和式なのか....? -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:26:32
-やはり野糞だな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:26:50
-力んじゃうじゃないの?知らずに -- 2020-01-12 (日) 00:26:55
-冬場便所で力みすぎると血管プチッっと行くからなぁ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:27:39
-プチッ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:29:27
-カウントT!・・・ 逝っちまったか・・・ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:29:48
-お前の墓は割り箸で作っておいてやるよ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:30:17
-ヒュードロドロ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:30:29
-十 -- 2020-01-12 (日) 00:30:58
-ばんわー -- ワンカップ提督あらため「名前募集」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 00:30:59
-ばんアヘェ -- 2020-01-12 (日) 00:31:06
-アヘェ -- ワンカップ提督あらため「名前募集」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 00:31:15
-化けて出るんじゃないw -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:31:21
-BAN! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:31:26
-名前は「ミカン味のパインアメ」で -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:32:55
-採用 -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 00:33:12
-さあAK-12とAN-94は18日一発で出るのか -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:35:04
-商品名はイチゴ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 00:35:12
-アツゥイ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 00:35:25
-一カ月ブリュリに東方浣腸キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:36:09
-絶頂!(´∀`(⊃*⊂) -- 2020-01-12 (日) 00:36:25
-赤ちゃんの名前は封印されしエクゾディア -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:36:26
-ヌホォ! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:36:33
-あっイタニキだ燃やせ! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:36:39
-燃メェ! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:36:51
-ついでに顔パン -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:36:59
-そんなにタワシの生パン(ツ)が?(脱ぎ脱ぎ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:37:22
-(´~`)モグモグ -- 2020-01-12 (日) 00:38:23
-たべぬぃで♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:38:36
-ちげーよ顔を日本刀で殴ることだよ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:38:57
-こんなところに日本刀が?おっ丁度いいところにいるニコライを試し切り(ズバァ♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:40:12
-甘いそれは残像だ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:40:34
-本体はこっちか!しねぇ!w -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:40:50
-甘いな お前が本体と認識したそれは 私が気絶させておいた万年だ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:41:39
-まんぬんなにやってりゅんwwww -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:42:12
-そこら辺を歩いていたので気絶させておいた -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:43:39
-ンピィッ?!?! -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:43:54
-まさに露助の所業 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:44:04
-起きたぞヤレ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:44:05
-ヒギッ?! -- (´°ω°` )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:44:16
-ひどぅい -- ( ´°ω°`  )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:44:31
-逃げたぞ撃て -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:44:48
-まんぬんをいぢる幸せ(発砲 -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:44:57
-ンピィー! -- ( ´°ω°`  )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:45:57
-当たったぞ!捕まえろ! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:46:27
-つーかまーえた -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:46:40
-はなせぇ! -- ( ´°ω°`  )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:47:12
-さあどう料理してやろうか ふへへへ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:47:32
-そらおまえ戦列歩兵の最前列やろ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:47:43
-まずは身ぐるみ剥いで羽のような柔らかいもので全身を(・∀・)ニヤニヤ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:48:27
-いやここは戦車の前面に縛り付けてそのまま前線に行くのもいいんじゃねえのか -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:48:41
-マッドマックス世界のやつやめて....? -- ( ´°ω°`  )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:49:14
-まんぬんは死ぬw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:49:33
-くすぐり地獄もやめて....? -- ( ´°ω°`  )◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:49:40
-電機くすぐり棒で永久的に -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 00:49:49
-戦車の刑がいいかこちょこちょの刑がイイかさぁどっちも選べ! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:50:15
-じゃあ国際宇宙ステーション行きのソユーズロケットの先端に縛り付けて発射で -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:50:33
-どっちかじゃなくてどっちもな辺りに草 -- Galf(のっそり勢)@電SG◆676ee5ff 2020-01-12 (日) 00:51:44
-よかったな万年! 比喩でもなんでもなくお星様になれるぞ! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:51:45
-まんぬんを辱しめる道しか鎮守府が生き残る術はぬめ! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:52:42
- -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:53:26
-爆発したwwwwwww -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:53:35
-万年が死んだ際の保険金1000万はわたしとイタニキで山分けだな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:53:48
-これがスーパーマンネン 超万年爆発か -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:54:19
-万年の保険金1.5億出たよ。個々の皆で山分けだ -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:54:52
-(*´ω`*)コンバンハー! -- ビス子嫁提督(残機99)◆300d0560 2020-01-12 (日) 00:54:57
-ぬばぁ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:55:16
-クパァ(エッグの開く音) -- ビス子嫁提督(残機99)◆300d0560 2020-01-12 (日) 00:55:42
-こばんは -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 00:55:42
-BAN!腹パン!(残機‐5) -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:55:44
-イタニキだ! 片栗粉でぬめりを取った後味付けしてカラッと揚げて差し上げろ! -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:56:05
-やったーじゃあ私は1.4憶円もらうね -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:56:09
-美味しくして♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:56:15
-平戸が落ちない、最後に残ったのが平戸と言うのは幸いかもしれんけど -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 00:56:31
-片栗粉がぬめるだけやぞ! -- Galf(のっそり勢)@電SG◆676ee5ff 2020-01-12 (日) 00:56:35
-醤油とおろしショウガとおろしにんにくでいい? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:56:50
-北海道で地震か -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 00:56:55
-片栗粉はぬめり取った後水で綺麗にする -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:57:09
-アッアッ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 00:57:23
-謎報 秋霜レベル5になってた、どこで上げたんだ? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 00:57:58
-そして片栗粉のせいでイタさんのぬめりは春蟹鱒 -- Galf(のっそり勢)@電SG◆676ee5ff 2020-01-12 (日) 00:58:04
-なるかにたる....? -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:58:17
-はるかにますか -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:58:23
-んで、醤油とおろししょうがとおろしにんにくを混ぜ合わせた物に一日漬け込む -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:58:24
-バイクT -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:58:29
-ん? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:58:32
-応援してるチームが勝ってやったーと思って同じゲームしたら惨敗で御座る -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 00:58:33
-飯テロするとカウントお師がキレるよ -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:58:41
-おk -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:58:46
-もうねるから切れない -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:58:53
-おやすみ -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:59:00
-ソンナー -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 00:59:02
-風呂試合? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 00:59:07
-そんならんらんみたいなキレ芸毎回やらないって -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:59:09
-まんねん君に矛先向くだけやゾ -- Galf(のっそり勢)@電SG◆676ee5ff 2020-01-12 (日) 00:59:09
-だが万年の飯テロはすべからくチネ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 00:59:19
-ところで万年なんでそんなに膨れてるの? 彼女に振られた? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 00:59:23
-バイク提督の竜田揚げ講座 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 00:59:33
-いや私たちが日本刀で切りまくった後戦列歩兵の最前線に配置して戦車の前面に縛り付けて前線に行って ロケットで宇宙空間に飛ばしたら膨れ上がった -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:00:30
-……どういうことなの? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:01:08
-あ、大事なこと忘れてた -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:01:22
-報告というべきか -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:01:36
-Lv30で改造出来るとか秋霜ちゃんはいい子やのう -- Galf(のっそり勢)@電SG◆676ee5ff 2020-01-12 (日) 01:01:48
-二人目懐妊 -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:01:54
-何一つ嘘はついておりません イタニキが証人です -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:01:56
-おめ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:01:58
-おめ -- Galf(のっそり勢)@電SG◆676ee5ff 2020-01-12 (日) 01:02:00
-まんぬんは膨れて爆発したw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:02:12
-今度は男の子だと良いなぁ…… -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:02:14
-何時ぐらいの射精がヒットした? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:02:17
-知らない -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:02:25
-年子ではないのよね -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:02:35
-子供いるのにそんなに出来ないよ -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:02:43
-きっとバイクさんそっくりのゴリラになるんやろなぁ -- Galf(のっそり勢)@電SG◆676ee5ff 2020-01-12 (日) 01:02:53
-年子違うよ -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:02:53
-認識間違ってるかもしれないから一応確認するけど子供の感覚が1年居ないなら年子で合ってたっけ? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:03:56
-おめでとうー -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 01:04:02
-間隔が1年以内 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:04:09
-ん?リアルおめでた? -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:04:13
-リアルおめでた二人目 -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:04:28
-あれよくよく考えなくても令和生まれベビーか -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:04:30
-ぬめでとう -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:04:36
-ありがとう -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:04:41
-そいやそうだね -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 01:04:44
-ニコライ提督、そうとは限らない -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:04:45
-おまっ今上天皇に死ねってかw -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:05:10
-ところで嫁さんから「貴方は見てくれはそこまでよくないけど、心がイケメン」って言われたんだけどこれ喜んでいいセリフ? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:05:21
-いいじゃろw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:05:41
-貶しながら褒めてるから泣いていいよ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:05:45
-そうじゃないけど死んだら変わるでしょ>ニコライ提督 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:05:48
-いいとは思うが・・ちと悲しいよねw -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 01:05:59
-微妙な顔をすればいい -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:06:06
-鹿屋T、お前サイコパスって言われねぇか? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 01:06:14
-じゃあ令和の次の元号考えようぜ! 艦之 だな! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:06:40
-見てくれ良く無くて心がダメンズじゃないからセーフ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:06:49
-頭のおかしい自覚はある -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:07:06
-わろたw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:07:14
-次の元号の時私は果たして日本にいるのかわかんねえ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:07:15
-(目をそらす) -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 01:07:41
-令和の発表の時モスクワにいたし -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:08:02
-ニコライはなんで日本にいれぬぃんだっけw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:08:10
-海外逃亡犯?(らめぇ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:08:30
-いや30年ぐらいも日本にいたら飽きるし -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:08:46
-がまんしろよwwww -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:08:54
-また大学生の時のように生きたいなぁって -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:09:10
-飽きる? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:09:37
-飽きる -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:09:47
-しかし平戸まじこねぇな・・。 -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 01:09:49
-実質イベは明日までか -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:10:38
-今の仕事ロシアでもできるし飽きたらというか両親とかいなくなったら出ていこうかなーと -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:11:54
-何はともあれおめでとう -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:12:06
-両親居なくなる頃って爺さんになってるじゃまいかw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:13:38
-どうだろ 死ぬタイミングなんてわかんねえし -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:14:23
-去年の今頃は成人式だったなあ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:15:13
-タワシはゆっくりとゲームしながら余生を過ごしたいぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:15:49
-まあ友人たちとでモスクワにフルシチョフカ買うかみたいな話は漠然としてる -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:15:59
-フルシチョフカ?家のこと? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:16:23
-アパート -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:16:30
-余生も無く働かなきゃいけないのが国民の5割以上らしいぞ・。・ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:16:47
-フルシチョフに見えたのは秘密 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:17:10
-実際フルシチョフ時代に建てられたんだよなぁ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:17:28
-90になってもはたらかぬぃといけぬぃみたいなのTVでやってたぬそういえば -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:17:35
-それでフルシチョフカと? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:17:50
-いやだねぇ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:17:55
-そゆこと -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:18:00
-アパート丸一室を買って皆で長屋替わりにするかみたいなことをたまーに話してる -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:18:48
-現役、独り身の年金総額は生活保護以下だからなぁ・。・ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:18:56
-死ぬときは孤独死で見つかるときには白骨だろなと思ってる人→ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:19:38
-腐って異臭で見つかるだろう・。・ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:19:54
-働かない→ご褒美 それ以外→罰っていう惨状だからな -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:19:56
-冬に死ぬなら多少は...(そう言う問題じゃない)(だとしても孤独死は変わらない) -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:20:46
-北海道に移住すれば安心だな! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:21:23
-北広島町に行ってみたくはある -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:21:47
-まあ骨を埋めるのは日本かロシアかはよくわかんねえ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:22:14
-これで兄弟でも居りゃもう少しテキトーに暮らせるんだがなぁ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:22:49
-しかし万年提督は大変そうだよ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:23:33
-瑞穂 LV78グレカーレ LV1二匹 海防2匹で デコイ枠4もありゅのに グレカーレだけオナヌンで中破しやがったらめぇ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:24:15
-そういえばだ 思い出した -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:24:52
-北広島市は球場が出来るんだっけ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:25:15
-どういうめぐりあわせか私土地持ちになるかもしれない -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:25:21
-良い土地? -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:25:48
-あれ市だっけ、球場はそう -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:25:50
-ンン!!!トイレカイイキニスクランブリュゥ!!! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:26:36
-別にこれといった土地っていうわけではないんだけど 畑がある土地の名義が数年後私になるんだって -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:26:40
-変な土地だと税金ばっかりで苦労する -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:27:11
-詐欺にご注意を -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:27:12
-土地は捨てられないからなぁ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:27:38
-もともと祖父が持ってた土地が死んだあと名義そのままになってていったん私の叔母にした後伯母の息子に名義が渡る予定だったんだけど -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:27:55
-伯母の息子は長男の家系の息子だから色々相続するし どうせなら次男の息子で何も相続しない私に相続させようって話らしい -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:29:09
-でも私日本にいるか怪しいんだけどいいのかねこれ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:30:15
-相続税計算したら段階上がったのかな・。・ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:30:21
-売り払う訳にも行かないやつ? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:30:35
-買う人が居ないと売れないぞ・。・ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:31:09
-売り払っても大した額ってわけではないし 何より島の土地だから買い手がいない -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:31:26
-まあいざというときの逃げる場所は確保したと思うことにした -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:32:08
-(何となく想像できる)(島) -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:32:13
-私結婚するか怪しいし そもそも日本にいないよ?とは言っておいたし大丈夫じゃろ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:33:27
-島流し? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 01:34:28
-柱島流し? -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:34:52
-まぁ、土地持ってるだけでも税金かかるし、相続するときにも税金かかるし -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:34:54
-いや、瀬戸内には小さい島たくさんあるからそう言う感じの所なんだろなと -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:35:02
-金が無いと相続出来ない・。・ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:35:05
-まっ大丈夫だってその土地が問題になるころには日本いねえって! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:35:29
-世界滅亡しないかなー -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:35:47
-やwめwろw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:36:02
-世界の終末八回! -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 01:36:18
-シェンロン様↓の願いをかなえてください でも秒数が奇数だったら地獄へ叩き落してください -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:36:48
-兄妹居るには居るけどなあ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:36:48
-願いを聞こうか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 01:37:03
-願いはなんだ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:37:08
-おっぱぉもみたい -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:37:19
-よろしい -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:37:25
-リア充滅びてほしい -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:37:26
-その願いは叶えられないさらばだ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 01:37:27
-使えねぇ神龍 -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:37:41
-すいません2人の神が相反する言葉を出したんですが -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:37:53
-神鷹・。・ -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:37:56
-とりあえずイタニキの願いは秒が奇数なので地獄逝きだな -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 01:38:01
-私だ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 01:38:11
-まあそうだなイタニキは無間地獄へボッシュートだな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:38:22
-お前だったのか -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:38:27
-地獄でおっぱぉ揉めるのかな? -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:38:31
-暇を持て余した -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 01:38:34
-神々の -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:38:41
-遊び -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 01:38:45
-おっぱいで呼吸出来ない地獄 -- デレステTE6-2甲掘◆b0766bcc 2020-01-12 (日) 01:38:45
-おなぬんして♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:38:52
-地獄でおっぱい揉むとか聞いて、ソ連ジョークの一つを思い出した -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 01:38:56
-おっぱいで死ぬまで殴りつけられる地獄 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:39:05
-その名もおっぱぉ地獄! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:39:23
-天国だった -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:39:41
-イタニキはチンコで死ぬまで殴りつけられる地獄行きな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:39:44
-ブレジネフ書記長は地獄に堕ちたとき、ところが、フルシチョフはむこうでマリリリン・モンローと抱き合っているのを見つけてこう言った -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 01:40:00
-チンコが凶器になる世界 -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:40:02
-「これだ、私にもフルシチョフと同じ罰を与えて欲しい」 「あれはマリリン・モンローが受けている罰ですよ」 -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 01:40:08
-それが嫌なら爆破な -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:40:27
-地獄とか天国とか言う話題を見てて思い出したんだが -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 01:40:40
-ロシアで一番バカな人間がポーランドに移住したらどうなる? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:40:48
-爆破は既にまんぬんが達成していりゅw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:40:48
-スターリンが地獄に落とされたあと、地獄から鬼たちが天国に亡命してきた話かい? -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 01:41:00
-イスラム教の天国ってヤバイよな -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 01:41:02
-無間地獄とかあの辺りインフレおかしいでしょ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:41:08
-答えはロシアのIQが上がりポーランドのIQが上がる -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:41:14
-らんらんは畜生道におちるのだろうか? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:41:45
-出荷回数不明だしもういいですって地獄無しになる可能性 -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:42:37
-私は天道か悪くて人間道に行くけどお前らは修羅道行だから今生の別れだな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:43:10
-でも天国にも逝けなくね? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:43:32
-迷子かよ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:43:46
-あれ地獄にも天国にも行けない人間?(豚) ジャックオーランタンのモデル?かよ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:44:28
-これでジャックオーランタンの起源はらんらんにあると発見されましたね! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:45:10
-ジャックオーらんらん -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:45:31
-修羅道で修行すれば強くなれるかなとか思わなくもない -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:46:03
-南瓜に(´・ω・`)の顔を掘るのか・・・ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:46:11
-らんらんは素直に紅にしておくのが一番わかりやすいぬめ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:46:24
-何だろうちょっと実際に作ってみたい -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:46:34
-がんばれ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:46:51
-費用はイタニキ持ちで頼む -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:47:05
-・・・とんこつラーメン食べたくなってきたな・・ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 01:47:51
-提供できるくらいニコライがタワシに貢げば持てるぬめw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:47:52
-てってれてーてーてー 血濡れのイタニキのクレカー -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:48:17
-おいw殺してるぞw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:48:29
-レッドカードかな 乾けばブラックカードになるな! -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 01:48:57
-いいえ殺していません0.9殺しにしたまでです -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:48:59
-タワシはCGCから出てるサワークリームオニオン味のポテチ食いながら艦これしてりゅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:49:01
-結局殺すことになってて草 -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:49:31
-親指でつつけば死にます -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:49:45
-人差し指なら? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 01:49:59
-これ絶対プリングルスのパクリにしかかんじられぬぃ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:50:01
-半径20mに硫酸まき散らしながら爆発します -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:50:22
-こわ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:50:29
-なに言ってんだ?イタニキは血液の代わりに硫酸が流れてるから不思議じゃないだろ? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:51:07
-スライムって硫酸だっけ・・・? -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:51:28
-硫酸がニコライに降りかかる音(ジョバァ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:51:33
-残念それは(切り落としておいた)イタニキのちんこだ! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:52:16
-なんのこれしき(再生やし -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:52:51
-ということはイタニキのチンコを真っ二つに斬ったら 二つに分裂して再生するのか -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:54:03
-どこまでも生えリュぬめ♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:54:17
-プラナリアかよ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:54:37
-さぁオチンコ地獄に生えリュがよぃ! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:54:37
-はえーこわ 地球ごと焼却処分しよ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:54:41
-自分も焼却されてて草w -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:54:56
-賛成 -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:54:58
-私はとっとと一人で火星植民するので大丈夫です -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:55:46
-未来人やめろwwww -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:56:12
-( ˘ω˘ ) -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 01:56:18
-は?逃がすかよ まとめて焼却だ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:56:31
-生きていたのか岩川! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:56:34
-火星から飛んできた岩が! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:56:38
-今日は飛行機にならなかったゾ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 01:56:50
-うるせえジャイアントインパクトもう一回やるぞ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:57:19
-どういうことなの・・・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 01:57:58
-剛君でインパクトするとリサイタルになるからNGw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 01:57:59
-地球破壊爆弾借りてきて爆発させてやる -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 01:58:08
-なら太陽系破壊爆弾作ってやる(火星も壊れる) -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:58:46
-はっ もういっそのこと太陽系から脱出すればいいのいでは -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 01:59:37
-十三機兵防衛圏かな?w -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:00:03
-ブラックホール配置してでも逃がさん -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 02:00:45
-何ここ怖い -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:01:16
-ニコライが調子いいから怖くなってりゅぬめw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:02:15
-イタニキは太陽送りな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:02:47
-ピュッピュゥ~ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:03:20
-ニコライTも太陽へ行ってらっしゃい -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 02:04:01
-ん~ ピュッストン44ちゃぃ亀頭で珊瑚いけるかぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:05:38
-私は太陽に行くと太陽が私の衛星になるがよろしいか -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:05:39
-その前にニコライは死ぬ(合掌 -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:05:57
-ニコライTどんな質量抱えてんの? -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 02:06:23
-大丈夫だって蓬莱人だから肉体捨てりゃ一発よ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:06:25
-もう死んでて草w -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:06:33
-太陽の2000倍ぐらいかな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:06:38
-大鷹拳2000倍でニコライにファイナルアタック! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:07:24
-重すぎるんだけど歩くたびに地殻踏み抜いてそう -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 02:07:52
-残念だったな! 聖なるバリアミラーフォース! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:07:58
-そのバリア 溶けリュぞ♡(ぬばぁ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:08:18
-舐めんな! エネミーコントローラー! エネコンでイタニキを操る! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:09:28
-操れたと思ったぬめ?それは支配されてしまった二コライの思い込みぬめ(ニコライをぬめぬめ操作 -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:10:21
-疲れたからプリコネの処理だけやって艦これはおやすみにしよう( ˘ω˘ ) -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:10:30
-艦これして♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:11:04
-プリコネもして♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:11:13
-残念だったな操ったのはイタニキじゃなくイタニキのちんこだ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:11:33
-いやじゃー!かっこいい写真とれて満足したんじゃー! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:11:38
-ドルフロもして♡ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:11:41
-なにそれ♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:11:48
-グオオオオオ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:11:59
-ゲーム多すぎて溺れる -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:12:37
-残念だったなイタニキのチンコは∞天皇の中でも最強 -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:12:55
-🤔🤔🤔 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:13:35
-東方ぬん務諦めるだけでかなりかわりゅぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:13:49
-ヲ!珊瑚ヲっキュン編成引いたぬめ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:14:36
-この後試合なんだが完全に忘れてた -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:15:07
-チンコ大戦かな? -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:15:29
-レインボーシックスシージだ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:15:51
-なにそれ♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:16:25
-FPSだ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:17:04
-まだわからぬぃから考えるのをやめたw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:17:40
-調べるんだジョージぃ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:19:01
-ぐぐるのすらぬんどくさいぬめw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:19:16
-正直5秒やる気を出すことさえしんどい -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 02:19:49
-ゲームのスクショとったらやる気吹っ飛んだ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:22:03
-一カ月ブリュリに珊瑚終わりそうでヤル気brn中ぬめ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:22:03
-ワイのもおねがい♡ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:22:58
-脱いで♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:23:11
-じゃ試合なので失礼する -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:23:28
-じゃあの -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 02:23:31
-出してら~ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:23:37
-じゃあの -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:23:44
-岩はだめ♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:23:53
-!?!?!?!? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:24:19
-今日は空飛んでないのでゆるしてください! https://pbs.twimg.com/media/EOBESPuUUAAL7-n.jpg -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:24:43
-飛んでるやんけw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:25:00
-🤔🤔🤔 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:25:36
-情報操作はやめるんだ! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:26:06
-岩はすでにタワシの操りぬん形 -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:26:38
-珊瑚浣腸キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:28:00
-おつおつ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:31:29
-オナヌンも止め刺しに行ってぬるぬる -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:32:52
-本日のオナヌン浣腸! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:37:01
-警戒陣あるうちに出入潜水16ついでにかたぢゅけりゅかぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:38:42
-そうかもう2日しかないんだよな -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:43:23
-だぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:43:53
-平戸は未実装、いいね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:44:22
-艦これ休んでる暇はぬぃようだぬw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:45:58
-ホントデナイノハツライ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 02:45:59
-つらいぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:47:59
-もう清霜とか山雲とかいらんのじゃ・・。 -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 02:48:36
-一週間くらいでぬぃ病な感じぬ? -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:48:57
-1週間以上・・毎日10回としても170以上は出撃してるんか・・w -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 02:49:55
-甲堀? -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:50:18
-秋霜出たからワイの戦いは終わったんだ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:52:45
-まだぬめ♡さぁE51にいくぞ♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:53:21
-やだー!小生E5いくのやだー! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:53:44
-あきらぺろん♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:53:59
-グオオ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 02:56:00
-あきらめぬければ最後にbrnするチャンスがぬるん♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 02:58:00
-うちもやったんだからさ(同調圧力 -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 02:59:12
-演習浣腸! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:01:08
-あぶぬこったw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:01:18
-ピュッストン45ちゃぃなったのにまだ変態化ボタンがおせぬめぇ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:02:36
-ぬぉぉぉ50ちゃぃかぉぉぉぉ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:03:30
-ぐぉぉぉエロランタも50ちゃぃか -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:07:34
-乙掘りだぬ。。 -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:09:31
-タワシも丙乙堀やったけど全然だったからぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:10:11
-此処までかかるとはなぁ・・ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:10:36
-何周回ったん? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:11:49
-記録はしてないね 170以上は確実じゃないかな -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:13:18
-ヒェ・・・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:14:02
-月曜までやれるとはいえ・・うーん -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:14:24
-秋霜も1週間ぐらいは沼ってるしw -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:15:21
-秋霜堀も甲Aだと似たような確率だからこんだけ沼ること創造したら悪夢だわ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:15:53
-結局秋霜平戸でたの甲だったんだよぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:15:56
-フルコンプ途切れるなぁ・・こりゃ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:16:01
-今回はほんと沼沼。。時間がかかりすぎだね -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:18:20
-どこかで戦力状況に応じた線引きしてる感だしてきたよぬぅ今回の堀は -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:19:28
-甲できる戦力とみなされてドロッピュ絞られてリュんじゃまいかぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:20:13
-ホントあり得そうで怖い -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:20:28
-寝ます -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 03:20:30
-おやす -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:20:52
-ワイの堀はもうおわったので! https://pbs.twimg.com/media/EOADjaKUEAI_WOH.jpg -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:21:15
-平戸じゃぬぃのでやり直し♡ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:21:47
-出入潜水浣腸! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:22:13
-16も浣腸! -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:22:21
-久しブリュリに残ぬん務1P4生えまで減ったぬめ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:24:53
-怪しいから可能な限り堀は甲でやるように気を付けてみりゅか -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:26:12
-後段堀だと資源に遊びもぬくぬるからぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:26:53
-まぁでも秋霜堀で支援出さなかったから消費自体はそこまで変わらんかも -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:28:19
-制空取ればながむついらん? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:28:50
-いれなくても勝てる幅はひろがりゅんじゃまいかぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:30:10
-編成軽くできるなら多少変わったかも -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:30:46
-攻略後堀なら最終形態じゃまいだろうから -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:31:59
-戦艦枠は長門と扶桑の組み合わせでもいいかもぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:33:14
-第一は弱くなるんだけど第二は硬いママだからなかなかS取れんのよな -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:33:26
-支援ないと大体そこが残る -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:33:45
-e5-1はまだボスS取りやすいから良いんだけどね -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 03:35:03
-E3-1だと取りにくい -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 03:35:13
-第二の下4が航空隊でどこまで死ぬかにもよりゅぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:35:41
-まず減らないからヌに陸戦ぶつけてた -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:36:52
-万歳させたら削れたのかな -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:39:29
-E52はごり押しでクリアする感じだったからぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:40:05
-まぁそこはわからんか -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:41:04
-編成自体が重いので消費は変わらん!以上閉廷! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:41:27
-にがさぬぃので開廷(クパァ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:42:08
-ネムゥイ! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:43:37
-あ、イタニキさー -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:43:44
-ヒヨリまで後60連なんだけどイタニキならどうする?みんなに聞いてるけど意見聞きたい -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:44:32
-タワシの場合はもう課金ガチャはやらぬぃぬで -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:45:44
-年末からはじまって石配布きれるようならあきらめりゅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:46:03
-はじまった -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:46:11
-ただし、ハズレ引いでも秘石で他のキャラの★が増やせそうならタダ石で一日一回はまわすかもぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:47:08
-いやー貯金崩して天井までいくかってところだったんだけど -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:48:02
-無料で60連回せるならありか(天井の話?) -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 03:48:03
-能力的に見るべき所は? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 03:48:15
-話聞く感じヒヨリはいなくても困らなさそうなのが -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:48:23
-天井は罠くさいからぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:48:44
-そこに使った石あれば次の新キャラか他の限定狙うぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:49:06
-正月ヒヨリはまだそこまで必要性がでてぬぃからぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:50:02
-石3万溶けて今は600しかないよ・・もちろんでなかったよ・・ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:50:47
-やっぱ貯金ですね! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:52:03
-天井分なくなったからまた貯めなきゃ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:52:20
-艦これドロッピュ沼とにたような感じはありゅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:52:22
-平戸とヒヨリと心なしか名前が似て… -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:52:53
-チョキンして狙ったキャラにチンポINト攻撃ぬるのが効率よさ毛 -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:53:06
-ぬんだかんだで新キャラ実装時に焦って狙わなくても編入アオイとカヤ手に入ったしぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:55:12
-やっぱこういう結論か。ありがとね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:55:13
-わざと未取得キャラ枠増やしておいて当たり枠広げておいたほうが自爆しぬぃぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:55:45
-おはようございます。 -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 03:55:52
-まぁ無料でガチャ回す方が健康的 -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:55:54
-おっはー! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:55:56
-ばわー -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:55:58
-おはようか・・ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:56:04
-ガチャやるよりCSゲーム買う人なので多分課金はなし -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:56:20
-なんで課金してたんだってぬるからマジやめておいたほうがいいぬ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:56:39
-それね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:57:06
-当たり引きまくっても育成でまた課金しぬぃと即戦力にはならぬぃしぬぅ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:57:15
-上位維持しぬぃといけない病にもかかるから危険ぬめ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:58:36
-いやー耳が痛いなー(FGO・・・。 -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 03:58:41
-まぁ本人が納得してればいいのよw -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:59:02
-後悔してそうにしかみえぬぃ(らめぇ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:59:24
-ワイは同じ金使うならゲーム買う方が楽しめるなっていう風に思ってるだけ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 03:59:46
-焼肉100回以上くいにいけりゅんじゃまいかぬw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 03:59:53
-もしくはPC環境に投資できりゅw -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 04:00:25
-よし 明石状態になったぬでタワシはイース8やってくりゅぬめ -- ItaliyLV138◆4c5c09f6 2020-01-12 (日) 04:01:44
-てらー -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 04:02:59
-そろそろねるかぁ・・ お休みー -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 04:03:15
-おやす~ -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 04:05:36
-ん~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 04:37:30
-芋るやつってのはどこのゲームでも役に立たないんだな -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 04:37:43
-ォハィオァ… -- 沼風提督◆a831594f 2020-01-12 (日) 04:46:02
-一昨日…お休みだったんですがねぇ…昼の2時頃眠くて眠くて寝てたですわ…何時間か毎におトイレに行く以外飲み食いせず寝続けてたら…気付いたら昨日の朝の6時半でした………16時間半も寝れるとは………どんだけ疲れてたんだ… -- 沼風提督◆a831594f 2020-01-12 (日) 04:48:22
-そろそろ5時かぁ… -- 沼風提督◆a831594f 2020-01-12 (日) 04:56:09
-キラ付け作業するか -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 05:18:22
-3重すれば10回遠征が大成功するのは大きいわ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 05:18:46
-演習終わり。 -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 05:34:27
-海防艦を育てなきゃ -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 05:34:46
-誰も居ない感じ。腹減ったので、手抜き雑煮食べます -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 06:45:03
-おはようございます -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 07:45:21
-おはようでち -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 07:54:14
-おはよ~ -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 07:55:25
-おはよう新聞 -- 2020-01-12 (日) 07:59:11
-イベ終わるのは別にいいけど、いい加減警戒陣は常設しておいて -- 2020-01-12 (日) 08:01:16
-おはげ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 08:03:27
-おはウント -- 2020-01-12 (日) 08:03:40
-せっかく5-5割ったし、これを機に5-5絡みは潰しとこ -- 2020-01-12 (日) 08:04:14
-蓄財はそれからで -- 2020-01-12 (日) 08:04:38
-それがいいですね -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 08:05:00
-うむ -- 2020-01-12 (日) 08:05:49
-うむ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 08:05:55
-ただイベ以外で警戒陣ってどんだけ効果が出てるのか -- 2020-01-12 (日) 08:07:48
-使ってもワンパン大破はあるけど -- 2020-01-12 (日) 08:08:08
-軽巡や駆逐艦を3隻以上投入する海域なら、効果的でしょう>警戒陣 -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 08:10:34
-やっぱそこらへの対処なんだろうな -- 2020-01-12 (日) 08:11:22
-4-2わざわざ行って補給艦うち漏らすのが一番寒い -- 2020-01-12 (日) 08:11:51
-解析メモを見ましたが、3隻目の回避率上昇が低いようなので、もっとも回避高い船は3番目に置くようにしてます>警戒陣 -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 08:13:13
-Mリーグ見ながら、軽く酒飲みます -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 08:15:02
-(´~`)モグモグ -- 2020-01-12 (日) 08:15:25
-ちゃんと研究してる人いるんだな -- 2020-01-12 (日) 08:15:47
-警戒陣あんま使ってないなぁ… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 08:28:09
-結局縦で倒した方が早かったりするからなぁ -- 2020-01-12 (日) 08:29:06
-何よりも中破で踏みとどまってるこっちの艦をねちっこく攻撃してくる仕様を止めてほしい -- 2020-01-12 (日) 08:31:55
-なぜか同じ艦ばかり集中攻撃されるときありますよね… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 08:35:47
-そのくせ夜戦になると無傷の艦を狙ってくる -- 2020-01-12 (日) 08:37:23
-今回の6-2だよ -- 2020-01-12 (日) 08:37:34
-おはようございますなのである -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 08:46:11
-今回というか割といつもな気もする、特効艦が庇って大破したりとか… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 08:46:12
-おはようです -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 08:46:17
-おはライト -- 2020-01-12 (日) 08:46:34
-まぁいつもだな -- 2020-01-12 (日) 08:46:43
-綾波が無傷だったこと一度もなかった -- 2020-01-12 (日) 08:47:08
-道中前半は確かに真ん中らへん狙ってくること多かったなー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 08:48:12
-ただボス前やらボスになると途端にスナイパーを狙いだすくそAI -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 08:48:41
-装備やら艦種によって多分高確率で狙うシステムがあるんだろうな -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 08:49:49
-ありそう -- 2020-01-12 (日) 08:52:16
-今の「AI」って、 -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 08:54:12
-確率統計しか扱えないし、勝手に改善することも無い。AIの関数なんて、重回帰分析式の塊 -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 08:56:15
-きっと人力でやってるんだろう -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 08:57:04
-まぁそれにしてもあんまりにもスナイプが確実 -- 2020-01-12 (日) 08:59:17
-それでも倒せてたりするからそれも混みの仕様なのかな今回のイベ -- 2020-01-12 (日) 08:59:52
-ウチはE6-2昼にスナイプして終わったからなぁ…乱数はよくわからん… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:00:50
-あとで今回の6-2攻略の動画探して観るか -- 2020-01-12 (日) 09:00:51
-そうなのか -- 2020-01-12 (日) 09:00:59
-ぬめりっちょとカウント太郎の動画見たけど戦闘の流れがほぼ同じだった -- 2020-01-12 (日) 09:01:33
-昨日岩川くんがS勝利何回か出したって言ってたけど -- 2020-01-12 (日) 09:03:07
-特例はちょっと脇に寄せといてと -- 2020-01-12 (日) 09:03:26
-Sは一回しか取れてないなぁ、すごい -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:04:42
-摩耶さまの対空カットがでない…GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)でも出るんだよね? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:06:05
-ヌ改ワンパンやめて…撤退 -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:07:59
-ヌヌヌ -- 2020-01-12 (日) 09:13:18
-「高角砲+特殊機銃、または高角砲+特殊機銃+対空電探で発動可能」なんで、特殊機銃が別途必要だけど -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 09:13:41
-増設にボフォ入ってるはずなんだが…別な機銃と間違えてるのか? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:14:35
-帰ってきたら確認してみよう -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:14:51
-ひらどーぉぉぉぉこぉぉぉぉい  福利厚生最高だぞ!!   気持ちいいマッサージとか ジャグジー風呂とか あれしないようにするお薬とか 完備だ!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:15:49
-身の危険! -- 2020-01-12 (日) 09:16:14
-東海が仕事してくれない…撤退…もうやだこのMAP -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:16:30
-いったんデイリー遠征でもやるか… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:17:36
-エレシュキガル かわいいなー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:17:46
-リンの格ゲーの色違いみたいな存在なくせに -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:18:11
-オトナリノが作ったトンヘだったりして>仕事しない東海 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 09:21:52
-おはようございました -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:22:42
-おはようです -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:23:02
-おはようございましょう -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 09:23:28
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:23:40
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:23:44
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:23:48
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:23:52
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:23:59
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:01
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:04
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:05
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:07
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:10
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:12
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:13
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:14
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:19
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:20
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:21
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:22
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:23
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:24
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:25
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:26
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:27
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:28
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:29
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:30
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:31
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:32
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:33
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:33
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:34
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:35
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:36
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:37
-The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20]The Islamic Revolutionary Guard Corps (IRGC) (Persian: سپاه پاسداران انقلاب اسلامی‎, romanized: Sepâh-e Pâsdârân-e Enghelâb-e Eslâmi, lit. 'Army of Guardians of the Islamic Revolution' or Sepâh for short) is a branch of the Iranian Armed Forces, founded after the Iranian Revolution on 22 April 1979[5] by order of Ayatollah Ruhollah Khomeini.[6] Whereas the Iranian Army defends Iranian borders and maintains internal order, according to the Iranian constitution, the Revolutionary Guard (pasdaran) is intended to protect the country's Islamic republic political system.[7] The Revolutionary Guards state that their role in protecting the Islamic system is preventing foreign interference as well as coups by the military or "deviant movements".[8] The Revolutionary Guards have roughly 125,000 military personnel including ground, aerospace and naval forces. Its naval forces are now the primary forces tasked with operational control of the Persian Gulf.[9] It also controls the paramilitary Basij militia which has about 90,000 active personnel.[10][11] Its media arm is Sepah News.[12] Since its origin as an ideologically driven militia, the Army of the Guardians of the Islamic Revolution has taken a greater role in nearly every aspect of Iranian society. Its expanded social, political, military and economic role under President Mahmoud Ahmadinejad's administration—especially during the 2009 presidential election and post-election suppression of protest—has led many Western analysts to argue that its political power has surpassed even that of the country's Shia clerical system.[13][14][15][16] The Chief Commander of the Guardians since 2019 is Hossein Salami[17] who was preceded by Mohammad Ali Jafari and Yahya Rahim Safavi respectively from 2007 and 1997.[18] The IRGC is designated as a terrorist organization by the governments of Bahrain, Saudi Arabia and the United States.[19][20] -- 2020-01-12 (日) 09:24:38
-( ˘ω˘)スヤァ -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:25:25
-えーみん えーみん -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 09:25:37
-非表示にしたら30件で表示が0になったww -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:26:07
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:16
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:21
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:22
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:23
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:23
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:25
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:26
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:27
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:28
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:29
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:30
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:30
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:31
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:32
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:33
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:33
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:34
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:35
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:35
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:36
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:37
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:38
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:38
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:39
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:40
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:40
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:41
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:41
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:42
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:43
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:43
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:44
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:45
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:45
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:46
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:47
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:48
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:49
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:49
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:50
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:51
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:51
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:52
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:53
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:53
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:54
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:55
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:56
-なんだよこれ -- 2020-01-12 (日) 09:26:57
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:26:59
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:00
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:01
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:03
-朝から元気だねぇ -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:27:05
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:05
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:06
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:09
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:10
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:11
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:21
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:22
-Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР.Согласно уставу КСИР, утверждённому в мае 1982 года, его верховным главнокомандующим является рахбар — Высший руководитель Ирана. КСИР состоит из главного командования, объединённого штаба, сухопутных, военно-воздушных и военно-морских сил, в его состав входят силы специального назначения «Кудс» и силы народного ополчения «Басидж». КСИР касательно военных дел управляется Главнокомандующим, опирающимся на высший совет командования, аппарат заместителей, объединённый штаб КСИР и штабы видов КСИР, оперативных и территориальных командований. Он отвечает за оперативную подготовку, планирование, организацию и ведение разведки, укомплектование корпуса новыми кадрами, военную и идейно-политическую подготовку личного состава, пропагандистскую и издательскую деятельность, а также обучение народного ополчения. Главнокомандующий КСИР назначается лично рахбаром и подчиняется только ему. Касательно духовных (идеократических) дел все руководящие органы Корпуса находятся в подчинении постоянного представителя высшего руководителя — ходжат-оль-эслам (один из высших титулов шиитского духовенства). Он является духовным лицом и, согласно уставу, обязан «следить, чтобы все дела корпуса и решения командования соответствовали нормам шариата и указаниям руководителя страны», то есть по сути является генеральным комиссаром. Для обеспечения контроля над всеми звеньями КСИР ходжат-оль-ислам назначает в каждом из них своих представителей из числа компетентных лиц духовенства, выполняющих обязанности комиссаров. Особое Министерство Корпуса занимается административно-финансовой и правовой деятельностью, обеспечивает корпус материально-техническими средствами, поддерживает связь с правительством и парламентом (менджлис), ведёт строительство необходимых объектов и сооружений. При этом Министр корпуса хотя и является членом правительства, однако не входит в высший совет обороны, где корпус представлен командующим КСИР. -- 2020-01-12 (日) 09:27:23
-鬼太郎みてる間におかしなことに -- 2020-01-12 (日) 09:27:44
-非表示突っ込んで放置安定 -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:28:17
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:28:45
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:28:57
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:00
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:01
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:03
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:04
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:05
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:06
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:08
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:09
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:10
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:11
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:12
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:13
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:13
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:14
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:16
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:17
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:18
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:20
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:21
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:22
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:24
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:25
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:26
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:46
-しつこい…(汗 -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:29:46
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:48
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:49
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:51
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:52
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:53
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:55
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:55
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:29:58
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:30:00
-トリ変わった -- 2020-01-12 (日) 09:30:00
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:30:01
-ジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛石こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。  ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが 「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。  ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、 「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは 「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」  カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。  ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。 「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場や三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。 「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」  ジョバンニが云いました。 「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」 「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」  ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。 「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」  そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。 「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。 「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。 「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。  ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。 「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。  線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。 「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」  カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。  と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。 「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。 「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。  俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。 「ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。  そして島と十字架とは、だんだんうしろの方へうつって行きました。  向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。  それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。 「もうじき白鳥の停車場だねえ。」 「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」  早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。  さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。 〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。 「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。 「降りよう。」  二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。  二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。  さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。  カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。 「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」 「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。  河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。  川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。 「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、 〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。 「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」  見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。 -- 2020-01-12 (日) 09:30:02
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-一旦リアルタイム切って、非表示にするといいよ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:30:07
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-おはようございます。今日もログがなくなりますねぇ! -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 09:30:46
-今日もって昨日も来てたん? -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:30:55
-おはおは -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:30:59
-いや昨日は来てないな。この前は来てたけど -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 09:31:07
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:09
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:10
-はおはお -- 2020-01-12 (日) 09:31:11
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:11
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:13
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:14
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:15
-清々しい日曜の朝にやる事が荒らしってつまんねえ人生だな -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:31:15
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:15
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:17
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:18
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:19
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:20
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:21
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:22
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:23
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:24
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:25
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:25
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:26
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:27
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:28
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:29
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:30
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:31
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:32
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:33
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:34
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:34
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:35
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:36
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:37
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:39
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:40
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:41
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:42
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:43
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:43
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:44
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:45
-さてE3やろうぜぇ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 09:31:46
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:46
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:47
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:48
-「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶あいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに微笑わらいながら荷物をゆっくり網棚あみだなにのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子ガラスの笛ふえのようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の天井てんじょうを、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い甲虫かぶとむしがとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に訊ききました。 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」 「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。 「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」 「あなたはどこへ行くんです。」カムパネルラが、いきなり、喧嘩けんかのようにたずねましたので、ジョバンニは、思わずわらいました。すると、向うの席に居た、尖った帽子をかぶり、大きな鍵かぎを腰こしに下げた人も、ちらっとこっちを見てわらいましたので、カムパネルラも、つい顔を赤くして笑いだしてしまいました。ところがその人は別に怒おこったでもなく、頬ほほをぴくぴくしながら返事しました。 「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね。」 「何鳥ですか。」 「鶴や雁がんです。さぎも白鳥もです。」 「鶴はたくさんいますか。」 「居ますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。」 「いいえ。」 「いまでも聞えるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴きいてごらんなさい。」  二人は眼めを挙げ、耳をすましました。ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧わくような音が聞えて来るのでした。 「鶴、どうしてとるんですか。」 「鶴ですか、それとも鷺さぎですか。」 「鷺です。」ジョバンニは、どっちでもいいと思いながら答えました。 「そいつはな、雑作ぞうさない。さぎというものは、みんな天の川の砂が凝こごって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚あしをこういう風にして下りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押おさえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死んじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです。」 「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」 「標本じゃありません。みんなたべるじゃありませんか。」 「おかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。 「おかしいも不審ふしんもありませんや。そら。」その男は立って、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。 「さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです。」 「ほんとうに鷺だねえ。」二人は思わず叫さけびました。まっ白な、あのさっきの北の十字架じゅうじかのように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫うきぼりのようにならんでいたのです。 「眼をつぶってるね。」カムパネルラは、指でそっと、鷺の三日月がたの白い瞑つぶった眼にさわりました。頭の上の槍やりのような白い毛もちゃんとついていました。 「ね、そうでしょう。」鳥捕りは風呂敷ふろしきを重ねて、またくるくると包んで紐ひもでくくりました。誰たれがいったいここらで鷺なんぞ喰たべるだろうとジョバンニは思いながら訊きました。 「鷺はおいしいんですか。」 「ええ、毎日注文があります。しかし雁がんの方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がらがいいし、第一手数がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになって、なにかのあかりのようにひかる雁が、ちょうどさっきの鷺のように、くちばしを揃そろえて、少し扁ひらべったくなって、ならんでいました。 「こっちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、軽くひっぱりました。するとそれは、チョコレートででもできているように、すっときれいにはなれました。 「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎってわたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこいつはお菓子かしだ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋かしやだ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云いって遠慮えんりょしましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵かぎをもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰もらっちゃすみませんな。」その人は、帽子ぼうしをとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡わたり鳥どりの景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日おとといの第二限ころなんか、なぜ燈台の灯ひを、規則以外に間〔一字分空白〕させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまって、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方とほうもなく細い大将へやれって、斯こう云ってやりましたがね、はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射さして来ました。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられるようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考えていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋たずねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸のびあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光りんこうを出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞まいおりて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片かたっ端ぱしから押えて、布の袋ふくろの中に入れるのでした。すると鷺は、蛍ほたるのように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥よりは、つかまえられないで無事に天あまの川がわの砂の上に降りるものの方が多かったのです。それは見ていると、足が砂へつくや否いなや、まるで雪の融とけるように、縮ちぢまって扁ひらべったくなって、間もなく熔鉱炉ようこうろから出た銅の汁しるのように、砂や砂利じゃりの上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ぴきばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾てっぽうだまにあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却かえって、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度ちょうど合うほど稼かせいでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣となりにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。 「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」  ジョバンニは、すぐ返事しようと思いましたけれども、さあ、ぜんたいどこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。カムパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした。 「ああ、遠くからですね。」鳥捕りは、わかったというように雑作なくうなずきました。 -- 2020-01-12 (日) 09:31:50
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-VマスでT不利はやめて欲しいわ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:32:12
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-と言う訳でおはよう -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:32:18
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-おは -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:32:22
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-おはおは -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:32:23
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-おはようです -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:32:38
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-7日は連投荒らしからのなりすましが沸いてましたね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:33:41
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-1000件でも表示が少ないワロタ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 09:33:55
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-2巡目の砲撃で倒せもしない敵第一艦隊を殴るのやめて第二艦隊を沈めて欲しいわ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:34:02
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-友軍がボス集中攻撃したけど落とせずA確定することなら何度かあった、前衛倒して欲しいよね。 -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:35:46
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-Vマスの特効強めの艦わかっても、まだVマスきついのね -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:36:27
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-T不利はキツイ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:36:44
-Vマスは運ゲーってそれいつ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 09:36:47
-Vはネルソン鈴熊でタッチしたな -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:36:57
-多分T不利じゃなかったら勝てた -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:37:02
-かなしいなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:37:07
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-金剛榛名が特効だっけ? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:37:28
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-艦これ速報に、他にもいろいろ載ってた、覚えてないけど(ぉ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:37:55
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-あれ、書き込みが反映されない? -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:38:20
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-どらえもん のび太と地球最後の日 -- 生 2020-01-12 (日) 09:38:31
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-反映はされてるよ? -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 09:38:34
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-艦これ速報に、他にもいろいろ載ってたよ、特効艦 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:38:36
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-いや、何を書いたのかハシラナイケド -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 09:38:48
-反映されない?の前に書いたのが反映されなかった -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:38:58
-なんかのタイミングに被ったのかな? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:39:16
-また嵐かね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:39:20
-非表示に入れて放置放置、触らない -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:39:56
-なんか完全に他の投稿とタイミングかぶると消える時あるよ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:40:13
-ほー -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 09:40:18
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:20
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:21
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:24
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:25
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:28
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:30
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:31
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:33
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:34
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:35
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:37
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:38
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:39
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:40
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:41
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:42
-そういうことあるんや -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:40:43
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:43
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:44
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:45
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:45
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:46
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:47
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:48
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:48
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:49
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:50
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:51
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:52
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:53
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:54
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:55
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:55
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:56
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:58
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:40:59
-トリガほげTに似ているからほげTのせいね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:41:00
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:00
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:01
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:02
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:03
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:04
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:05
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:06
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:06
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:08
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:09
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:10
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:11
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:11
-かれこれ5回くらいはそれで投稿が消えてる -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:41:12
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:12
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:13
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:14
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:15
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:18
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:20
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:21
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:21
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:22
-横ちんTも非表示に突っ込もうか? -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:41:27
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:41
-「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟むねばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉サファイアと黄玉トパースの大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面凸とつレンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環わとができました。それがまただんだん横へ外それて、前のレンズの形を逆に繰くり返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、睡ねむっているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕とりとりが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い帽子ぼうしをかぶったせいの高い車掌しゃしょうが、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠ねずみいろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳たたんだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧ていねいにそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。 「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。 「何だかわかりません。」もう大丈夫だいじょうぶだと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。 「よろしゅうございます。南十字サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。  カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想げんそう第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈はずでさあ、あなた方大したもんですね。」 「何だかわかりません。」ジョバンニが赤くなって答えながらそれを又また畳んでかくしに入れました。そしてきまりが悪いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめていましたが、その鳥捕りの時々大したもんだというようにちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。 「もうじき鷲わしの停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図とを見較みくらべて云いました。  ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鷺さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一一考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸さいわいになるなら自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙だまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊きこうとして、それではあんまり出し抜ぬけだから、どうしようかと考えて振ふり返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばってそらを見上げて鷺を捕る支度したくをしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖とがった帽子も見えませんでした。 「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。 「どこへ行ったろう。一体どこでまたあうのだろう。僕ぼくはどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。」 「ああ、僕もそう思っているよ。」 「僕はあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニはこんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。 「何だか苹果りんごの匂においがする。僕いま苹果のこと考えたためだろうか。」カムパネルラが不思議そうにあたりを見まわしました。 「ほんとうに苹果の匂だよ。それから野茨のいばらの匂もする。」ジョバンニもそこらを見ましたがやっぱりそれは窓からでも入って来るらしいのでした。いま秋だから野茨の花の匂のする筈はないとジョバンニは思いました。  そしたら俄にわかにそこに、つやつやした黒い髪かみの六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣となりには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹ふかれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛かあいらしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕うでにすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召めされているのです。」黒服の青年はよろこびにかがやいてその女の子に云いいました。けれどもなぜかまた額に深く皺しわを刻んで、それに大へんつかれているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニのとなりに座すわらせました。  それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなおにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。 「ぼくおおねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛こしかけたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に云いました。青年は何とも云えず悲しそうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまいました。 「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。わたしの大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪の降る朝にみんなと手をつないでぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたりほんとうに待って心配していらっしゃるんですから、早く行っておっかさんにお目にかかりましょうね。」 「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ。」 「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派な川、ね、あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトル、スター をうたってやすむとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています。」  泣いていた姉もハンケチで眼をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟にまた云いました。 「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんとうに明るくて匂がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう。」青年は男の子のぬれたような黒い髪をなで、みんなを慰なぐさめながら、自分もだんだん顔いろがかがやいて来ました。 「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。 「いえ、氷山にぶっつかって船が沈しずみましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発たったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日きのうのあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾かたむきもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧きりが非常に深かったのです。ところがボートは左舷さげんの方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫さけびました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈いのって呉くれました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押おしのける勇気がなかったのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気きょうきのようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸はらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟かくごしてこの人たち二人を抱だいて、浮うかべるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰たれが投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑すべってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板かんぱんの格子こうしになったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄にわかに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦うずに入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没なくなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕こいですばやく船からはなれていましたから。」  そこらから小さないのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼めが熱くなりました。 (ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍こおりつく潮水や、烈はげしい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込こんでしまいました。 「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠とうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」  燈台守がなぐさめていました。 「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」  青年が祈るようにそう答えました。  そしてあの姉弟きょうだいはもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡ねむっていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔やわらかな靴くつをはいていたのです。 -- 2020-01-12 (日) 09:41:44
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-ほげちゃん、髪の毛非表示? -- 生 2020-01-12 (日) 09:41:48
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-じゃあ俺もほげTをNGに突っ込んでやる!! ジーカチャカチャボロン -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:41:50
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-そして誰もいなくなった? -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:42:04
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-燃料がちょうど55555だ… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:42:06
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-そして誰もいなくなったw -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:42:26
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-ドラえもん のび太の詫び空襲 -- 生 2020-01-12 (日) 09:43:15
-555COMPLETE -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:43:17
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:43:59
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:02
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:03
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:04
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:04
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:05
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:06
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:07
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:08
-ちぃっす -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:44:09
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:09
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:10
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:10
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:11
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:12
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:12
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:13
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:14
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:14
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:15
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:16
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:16
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:17
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:18
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:18
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:19
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:20
-おーっす -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:44:20
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:20
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:21
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:22
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:22
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:23
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:24
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:24
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:25
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:25
-とりあえず非表示押しな -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:44:26
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:26
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:27
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:28
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:29
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:30
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:30
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:31
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:33
-とっくに -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:44:33
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:35
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:36
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:36
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:37
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:38
-( ´∀` ) -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:44:39
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:39
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:39
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:40
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:41
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:41
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:42
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:43
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:44
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:44
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:45
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:46
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:46
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:47
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:48
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:48
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:49
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:49
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:50
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:51
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:51
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:52
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:53
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:53
-暇なのきてるね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:44:54
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:54
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:55
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:55
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:56
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:57
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:58
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:59
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:44:59
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:00
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:01
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:02
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:03
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:03
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:04
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:05
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:05
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:06
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:07
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:07
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:08
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:10
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:11
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:12
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:13
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:15
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:16
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:17
-ドラえもん のび太の第三帝国 -- 生 2020-01-12 (日) 09:45:17
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:18
-かわいそうだよね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:45:19
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:19
-ああ、かわいそうだね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:45:32
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:38
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:38
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:40
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:40
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:41
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:42
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:42
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:43
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:44
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:45
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:45
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:46
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:47
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:48
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:49
-かわいそうじゃろ?一杯おごってw -- 生 2020-01-12 (日) 09:45:49
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:49
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:50
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:51
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:51
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:52
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:53
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:54
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:54
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:55
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:56
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:56
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:57
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:58
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:59
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:45:59
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:00
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:01
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:01
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:02
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:03
-生てーはかわいそうじゃないから -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:46:03
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:03
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:04
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:05
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:06
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:06
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:07
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:08
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:08
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:09
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:10
-ひどいわ! -- 生 2020-01-12 (日) 09:46:10
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:10
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:11
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:12
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:13
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:13
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:14
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:15
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:16
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:16
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:17
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:18
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:19
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:20
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:21
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:21
-えっ今日は生Tのおごりで食べ放題なのか -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:46:21
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:22
-生さんは掘り? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:46:22
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:23
-だって頭いいじゃろ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:46:23
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:23
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다.NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:25
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:26
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:27
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:28
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:28
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:29
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:30
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:31
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:31
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:32
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:33
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:34
-今きてるの頭がかわいそうだから -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:46:34
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:34
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:35
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:36
-苦節10時間終わった -- 生 2020-01-12 (日) 09:46:36
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:37
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:38
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:39
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:40
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:40
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:41
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:42
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:42
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:43
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:44
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:45
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:45
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:46
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:47
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:48
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:49
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:50
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:50
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:51
-おつー -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:46:51
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:52
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:52
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:53
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:54
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:55
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:55
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:56
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:57
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:58
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:46:59
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:00
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:00
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:01
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:02
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:03
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:03
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:04
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:05
-おつ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:47:05
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:05
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:06
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:07
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:08
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:09
-放送見に行ったら、キラ付けしてた -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:47:09
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:10
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:11
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:11
-頭がかわいそうじゃない 脳が弱いんだよ -- 生 2020-01-12 (日) 09:47:12
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:12
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:13
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:13
-掘り終わったのね、おつおめ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:47:14
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:14
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:15
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:15
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:16
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:17
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:18
-NATO는 이후 동서냉전 체제하에서 서방국가들의 집단적 안전보장체제 구축의 모델로서, 소련과 동유럽 국가들에 대항하는 대표적 상징으로서의 위상을 지녀왔는데 그 본질은 군사동맹이었다. 북대서양 조약 체약국으로 구성되는 NATO는 회원국 간의 이해 관계가 맞물려 파동을 겪기도 했는데, 프랑스는 1966년 3월 핵무기 개발을 둘러싸고 미국과 대립하다가 통합 군사 조직에서 탈퇴하였고, 그리스는 터키의 키프로스 침공과 관련된 NATO의 태도에 불만을 갖고 1974년 4월에 통합 군사 조직에서 탈퇴하였다가 1980년 10월에 다시 복귀했다. 초기 NATO의 조직은 상설기관으로 최고기관인 각료이사회와 사무국, 그리고 그 아래의 전문·보좌 기관과 통합군사기구로 구성되었다. 각료이사회는 회원국 외무·재무·국방 장관 및 관계장관으로 구성되는 최고기관으로 연 2회 이상의 정례회합을 가지며, 각국의 대통령·총리·수상이 개인자격으로 참가하기도 하였다. 산하에 핵방위문제위원회·방위계획위원회·핵기획 그룹 등의 전문기관이 설치되어 그 보좌를 받으며, 보조기관으로 대사급 상설이사회가 설치되었는데, 사무총장이 의장을 겸임하고, 회의방식은 만장일치제를 채택하였다. 전문기관 중 핵방위문제위원회는 프랑스·룩셈부르크·아이슬란드를 제외한 회원국 국방장관으로 구성되어 NATO의 핵전략을 결정하였고, 방위계획위원회는 회원국 국방장관으로 구성되는 최고군령기관으로 통합군사조직을 통할하며, 핵기획 그룹은 1966년 12월 방위계획위원회와 동시에 설치되었는데 프랑스 아이슬란드를 제외한 회원국방장관으로 구성되었다. 방위계획위원회는 통합군사조직의 최고통수기관이며 그 아래 군사위원회가 설치되어 '유럽 연합군 최고사령부(SHAPE), 대서양해군사령부(ACLANT), 해협연합군사령부, 3기구를 관할하였다. SHAPE는 북대서양 최고사령부라고도 칭하는데, 각료이사회의 결정에 의해 1951년 4월 발족하였다. 방위 범위는 영국·프랑스·포르투갈을 제외한 서유럽 전역과 영국영공이며, 전시에는 최고사령관이 유럽 지역의 육·해·공 3군이 작전권을 행사하였다. 산하에 북유럽군·중부유럽군·남부유럽군·영국반공군·기동부대·조기경계기동대 등 6개 사령부를 두었다. ACLANT는 상비병력은 없지만 훈련시·전시에는 회원국 해군이 전속되었다. 방위범위는 영국·프랑스 해협과 잉글랜드 연안을 제외한 미국 연합수역에서 유럽·아프리카 연안수역까지, 즉 위도상으로는 북극에서 적도까지였다. 해협연합사령부는 해협연합군 사령관과 해협연합군 항공대 사령관의 지휘 아래 영국·프랑스 해협과 북해남부의 방위를 담당하였다. 설립 당시 파리에 본부를 두고 있었으나 프랑스가 통합군사조직에서 탈퇴하자 브뤼셀로 이전하였다. NATO는 1990년대에 들어서 딜레마에 봉착하기도 했는데, 1991년에는 나토 회원국에 대해 즉각적으로 어떠한 군사적 위협도 없을 정도로 상황이 개선되어, 미래의 나토 역할에 대한 의문이 제기되었다. 예를 들면, 그 해에 바르샤바조약국들은 동맹관계를 청산하는 데에 합의했고, 소련의 공산당은 정부에 대한 지배력을 잃었으며, 1991년 후반에 소련은 해체되었다. 바르샤바 조약 기국가 붕괴된 후, 나토는 나토 회원국뿐만 아니라 이전에 바르샤바조약을 체결한 나라들도 포함하는 북대서양협력회의를 결성했다. 이 기구는 두 개의 국가 집단 사이의 연대를 강화할 목적으로 만들어졌다. 1991년에 나토는 유럽에 대한 핵무기 공급을 80% 줄일 것이라고 발표했다. 나토는 1992년에 소속군이 유럽의 비회원국들에게 평화유지 지원을 할 수 있도록 함으로써 군사적인 역할이 커지도록 했다. 나토는 1994년 2월 소속 항공기가 유엔이 지정한 보스니아 헤르체고비나의 비행 금지 구역을 침범한 보스니아 헤르체고비나의 세르비아계 전투기 4대를 격추함으로써 처음으로 전투행위를 수행했다. 또한 1994년에는 대부분 과거에 공산국가였던 20개국이 평화를 위한 동반자라고 하는 나토와의 연대 기구에 가입하였고, 군사적으로도 참여하였다. -- 2020-01-12 (日) 09:47:19
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-頭がないのよ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:47:26
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-昨日の放送少しだけ見た -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:47:39
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-今日は誰が成り済まされるんだろう… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:48:06
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-わたしだ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 09:48:12
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-ほげちゃん。 -- 生 2020-01-12 (日) 09:48:13
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-あー実質今日が締め切りなのにヤル気がしない_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:48:16
-おはよなす。 -- 生 2020-01-12 (日) 09:48:18
-おはいお -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:48:22
-お前だったのか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:48:24
-なす -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:48:25
-おは -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:48:27
-おはようです -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:48:30
-山城てーギミックおわった? -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:48:38
-さっき -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:48:42
-V -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:48:45
-おつ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:48:45
-T不利 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:48:47
-察して -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:48:52
-アッハイ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:48:59
-雪風のすけべいらすと見せれば一発で判別つくしカウントTは判別しやすいな・・・ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:49:05
-雪風のスケベイラストと聞いて -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:49:18
-はよギミックやりなさい -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:49:25
-はい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:49:28
-ゆきかぜおじょうさんがおちんちんまみれになってるのください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 09:49:29
-ゆきかじぇ! -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:49:43
-反応が早くて草 -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:49:46
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:49:48
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:49:51
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:49:53
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:49:55
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:49:57
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:50:01
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:50:04
-あとアイコンで大体分かるんだよね… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:50:05
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:50:06
-夕張90あれば改二多分大丈夫だよねぇ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:50:07
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:50:10
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:50:12
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다.캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:50:15
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:50:16
-99あれば確実ですね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:50:18
-まぁ大丈夫じゃないかね -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:50:18
-まだ88だけど -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:50:20
-캐나다의 주요 산업은 항공 산업, 우주 산업, 자동차 부품 제조, 제지, 철강, 기계 ·기기, 에너지 산업, 광업, 화석연료 채굴, 임산, 농업, 어업, 관광업, 영화 산업, 멀티미디어 산업, 하이테크 산업, 컴퓨터 산업, 소프트웨어 제작, 게임 제작, CG, 애니메이션이다. 임업과 그 관련 사업은 캐나다 경제에서 차지하는 지위가 높으며, 전수출액의 3할 가까이를 제공하고 있다. 그중에서도 펄프, 제지업은 생산액, 취업자수, 수출액에 있어서 캐나다 최대의 산업이며, 신문 용지는 세계 수용의 1/2을 공급하고 있다. 수산업은 캐나다 최초의 산업이며, 새우, 대구를 중심으로 하는 대서양 연안에서는 청어, 정어리 등을 중심으로 35%를 차지하며, 오대호에서는 10%에 불과하다. 광업은 2차 세계대전 이후 급속히 발전한 산업으로서, 특히 서드베리 부근의 니켈, 퀘벡주 남부의 석면(石綿)은 독점적인 지위에 있다. 그 밖에 백금, 금, 우라늄, 은, 구리, 아연 등 세계 유수의 광산물 수출국이다. 또 수력 발전은 미국 다음 가는 세계 제2위의 발전 능력을 지니며, 보크사이트를 수입하여 정련하는 알루미늄 생산국이기도 하다. 금속 자원의 경우 우라늄(1만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 29.2%), 염화 칼륨(820만 톤, 1위, 세계 시장 점유율 30.9%), 유황(903만 톤, 2위), 철광석(1980만 톤, 3위), 은(1309톤, 3위), 텅스텐(2750톤, 3위), 니켈(16만 톤, 3위), 아연(100만 톤, 4위), 코발트(4304톤, 5위), 염화 나트륨(1335만 톤, 5위), 납(15만 톤, 5위), 금(141톤, 7위), 안티몬(143톤, 8위), 구리(56만 톤, 8위)을 가지고 있다. 이 외에도 마그네슘, 인 등도 채굴되고 있다. 캐나다는 광물 자원을 타고나서 세계 10위에 들어가는 광물이 17종류가 있다. 이하 수치는 2003년 시점의 통계 데이터에 근거한 것이다. 유기 광물 자원은 천연가스(6565천조 줄, 3위), 연료가 되는 갈탄(3695만 톤, 9위)외에 석탄(2954만 톤)과 원유(9111만 톤)의 산출량을 가지고 있다. 다이아몬드의 산출량도 1120만 캐럿에 이르러 세계 제6위이다. 주로 보유한 천연자원으로는 천연가스, 석유, 석탄, 금, 은, 구리, 다이아몬드, 철광석, 니켈, 우라늄, 아연 등이 있다. 석유(오일샌드 포함)는 세계 2위의 부존량을 자랑한다. 그러나, 캐나다는 대량으로 원유를 수입한다. 중동뿐 아니라 베네수엘라와 북해에서도 들여온다. 2006년 기준 하루 평균 270만 배럴의 원유를 생산했고 85만 배럴을 수입했다. 캐나다의 원유 조달 구조가 이처럼 기이한 것은 이 나라 원유 자원의 자연적 특징 때문이다. 원유는 보통 지하의 유정(油井)에서 뽑아내는 방식으로 생산되지만, 이 나라 원유는 오일샌드(oil sand) 형태로 부존하기 때문에 생산 방식이 전혀 다르다.[3] 캐나다의 농업은 취업 인구의 3.4%(1999년)로 농업 인구는 감소하고 있으나 노동생산성은 급속히 상승하고 있다. 곡류, 감자 등의 농산물 중에서도, 평원의 3주에서 생산되는 경질(硬質) 밀은 단백질의 함유량도 많아 질이 좋으며, 생산량의 3분의 2를 수출하고 있다. 밀 총생산량은 25,261,400톤(2011년, 세계 7위, 3.59%)[4]이다. 또한 낙농과 가축 사육도 왕성하다. 온타리오주와 브리티시컬럼비아주에서는 온실(green house) 농업이 발전하는 추세에 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:50:21
-99とかこれからじゃちょっと時間たりないかな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:50:29
-空母とか戦艦ならまだしも -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:50:36
-巡洋艦とか駆逐で80オーバーを要求するのホントにやめてほしい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:50:57
-47で足りないのは確定的に明らか -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:51:06
-戦闘祥鳳とか開発資材とか使うのかねー -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:51:08
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:20
-設計図(ボソッ) -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:51:20
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:21
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:23
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:25
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:28
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:29
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:31
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:35
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:37
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:39
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:42
-おはよう -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:51:42
-バーナーと釘 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:51:43
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:43
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:46
-おはよう -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:51:46
-かびてー死す! -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 09:51:50
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:50
-おはおは -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:51:52
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:52
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:51:54
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:00
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:02
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:05
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:07
-なにかびてーまたポンポンペインなん? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:52:08
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:09
-申し訳ないが野蛮民族の言語は分からないのでNG -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:52:10
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:12
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:14
-球磨改二実装してくれるなら99が要求されてもかまわんが -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:52:18
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:25
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:27
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:30
-アトランタに使うと残らんな…釘… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:52:31
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15]이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:34
-加賀改二はよ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:52:34
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:36
-이탈리아(이탈리아어: Italia, 약자: IT, ITA, 문화어: 이딸리아, 음역어: 이태리)는 남유럽의 이탈리아반도와 지중해의 두 섬 시칠리아 및 사르데냐로 이루어진 단일 의회 공화국이다. 북쪽 알프스산맥을 경계로 프랑스, 스위스, 오스트리아, 슬로베니아와 국경을 맞대고 있다. 또 주변 바다로는 동쪽의 아드리아해, 남쪽의 이오니아해, 서쪽의 티레니아해와 리구리아해로 둘러싸여 있다. 이탈리아 영토 안쪽에는 위요지 국가인 산마리노와 바티칸 시국이 접하여 있으며, 스위스 영토 안쪽에 이탈리아의 월경지 영토인 캄피오네디탈리아가 있다. 국토 면적은 301,340 km²이며, 온대 기후대에 속한다. 인구는 60,200,000여 명으로, 유럽에서 여섯 번째로 인구가 많고, 전 세계 기준으로는 23위이다. 주요 도시로는 수도인 로마를 비롯하여 밀라노, 나폴리, 제노바, 피렌체, 토리노, 베네치아 등이 있다. 오늘날 '이탈리아'로 알려진 이 땅은 에트루리아나 고대 로마 등 유럽의 여러 문화와 민족의 요람이었다. 수도 로마는 옛 로마 제국의 수도이기도 하였으며 수 세기 동안 서구 문명의 정치문화적 중심지였다. 로마가 몰락하자 이탈리아는 롬바르드족과 동고트족 등 게르만족과 몽골족, 사라센 등 오랫동안 타민족의 침입에 시달렸다. 수 백년 뒤 이탈리아에서는 이후 유럽 사상사에 지대한 영향을 끼친 르네상스가 탄생하였다. 로마 제국이 멸망한 뒤 이탈리아는 수많은 왕국(사르데냐 왕국, 양시칠리아 왕국, 밀라노 공국 등)과 도시국가들(베네치아 공화국 등)로 분열되었다가 1861년에 이르러서야 "리소르지멘토"라는 격변기를 겪으며 통일을 이루었다. 19세기 말부터 양차 세계 대전을 거치며 이탈리아는 식민지를 거느리게 되어 리비아, 에리트레아, 이탈리아령 소말릴란드, 에티오피아, 알바니아, 로도스섬, 도데카니사 제도, 중국 톈진까지 지배하였다.[1] 원래 군주제 국가였으나(이탈리아 왕국) 1946년에 공화정이 되었다. 이탈리아는 1957년 유럽 공동체(EC)의 창립 회원국이었으며, 1993년에 유럽 공동체는 유럽 연합이 되었다. 이탈리아는 1999년에 유로화를 채택하였다. 오늘날의 이탈리아는 민주 공화국이며, 이코노미스트지 조사에서 삶의 질 세계 8위를 기록했다.[2] 이 나라는 높은 생활 수준을 구가하며, 2010년 인간 개발 지수는 24위였다.[3] G8과 G20 소속이며, 2011년 기준으로 명목 국내총생산은 세계 8위이다. 이탈리아는 오늘날 유럽 연합의 창립 회원국으로, 1957년 로마 조약이 체결된 나라이기도 하며, 북대서양 조약기구(NATO) 원년 회원국이다. 그 밖에도 경제 협력 개발 기구(OECD)와 세계 무역 기구(WTO), 유럽 평의회, 서유럽 연합의 일원이다. 이탈리아의 군비 지출은 세계 8위이며, 북대서양 조약기구의 핵 공유에 참여하고 있다. 이탈리아(특히 로마)는 정치와 문화 면에서 세계적인 영향력을 지니고 있는데, 식량 농업 기구(FAO),[4] 국제농업개발기금(IFAD), 세계 식량 계획(WFP)의 본부가 이 곳에 위치한다. 이탈리아는 영국, 프랑스, 독일, 러시아와 더불어 유럽의 정치, 사회, 군사에 영향력을 행사하여 주요 지역 강국이기도 하다.[5][6][7][8][9] 이 나라는 높은 교육 수준과 풍부한 노동력을 보유한[10] 세계화된 나라이며,[11] 2009년 국가 브랜드 순위에서 6위를 차지하였다.[12] 또 이탈리아의 기대 수명은 뉴질랜드와 버뮤다 다음 세계 19위로 길다.[13] 또 관광 대국인 이탈리아는 해외에서 4,370만 명이 방문하여[14] 세계에서 5번째로 관광객이 많은 나라이며, 유네스코 세계유산이 세계에서 가장 많은 데서(44곳) 보여주듯 예술과 과학 분야에서 오랜 전통을 지니고 있다. 대졸자 초봉은 2010년 기준으로 약 23,000유로이다.[15] -- 2020-01-12 (日) 09:52:37
-バーナーとクギを要求されるとな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:52:37
-a -- 2020-01-12 (日) 09:52:41
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-カービー提督は死ぬのじゃ。 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:52:46
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-加賀改二は去年中に出なかったからね -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:52:49
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-加賀改二とか矢矧改二はよ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:53:04
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-グラーフ改二どこ…?ここ…? -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:53:17
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-とにかくカービィ提督はしぬ、それらは再生できない -- 生 2020-01-12 (日) 09:53:17
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-釘はカービィてーだけじゃなくて、山城てーも死にそうだ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:53:20
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-予告したなら実装しろよぉ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:53:23
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-ゆきかぜとときつかぜが意味も分からず無心にかいらくをむさぼりあうのください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 09:53:26
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-釘?ねぇよ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:53:29
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-一応94個まで回復はしたけど -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:53:47
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-運営「予告はしたが、いつ実装するとはいってない、遠い未来になる」 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:53:49
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-まぁ逆に言えば94個しかない -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:53:57
-プリンツ・オイゲン改二まだ? -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:53:57
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-プリンツ改二ほしいね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:54:13
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-ティルピッツの実装まだー -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:54:14
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-と言うよりティルピッツとシャルンホルスト実装まだ? -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:54:15
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-ごちうさのシャロのエロ画像検索したら コロラドが出てくるw -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:54:17
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-閣下、両方アズレンにはいるよ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:54:26
-ティルピッツとかシャルンとかグナイとかさ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:54:29
-アトランタが100釘… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:54:31
-https://www.niji-wired.info/ero/img-12086234/ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:54:31
-ヴぇ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:54:37
-ティルピッツはいるんだよなあ<球磨T -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:54:47
-ああ、だから釘2900になってたのか>アトランタ釘100 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:54:48
-アトらんらんの改造って釘消費するの? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:54:50
-シャルンホルストはまだ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:54:58
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:00
-なにこれ? 荒し? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 09:55:02
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:03
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:06
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:09
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:10
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:12
-なんか釘へったけどなんだったんだろうなって -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:55:12
-フミカネ絵のシャルンが欲しいの!!!!!! -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:55:14
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:15
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:17
-せやで -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:55:18
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:18
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:19
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:20
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:22
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:23
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:26
-って言うかさ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:55:31
-野蛮民族の言語を垂れ流すのは辞めよう -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:55:32
-アズレンのシャルンホルストはコアデータ交換にいなかったか? -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:55:35
-Aヒッパーまだ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:55:38
-newの後に見えない駐車禁止コマンドあるからそれクリックすれば非表示に登録できるよ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:55:44
-それもアズレンにおるやろ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:55:46
-いたっけ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:55:50
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:52
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:53
-いるよ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:55:54
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:55
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:55
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:56
-ヒッパーもまだなんだよ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:55:57
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:57
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:59
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:55:59
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:00
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:01
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:02
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:03
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:04
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:05
-アズレンにいるからなんなの・・・ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:56:05
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:06
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:06
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:07
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:08
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:10
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:10
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:12
-すっきり -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 09:56:12
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:12
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:13
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:14
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:15
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:16
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:16
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:17
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:18
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:19
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:20
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:21
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:22
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:22
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:23
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:24
-今はそっちで我慢してってこと -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:56:25
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:25
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:25
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:26
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:27
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:28
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:29
-ドイツ艦じゃないけど -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:56:29
-アズレンにいるからっていうのはガチでいみわからんからやめて -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 09:56:29
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:30
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:30
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:31
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:32
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:33
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:33
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:34
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:35
-あい -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:56:35
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:36
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:36
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:37
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:39
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:40
-ベルファストとかも実装して欲しい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:56:40
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:40
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:41
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:42
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다.이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:43
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:44
-艦これに実装されるのはまだ先だろ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:56:44
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:45
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:45
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:46
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:47
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:48
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:49
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:49
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:50
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:51
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:51
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:52
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:53
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:54
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:54
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:55
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:56
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:57
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:57
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:56:58
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:00
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:00
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:01
-日本艦優先しろ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:57:02
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:02
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:03
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:03
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:04
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:05
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:06
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:07
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:08
-ベルファスト欲しい(WoWS) -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:57:08
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:09
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:10
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:10
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:11
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:12
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:13
-이탈리아의 역사는 지중해 지역 전체의 문화·사회 발달에 끼친 영향을 볼 때 그 중요성이 크다. 이탈리아는 선사 시대에도 중요한 인간 활동의 무대여서 라치오주, 토스카나, 움브리아, 바실리카타 지역 등 곳곳에서 그 유적이 발견되었다. 고대 그리스 시대와 에트루리아 시대, 특히 여러 세기에 걸쳐 지중해 지역을 지배한 로마 제국은 세계사에 아주 큰 영향을 미쳤다. 로마 제국 후에는 중세의 인본주의와 르네상스(피렌체에서 레오나르도 다빈치,미켈란젤로등이 활동했다)가 유럽의 철학과 예술의 형성에 큰 영향을 미쳤다. 근대 이탈리아는 민족국가로의 발전이 늦어졌는데, 1861년 3월 17일에야 반도 본토의 나라들과 양(兩) 시칠리아 가 당시 피에몬테와 사르데냐 왕이던 사보이 왕가의 비토리오 에마누엘레 2세의 지배 아래 통일되었다(이탈리아 왕국). 이탈리아 통일의 주역은 총리였던 카보우르였다. 로마는 그 후에도 교황령에 계속 남아 있다가 1870년 9월 20일 이탈리아의 영토가 되었다. 현재 바티칸 시국은 산마리노와 함께 이탈리아에 완전히 둘러싸인 독립 국가이다. 1883년에 아프리카에 진출, 에리트레아를 식민지로 삼았다. 1896년에는 에티오피아와 교전하였으나 실패, 에티오피아의 주권을 인정했다. 제1차 세계대전 초기에는 중립을 선포했으나, 1915년에 연합국에 가담했다. 전쟁은 연합국의 승리로 끝났다. 그러나, 이탈리아는 승전국임에도 불구하고 오스트리아의 티롤지방을 비롯한 아주 일부지역만 얻었을뿐 큰 소득은 얻지 못했다. 국내에서도 자본가와 노동자들의 싸움이 빈번하였으며, 이에 노동자들은 단결하여 자신들의 권리를 위한 계급투쟁을 벌였다. 실례로 1919년 3월에 북이탈리아 공업지대에서 노동자의 공장 운영, 거리투쟁, 생산리 등의 강력한 행동이 개시되었는데, 이는 남부 농업지역에도 파급되어 노동자층의 계급투쟁이 활발히 진행되었다.[16] 이러한 민중들의 단결을 두려워한 지주, 군벌 등은 로마제국의 영광을 되찾자고 주장하며 국가주의를 내세운 무솔리니의 파시스트당을 지지하였다. 1922년 집권한 베니토 무솔리니의 파시즘 독재정부는 1936년, 에티오피아와 교전하여 승리, 5년동안 이탈리아 영토로 편입했다. 나중에 국제 연맹을 탈퇴하고, 독일과 일본과 동맹을 맺었으나 이 결과, 제2차 세계 대전에 패전했다. 1946년 6월 2일 국민 투표를 통해 군주제가 폐지되고 공화국이 되었으며, 1948년 1월 1일 새 헌법이 제정되었다. 새 헌법에 따라 엔리코 데 니콜라가 초대 대통령으로 선출되었으며 그 해 첫 선거에서 루이지 에이나우디가 후임 대통령으로 선출되었다. 한국전쟁시 대한민국에 의료인들을 지원하기도 하였다. 1955년 조바니 그론키가 후임으로 선출되었고, 1962년 안토니오 세니가 후임이 되었다. 그러나 세니는 병으로 인해 2년만에 사임, 이탈리아 역사상 처음으로 사임한 대통령이 되었다. 한편 그 해에 주세페 사라가트가 제5대 대통령으로 선출되었으며 1971년 조바니 레오네가 후임이 되었다. 그러나 이 무렵 록히드 사건이 터지는 바람에 레오네는 퇴임을 얼마 앞두고 조기 사임하였다. 1978년 산드로 페르티니가 대통령으로 선출되어 첫 사회주의 정권이 출범하였고 7년 뒤 프란체스코 코시가가 대통령으로 선출되었다. 하지만 페르티니 정권 시절 알도 모로 총리가 살해되고 바티칸 시국의 교황이 급사하는 등의 혼란이 일어났고, 코시가 정권 역시 공산당이 비난을 받는 등 혼란에 시달렸다. 그런가 하면 1992년 출범한 오스카르 루이지 스칼파로 정권은 과거사를 청산하는 데 주로 힘썼다. 이탈리아는 북대서양 조약 기구와 유럽 연합의 원년 회원으로 서유럽의 정치·경제적 통일에 동참하였으며 1999년에는 유로를 통화로 도입하였다. 그 해에 카를로 아첼리오 참피가 대통령으로 선출되었고, 2006년 조르조 나폴리타노가 후임으로 선출되었다. 이탈리아 헌법 상 재임은 금지되어 있으나, 2013년 대선에는 후보자가 나오지 않아 나폴리타노가 자동으로 2번째 임기를 수행하게 되어, 이탈리아의 최장기 집권 대통령 및 유일하게 재선한 대통령이 되었다. 하지만 2015년 1월 14일 사임하였고, 후에 대선에서 헌법재판관 출신의 세르조 마타렐라가 당선되었다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:13
-まぁアズレンのやつ積極的に実走すると結構騒ぎそうだから,どうせなら外堀固めてからの方がいいと思うわ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:57:16
-リアル艦のほうか -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:57:16
-プレミアム艦だろ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:57:21
-雑木林実装するって話だったけど、全然来ないね、どれから実装するかでもめてるんだろうか(ぇ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:57:27
-雑木林より先に実装する艦おるやろ… -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:57:39
-ベルファストはね敵に居るだけでテンションが下がる -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:57:41
-松型はまだだろ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 09:57:43
-まぁエンタープライズ実走して殴りに行ってもいいんだけど -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:57:49
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다.이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:55
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다.이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다.이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:57
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:57
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:57:58
-大体は死因ベルファストって言われるぐらい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:57:59
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:00
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:00
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:01
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:02
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:03
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:03
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:04
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:05
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:05
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:06
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:06
-先に特型そろえて -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:58:07
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:07
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:08
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:08
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:09
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:10
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:10
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:11
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:12
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:12
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:13
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:14
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:14
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:15
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:16
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:16
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:17
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:17
-あと冬月あたりかなー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:58:18
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:18
-そうね東雲とか実装しても良いよね -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:58:19
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:19
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:20
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:21
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:22
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:22
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:23
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:24
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:25
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:25
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:26
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:27
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:27
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:28
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:29
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:30
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:30
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:31
-初春型もそろえて -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:58:32
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:32
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:32
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:33
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:34
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:34
-東雲とか薄雲とかだっけ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:58:34
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:35
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:36
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:36
-陽炎型もまだ実装してなかったはずだな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:58:36
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:37
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:37
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:38
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:39
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:40
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:41
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:42
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:42
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:43
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:43
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:44
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:45
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:45
-夏潮とか? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:58:46
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:46
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:47
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:47
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:49
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:49
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:50
-んだ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:58:50
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:51
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:51
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:52
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:53
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:53
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:54
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:54
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:55
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:56
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:56
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:57
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:58
-有明とかもきてないし -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:58:58
-あとは夕暮とか有明とか? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:58:58
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:58
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:58:59
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:00
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:01
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:01
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:02
-あと宇宙戦艦 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:59:02
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:02
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:03
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:04
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:04
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:05
-そういえば、なんで夕雲型はコンスタントに実装されてるんやろう -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 09:59:05
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:06
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:06
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:07
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:08
-이탈리아는 문화 예술과 수많은 기념물들로 잘 알려져 있다. 피사의 사탑과 로마의 콜로세움 등의 역사적 건축물과 이탈리아 음식(피자, 파스타 등), 포도주, 생활 양식, 우아함, 디자인, 영화, 연극, 문학, 시, 미술, 음악(특히 오페라), 관광 등은 이탈리아를 세계적 문화국가로 만들었다. 로마, 피렌체, 베네치아는 관광객들이 많이 찾아오는 도시들이다. 유럽의 르네상스 시대는 14세기와 15세기에 이탈리아에서 시작되었다. 페트라르카, 토르콰토 타소, 루도비코 아리오스토의 시와 조반니 보카치오, 니콜로 마키아벨리, 발다사레 카스틸리오네의 산문은 서양 문화의 발달에 지대한 영향을 끼쳤다. 이는 레오나르도 다 빈치, 라파엘로 산티, 산드로 보티첼리, 프라 안젤리코, 미켈란젤로 등의 거장들을 배출한 회화와 조각, 건축 부문에서도 마찬가지였다. 현대 미술가로는 조각가 톰마소 제라치가 알려져 있다. 이탈리아의 작곡가 몬테베르디, 팔레스트리나 비발디 등은 한 시대를 풍미했고 19세기에는 조아키노 로시니, 주세페 베르디, 자코모 푸치니 등의 작곡가들에 의해 이탈리아의 낭만주의 오페라가 전성기를 구가했다. 현대의 이탈리아 미술가들과 작가, 영화감독, 건축가, 작곡가, 디자이너 등도 오늘날 서양 문화에 크게 이바지하고 있다. 이탈리아에서 가장 인기가 있는 스포츠 종목은 단연 축구로 이탈리아인들의 축구에 대한 광적인 열정은 잘 알려져 있다. 이탈리아 전체 인구는 5,700만 명에 불과하지만 축구협회에 가입된 클럽은 대개 2만개 가량이 되고 선수는 무려 11만 명에 이른다. 이탈리아는 영국으로부터 대략 19세기 말쯤 축구를 받아들였는데 영국과 독일 스페인과 더불어 유럽 4대 축구 강국으로 불린다. 1934년, 1938년, 1982년, 그리고 2006년 네 차례에 걸쳐 FIFA 월드컵 우승을 차지한 바 있다. 또한 현재까지 굵직한 국제대회에서 단 한 번도 독일에게 패한 적이 없다. 이 나라는 월드컵에서 남·북한에게 모두 패배한 적이 있었다. 전국에서 뽑힌 18개 팀이 맞붙은 세리에(Serie) A 경기가 열리는 날은 이탈리아 전체가 용광로처럼 들 끓게 된다. 이탈리아의 축구는 팬들에게 짜릿한 감동과 흥분, 즉 창조적인 볼거리를 제공하고, 클럽과 시, 정부, 기업에게 막대한 재원을 안겨준다. 이탈리아의 진정 굴뚝 없는 산업은 축구로서 국민적인 비즈니스로 정착했다. 축구 이외에 전국적인 인기를 모으는 스포츠로는 자전거 경주가 있다. 유명한 자전거 경주인 '지로 디탈리아 (Giro d'Italia)' 나 '투르 드 프랑스(Tour de France)' 에서 이탈리아 선수가 나타나면 사람들은 환호성을 지르면서 따라 달리곤 한다. 이탈리아는 체육수업이 거의 없다. 그럼에도 이탈리아는 수영이나 펜싱은 물론 조정과 사격에 이르기까지 다양한 분야에서 세계 챔피언과 올림픽 챔피언을 적지 않게 배출했으며, 선수들 모두 스포츠 무대의 중심을 차지하기 위하여 분투하고 있다. 이밖에 농구와 배구,핸드볼도 인기 있으며 이탈리아 북부와 지방 항구도시에서는 세계2차대전 당시 미군의 영향으로 야구가 가장 인기있는 스포츠이다. 이탈리아의 성악가 체칠리아 바르톨리, 안드레아 보첼리, 루치아노 파바로티, 레나타 테발디 등이 이탈리아를 빛내고 있다. -- 2020-01-12 (日) 09:59:08
-それはいいや、ゲーム壊れる>宇宙戦艦 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:59:14
-絵師の問題? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 09:59:16
-こたえ 絵師が乗り気 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:59:22
-冗談やぞ>宇宙戦艦 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:59:30
-絵師がC2の人だからじゃないかなって思ったけど -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:59:32
-知ってる>宇宙戦艦 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 09:59:40
-しばふも今C2所属だしな・・・ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 09:59:42
-まぁ霧の艦隊は割とバランス操作頑張ったと思う -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 09:59:46
-夕雲型ってだいたい揃ってるん? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 09:59:48
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:03
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:05
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:06
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:07
-コニシニキもC2所属になってるから陽炎型も増えても良いんだけどなぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:00:07
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:08
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:09
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:10
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:11
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:11
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:12
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:13
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:13
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:14
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:15
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:16
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:16
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:17
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:18
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:19
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:20
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:21
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:21
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:22
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:23
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:23
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:24
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:25
-陽炎型増えてほしいね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:00:25
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:25
-夕雲型で今居ないのって誰だ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:00:26
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:26
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:27
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:28
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:28
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:30
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:30
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:31
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:32
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:32
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:33
-のこりこのぐらい https://gyazo.com/61e36957dc968cd319fa5988395677fb -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:00:34
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:34
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:34
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:35
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:35
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:36
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:37
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:37
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:38
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:39
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:40
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:40
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:41
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:42
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:42
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:43
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:44
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:44
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:45
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:45
-クリック2回で表示されなくなるのに頑張るねーコの子も -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:00:46
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:46
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:47
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:47
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:48
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:49
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:50
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:50
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:51
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:52
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:52
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:53
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:54
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:54
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:55
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:55
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:56
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:00:57
-夕雲型は全19隻 艦これ実装なしは5・7・8・9・10・18 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:01:11
-まあ立ち絵一枚でも書き上げるのにかかる時間は人それぞれだろうし -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:01:13
-訂正18は今回で実装されたわ('ω') -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:01:31
-ふむ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:01:32
-あとは戦艦三笠くらい?さっきのスクショ以外なら -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:01:38
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:01:57
-信濃もいないか -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:01:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:01:59
-新規は描いてもリテイクとか修正とか入ったりするだろうし -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:01:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:00
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:02
-だから三笠が実装されるならその前に出雲だっつってんだるぉ!!?? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:02:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:08
-北風型駆逐艦……は実装されないだろうなぁ…… -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:02:10
-ああ、出雲もいたな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:02:16
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:17
-れっきとしたWW2参戦艦だぞ(適当) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:02:21
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:32
-紀伊型戦艦はよ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:02:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:39
-三笠までもどるならもうちょいふえるかな -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:02:39
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:40
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:40
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:46
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:53
-WW2時に現役ならOKならヴィクトリー号でもいいっていう意見は締め切りました -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:02:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:58
-紀伊型実装されるかなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 10:02:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:02:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:00
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:01
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:06
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:06
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:08
-さむいいいい -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:03:08
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:10
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:11
-三笠はMMDのグラそのまま使ってほしい(贅沢 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:03:11
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:03:13
-高速戦艦で長門以上の火力と重巡洋艦レベルの雷装とIowaに負けない対空を持った紀伊型戦艦はよ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:03:16
-5スロの話で紀伊型か大和型改二かで出てたけど -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 10:03:17
-紀伊型は計画艦だからな -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:03:21
-さっきからなんなんだこいつ…… -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:03:32
-それより伊吹をだな -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:03:38
-(信濃はまだですか?) -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:03:42
-空母いぶき? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:03:46
-MMDの三笠できいいからな -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:03:47
-非表示にしてもすぐ出てくる -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:03:54
-あの三笠はよいできですね -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:03:56
-信濃は低速だからね… -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:04:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:08
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:10
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:15
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:16
-あの三笠で慣れちゃったからなぁ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:04:16
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:17
-イージス艦とか導入したらどうなるんだろう? まぁあれ管制システムがしっかりしているだけで攻撃力的には微妙か? 高速巡行には使えそうだが -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:04:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:18
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:19
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:20
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:21
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:23
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:24
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:28
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:29
-現代化改修したMMDはすでにあるよ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:04:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:36
-非表示にするのもメンドイ…これBotかなにか? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:04:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:38
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:39
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:40
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:41
-イージス艦はネットワーク整備しないとダメっすね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:04:41
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:41
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:43
-だろうね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:04:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:44
-ただのバカ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:04:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:46
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:48
-手動Botだぞ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:04:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:51
-それに信濃の搭載機量少ないからなあ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:04:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:56
-イージスを艦これのシステムに持ち込んではいけない(真顔) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:04:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:58
-手動BOTで草 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:04:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:04:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:00
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:01
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:01
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:06
-現代艦いれたら一発轟沈しそう -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:05:07
-閣下閣下 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:05:11
-データやり取りする大本ないとなりたたないよね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:05:11
-なになに -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:05:17
-信濃はスロットどうなるんやろうなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 10:05:17
-エセックスとかサセックスとか実装してくれても良いのよ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:05:20
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:24
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:27
-そもそも実装するかどうかも… -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:05:28
-信濃の搭載量が少ないのは「あの当時用意できた数があんだけだった」からで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:05:28
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:05:30
-俺たちのイージス見たことないんだよね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:05:34
-そうだったんんだ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 10:05:37
-イージスを艦隊の目にして艦隊防空を強化する目的なので -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:05:38
-「実際は80機くらいは積めたはず」っていう説が -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:05:40
-ところで -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:05:57
-イージス艦つよい!欲しい!っていってイージス艦だけ導入してもお隣の海軍みたいになる -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:06:02
-あっという間に沈んだうえに資料が散逸してるから -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:06:02
-伊402はまだですか? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:06:07
-手動Botとか暇人なのかな? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:06:07
-艦これだったら、一番多いの採用するだろうなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 10:06:08
-結構色々分かってない部分が多い信濃 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:06:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:18
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:20
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:21
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:23
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:24
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:28
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:31
-またアルペジオとコラボしないかなぁ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:06:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:33
-v -- 2020-01-12 (日) 10:06:34
-信濃の写真が少ないからなぁ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:06:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:37
-どうも!! 夕雲型の最終巻,平戸です。到着遅れました,よろしくお願いです!  平戸いっぱい出るなー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:06:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:38
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:39
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:39
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:40
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:41
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:46
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:49
-元気いい平戸だなぁ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:06:50
-ごとごとごとごとゴトランド -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 10:06:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:06:58
-清霜じゃん定期 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:07:02
-まあでもWW2時点に突っ込めばそれなりに活躍はするんだろうけどな。ジパングみたいに -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:07:07
-清戸 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 10:07:12
-おねえちゃんに性の手ほどきを受けて♡目にされる清霜ください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:07:14
-補給できるのかしら・・・ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:07:23
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-探せばありそう>カウントてー -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:07:32
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-提督じゃダメなの! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:07:36
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-そのまま無限堕ちエンド -- 生 2020-01-12 (日) 10:07:43
-ワイは早霜に搾り取られる本が欲しい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:07:52
-目に入るならおっさんより絡み合うメスボディがいい -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 10:08:10
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:10
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:12
-夕雲型は姉妹間での爛れた関係でぬちゃぬちゃどろどろしてるのが至高 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:08:12
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:13
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:15
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:17
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:18
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:20
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:22
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:23
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:25
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다.잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:26
-でも長波様の搾乳なら見てみたいかも -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:08:35
-さてと -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:08:36
-ドゴォ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:08:43
-俺としては朝霜が清霜にいろいろやられる本ならみたい -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:08:44
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:47
->>301ドゴォ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 10:08:47
-攻略できないイライラ勢かなー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:08:47
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:49
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:50
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:50
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:51
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:51
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:52
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:53
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:53
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:54
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:55
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:55
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:56
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:57
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:57
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:58
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:08:59
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:00
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:00
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:01
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:02
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:02
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:03
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:04
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:04
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:05
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:06
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:06
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:07
-この変なの、無視すれば良いの? それとも処す? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:09:08
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:08
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:09
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:10
-攻略出来ないイライラ勢なら普通にF5爆撃すると思うw -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:09:10
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:11
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:11
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:12
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:13
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:13
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:14
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:14
-そろそろVをもう1回殴りに行こうかね -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:09:15
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:15
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:16
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:16
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:17
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:18
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:19
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:19
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:21
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:21
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:22
-じゃぁただのかわいそうな人か -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:09:22
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:23
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:23
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:24
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:25
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:25
-そもそも艦これユーザーじゃねーでしょ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:09:26
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:26
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:27
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:27
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:28
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:29
-やっべ、進撃ミスった -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:09:29
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:30
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:30
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:31
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:32
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:32
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:33
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:33
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:34
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:35
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:35
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:36
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:37
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:37
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:38
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:39
-バイクT -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:09:39
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:39
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:41
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:41
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:42
-ただの可哀想な暇人さね -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:09:42
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:43
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:43
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:44
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:44
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:45
-荒らしはスルーしてね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:09:45
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:46
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:46
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:47
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:48
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:48
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:49
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:50
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:50
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:51
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:52
-Vってさ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:09:52
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:52
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:53
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:54
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:54
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:55
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:56
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:56
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:57
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:58
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:58
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:09:59
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:00
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:00
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:01
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:02
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:02
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:03
-第二を殴れるかどうかだよな -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:10:03
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:04
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:04
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:05
-鬼怒『頭撫で撫でしてほしい』 三日月『舐めてもらいたい』 羽黒『愛してます』 伊168『愛してるわ』#shindanmaker https://shindanmaker.com/415033 -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:10:05
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:06
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:06
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:07
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:08
-編成ガチガチに詰めても運ゲーだから勝てるまで殴れ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:10:08
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:08
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:09
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:10
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:11
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:12
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:12
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:13
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:14
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:14
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:15
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:15
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:16
-うっし -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:10:17
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:17
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:17
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:18
-割と被害少なくて助かった -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:10:18
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:19
-殴ってくるわ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:10:19
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:19
-잉글랜드 왕국 및 스코틀랜드 왕국은 따로 나뉜 주권자와 독립한 나라로서 그들 자신의 군주와 정치적인 구조를 가지며 9세기부터 존재해 왔다. 일단 웨일스 공국이 1284년에 러들랜 법(Statute of Rhuddlan)에 따라 잉글랜드 왕의 지배를 받게 되었다. 1603년부터 왕국연합(Union of the Crowns)이라는 동군연합 상태였던 잉글랜드(웨일스를 포함한)는 1707년 연합법(Acts of Union 1707)에서 스코틀랜드와 합병하였다. 이로써 그레이트브리튼 왕국의 형태로 정치적 연합이 이루어졌다.[5][6] 1800년 연합법(Act of Union 1800)은 그레이트브리튼 왕국에 아일랜드 왕국을 병합시켰다. 당시 아일랜드는 리머릭 조약(Treaty of Limerick)에 따라 1541년부터 1691년까지 점차 잉글랜드의 지배를 받아 가던 상태였다.[7] 그에 따라 1801년에 그레이트브리튼 아일랜드 연합왕국이 성립하였다.[8] 1922년 아일랜드 공화국 독립은 2년 전에 아일랜드 섬의 분할에 따른 결과며, 얼스터 지방(province)의 9개 주(county) 가운데 6개 주가, 1927년에 현재 이름으로 바뀐 영국령으로 남겨졌다.[9][10] 영국은 철학적이고 과학적인 정보 및 유력한 문학과 연극의 전통을 가진 계몽시대의 중요한 국가였다. 그 다음 세기 내내 영국은 문학, 예술 및 과학에 획기적으로 공헌한 의회 민주주의와 같은 서양 사상의 발전에서 주역이 되었다.[11] 초기 대영 제국의 부는 다른 강국처럼 역시 1750년 이후에 있었던 노예무역의 산업화를 포함한 식민 착취에 의해 그 일부는 생성되었다. 18세기 영국의 노예 매매는 세계에서 가장 강력했던 영국 함대가 아프리카 노예를 아메리카 대륙으로 보내는 악명 높은 삼각무역의 일부였다. 그러나 19세기 초에 영국은 노예무역법을 만들어, 영원히 노예 무역을 금지하는 첫 번째 국가가 되었다. 영국은 미국의 시카고, 클리블랜드, 디트로이트, 피츠버그, 필라델피아, 뉴욕, 볼티모어, 보스턴, 워싱턴 D.C., 애틀랜타 등을 차지했다가 18세기 말에 독립시켰다. 산업혁명과 나폴레옹 전쟁에서 나폴레옹을 격파한 뒤에, 19세기 영국은 세계의 주요 국가 중 하나가 되었다. 대영 제국이 전성기일 때 영국의 영토는 지구의 약 4분의 1(1/4)까지 커졌었고, 인구도 세계 인구의 약 4분의 1(1/4)이었다. 이는 역사에서 가장 큰 인구와 영토였다. 당시 대영 제국은 그 영토가 지구 널리 퍼져있어서 해가 지지 않는 나라라고 일컬어졌다. 1910년대 후반에는 이라크까지 점령하였다. 19세기 내내 영국은 다당제의 출현과 투표권의 확장을 통해 부분적으로 의회 민주주의의 발달에 중요한 역할을 했다. 과학과 예술의 발달은 18세기에 이루어진 아이작 뉴턴 등의 업적을 계승하거나 부분적으로 더 오래된 문학의 전통에 영향을 받았다. 영국은 탁월한 강대국으로 남았고, 1921년에는 제1차 세계 대전 뒤에 국제 연맹 위임 통치령이 되었던 독일 제국과 오스만 제국의 식민지를 획득하여 최대로 넓어졌다. 전쟁에서 벗어난 뒤에 세계 최초로 거대한 국제 방송망인 BBC가 생겨났다. 영국의 노동 운동은 19세기 후반부터 확장해 왔고, 1924년에 제1차 노동당 내각이 집권하였다. 제2차 세계 대전 때 영국은, 캐나다와 오스트레일리아, 뉴질랜드, 남아프리카 공화국, 인도를 포함한 영국 연방과 연합하여, 그리고 나중에는 연합국과 연합하여 나치 독일과 싸웠다. 전시 지도자 윈스턴 처칠과 그의 후임 클레먼트 애틀리(Clement Attlee)는 3대 강국의 한 축으로 전후 세계를 계획한다. 그러나 제2차 세계 대전으로 영국에 재정적인 타격을 주었다. 경제적으로 비싼 전시 대부금, 미국과 캐나다에서 1945년에 빌려준 대부금이 전후에 미국의 마셜 플랜 원조와 합쳐져서 영국은 복구되기 시작하였다. 1945년에 영국은 세계 최초면서 가장 광범위한 의료 제도를 포함한 복지국가의 출현을 알렸고, 정부 정책의 변화는 영국 연방 도처에 있는 사람들로 하여금 다민족 국가로서의 영국을 만들 수 있게 하였다. 전후 영국의 정치적 역할의 한계가 1956년 수에즈 사태에서 보여졌지만, 영어의 국제적 통용과 1960년대 영국 대중 문화의 해외 전파는 영문학이나 영국 문화가 지속적인 영향을 주고 있음을 의미했다. 1970년대의 국제 경제의 하향세와 산업 쟁의의 시대에 뒤이어 1980년대는 북해 유전의 수익과 경제발전이 있었다. 마거릿 대처 수상의 지도력은 전후 정치적, 경제적 합의의 전환을 이끌었다.[12] 이러한 경향이 1997년 부터 토니 블레어 수상의 지도 아래 계속되었다. 영국은 1973년 이후로 유럽 경제 공동체의 구성원이 되었고, 1992년에는 마스트리흐트 조약에 서명하여 12개국으로 이루어진 유럽 연합의 창립 멤버가 되었다. 오늘날 보수당 내각의 태도는 EU에서의 몇몇권리와 자격반환으로,[13] 노동당은 EU와의 통합으로[14] 그리고 자유민주당은 현재 정책의 지지쪽으로 기우는 경향을 보였으나 현재는 브릭시트 투표로 인하여 탈퇴하였다. -- 2020-01-12 (日) 10:10:21
-じゃあの -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:10:26
-tr -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:10:30
-がんばれ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:10:36
-編成ガチガチに詰めないと運ゲーが加速する -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:10:40
-ハングル書き込みだしたから、●●人でしょ。なぜ「宮澤賢治」なのかは分かりません -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 10:10:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:10:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:00
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:01
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:06
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:07
-すまねぇ、ハングルは読めないし読む気もないんだ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:11:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:08
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:10
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:11
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:11
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:14
-発想が短絡的すぎませんかね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:11:14
-制空拮抗であきらめたガバ編成でも試行回数で殴って勝ってる人もおるから多少はね>V -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:11:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:15
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:15
-適当に転がってるやつを引っ張ってるんでしょ  -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:11:16
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:16
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:18
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:19
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:20
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:23
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:24
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:28
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:30
-野蛮朝鮮人か?荒らしの正体は -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:11:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:31
-猫った_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:11:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:40
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:41
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:46
-それは短絡的だよ、閣下 -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:11:46
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:46
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:51
-ねこです -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:11:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:53
-まぁ、アジアのどれかでしょ>犯人 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:11:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:11:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:01
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:01
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:05
-_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:12:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:06
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:08
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:10
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:11
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:12
-んなー -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:12:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:15
-そうか? -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:12:17
-日本人でもバカなのはいるから -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:12:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:21
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:21
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:23
-まるで日本人ならそんな程度の引くことは絶対しないみたいな言い草どうかと思うよ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:12:23
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:23
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:24
-どこの人でもいいが、いいかげんうっとい。 -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:12:24
-ハングルだからってオトナリノと決めてたら日本人がいちばん悪い事になるから… -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 10:12:24
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:25
-まぁね -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:12:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:28
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:28
-低いか -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:12:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:12:36
-正直、適当に引っ張ってきた文載せてるだけの愉快犯だし -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:12:38
-翻訳してみようか? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:12:45
-いいよ、そんな無駄な労力使わなくて -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:12:55
-猫で躓くと本気でモチベがなくなる_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:12:55
-しないでいいです -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:12:59
-あんまり荒らしに構わないで -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:13:05
-じゃないと非表示に突っ込むわよ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:13:19
-こういう場合って、どこに通報するの? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:13:33
-wikiwiki運営かな? -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 10:13:44
-かな -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:13:48
-チャットだと大本に通報するとかだっけ? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:13:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:06
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:08
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:10
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:11
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:15
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:16
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:16
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:18
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:18
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:19
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:20
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:21
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:23
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:24
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:24
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:25
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-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:28
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:33
-_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:14:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:49
-一発ですっきり -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:14:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:14:52
-この流れなら言える気がする -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:14:57
-快便? -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 10:14:59
-ん? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:15:03
-猫祭り? -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:15:06
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:53
-もう二桁だよ非表示… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:15:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:15:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:00
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:01
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:02
-ほんとだ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:16:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:04
-この流れならおちんちんびろーんとか言っても許される -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:16:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:06
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:08
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:08
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:10
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:11
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:12
-処す?処す? -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:16:12
-非表示29 -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:16:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:15
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:16
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:18
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:19
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:21
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:22
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:23
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:24
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:25
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:28
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:28
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:29
-29って、リアタイ人数より多いんだけど -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:16:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:38
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:39
-ワロチ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:16:39
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:39
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:40
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:41
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:43
-リアルタイムのチェックボックスが動いてしょうがなかったんだが、Endキーおしっぱなしにしたらいけたわ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 10:16:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:16:45
-おちんちん生えた朝霜ちんがおちんちんおっきさせながら顏真っ赤にして全裸で鎮守府徘徊 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:17:11
-してるのをニコニコしながら眺めてる夕雲姉さん -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:17:22
-ください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:17:25
-「最新の1000件を表示しています。」でも、非表示かけたら30件程度しか表示できない -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 10:17:31
-上非表示にしていいかな(笑) -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:17:46
-このアホ毎秒書き込んでる -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:18:05
-最新20件でも20分前程度しかないな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:18:13
-荒らし以上にあたまのおかしいことを書き込んで場を中和していくスタイル -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:18:13
-グラーフといちゃラブするウスイ本ください -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:18:24
-最新20件ってなんだ、1000件だよ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:18:26
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:27
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:29
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:38
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:38
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:39
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:40
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:41
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:46
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:51
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:18:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:00
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:00
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:01
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:04
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:07
-それなんて罰ゲーム>朝霜 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:19:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:10
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:10
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:11
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:15
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:15
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:16
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:17
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:18
-コピペだからおそらく頭無いぞ -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:19:28
-夕雲にいわれて罰ゲームしてる朝霜だと予測 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:19:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:30
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:31
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:32
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:33
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:34
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:35
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:36
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:37
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:38
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:38
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:39
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:40
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:41
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:42
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:43
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:44
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:45
-v -- 2020-01-12 (日) 10:19:45
-おそらくというか確実に頭も脳もなにもない -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:19:45
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:46
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:47
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:48
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:49
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:50
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:52
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:53
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:54
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:55
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:56
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:57
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:58
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:19:59
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:00
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:02
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:03
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:05
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:06
-ポンポンペインなんだけど -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:20:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:07
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:09
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:11
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:12
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:13
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:14
-かびにきに呪われたか? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:20:14
-ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらの匂においでいっぱいでした。 「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか黄金きんと紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で膝ひざの上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。 「さあ、向うの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとり下さい。」  ジョバンニは坊ちゃんといわれたのですこししゃくにさわってだまっていましたがカムパネルラは 「ありがとう、」と云いました。すると青年は自分でとって一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと云いました。  燈台看守はやっと両腕りょううでがあいたのでこんどは自分で一つずつ睡っている姉弟の膝にそっと置きました。 「どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果は。」  青年はつくづく見ながら云いました。 「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束やくそくになって居おります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子たねさえ播まけばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻からもないし十倍も大きくて匂もいいのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわずかのいいかおりになって毛あなからちらけてしまうのです。」  にわかに男の子がぱっちり眼をあいて云いました。 「ああぼくいまお母さんの夢ゆめをみていたよ。お母さんがね立派な戸棚とだなや本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげましょうか云ったら眼がさめちゃった。ああここさっきの汽車のなかだねえ。」 「その苹果りんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。」青年が云いました。 「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやろう。ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」  姉はわらって眼をさましまぶしそうに両手を眼にあててそれから苹果を見ました。男の子はまるでパイを喰たべるようにもうそれを喰べていました、また折角せっかく剥むいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜ぬきのような形になって床ゆかへ落ちるまでの間にはすうっと、灰いろに光って蒸発してしまうのでした。  二人はりんごを大切にポケットにしまいました。  川下の向う岸に青く茂しげった大きな林が見え、その枝えだには熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸しみるように風につれて流れて来るのでした。  青年はぞくっとしてからだをふるうようにしました。  だまってその譜ふを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋ろうのような露つゆが太陽の面を擦かすめて行くように思われました。 「まあ、あの烏からす。」カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。 「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱しかるように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原かわらの青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光びこうを受けているのでした。 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。  向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌さんびかのふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座すわりました。かおる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰たれともなくその歌は歌い出されだんだんはっきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒いっしょにうたい出したのです。  そして青い橄欖かんらんの森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗へらされてずうっとかすかになりました。 「あ孔雀くじゃくが居るよ。」 「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。  ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんのように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげたりとじたりする光の反射を見ました。 「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いいました。 「ええ、三十疋ぴきぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄にわかに何とも云えずかなしい気がして思わず 「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云おうとしたくらいでした。  川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人の寛ゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケストラの指揮者のように烈はげしく振ふりました。すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸てっぽうだまのように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗ききょういろのがらんとした空の下を実に何万という小さな鳥どもが幾組いくくみも幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通って行くのでした。 「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。 「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気きょうきのようにふりうごかしました。するとぴたっと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰つぶれたような音が川下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信号手がまた青い旗をふって叫さけんでいたのです。 「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬ほほをかがやかせながらそらを仰あおぎました。 「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻もどりました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込こめて地図を見ていました。 「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずねました。 「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛くちぶえを吹ふいていました。 (どうして僕ぼくはこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)ジョバンニは熱ほてって痛いあたまを両手で押おさえるようにしてそっちの方を見ました。(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談はなしているし僕はほんとうにつらいなあ。)ジョバンニの眼はまた泪なみだでいっぱいになり天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。  そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖がけの上を通るようになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがってだんだん高くなって行くのでした。そしてちらっと大きなとうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞ほうが赤い毛を吐はいて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見ましたときは美しいそらの野原の地平線のはてまでその大きなとうもろこしの木がほとんどいちめんに植えられてさやさや風にゆらぎその立派なちぢれた葉のさきからはまるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石こんごうせきのように露つゆがいっぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。カムパネルラが「あれとうもろこしだねえ」とジョバンニに云いましたけれどもジョバンニはどうしても気持がなおりませんでしたからただぶっきり棒に野原を見たまま「そうだろう。」と答えました。そのとき汽車はだんだんしずかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。  その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子ふりこは風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。  そしてまったくその振子の音のたえまを遠くの遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律せんりつが糸のように流れて来るのでした。「新世界交響楽こうきょうがくだわ。」姉がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと云いました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高たけたかい青年も誰たれもみんなやさしい夢ゆめを見ているのでした。 -- 2020-01-12 (日) 10:20:15
-トイレいって -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:20:16
-そうだね -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:20:17
-💩 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:20:28
-あーんひらどでないよー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:20:34
-陸軍からのスパイ扱いして神州丸ちゃんを快楽拷問にかけて依存させて自分から求めるようにさせたい -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:20:34
-お大事に つ正露丸>ポンポンペイン -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 10:20:49
-脳がないというかBotだろ -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:20:55
-でてこいよ~ 平戸 何もしないか裸出ておいで~ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:20:55
-ウスイ本早く出して閣下 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:20:56
-平戸を出すコツ>出るまで掘る -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:21:02
-えっ? -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:21:05
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:09
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:11
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:12
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:13
-まず物欲センサーを殺します -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:21:13
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:13
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:14
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:15
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:15
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:16
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:17
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:18
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:18
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:19
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:20
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:20
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:21
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:22
-おちんちんはえた朝霜ちんのおちんちんを好奇心満々でごしごしする清霜 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:21:22
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:22
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:23
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:24
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:24
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:25
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:26
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:27
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:28
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:28
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:29
-そろそろIP BANじゃないですかね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:21:29
-とそれで腰砕けになる朝霜ちん -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:21:30
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:30
-それみたい -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:21:31
-ください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:21:31
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:31
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:32
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:32
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:33
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:34
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:35
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:35
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:36
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:37
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:38
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:38
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:39
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:40
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:41
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:42
-君の平戸はうちの鎮守府でお餅食べてるよ -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 10:21:42
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:43
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:44
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:44
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:45
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:46
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:47
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:48
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:49
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:49
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:50
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:52
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:52
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:53
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:54
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:55
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:55
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:57
-平戸はうちで改になって放置くらってるよ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:21:57
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:58
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:58
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:21:59
-わかった迎えに行くわ 風呂入って待っててくれ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:21:59
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:00
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:02
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:03
-IPころっころ変えてるんやでこれ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:22:03
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:03
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:04
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:05
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:06
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:06
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:07
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:08
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:09
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:10
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:11
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:12
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:13
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:13
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:14
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:15
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:16
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:17
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:18
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:19
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:19
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:20
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:21
-5000兆円欲しい -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:22:21
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:22
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:23
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:23
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:24
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:25
-平戸はSでしか出ないのがきついよね -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:22:27
-IP偽装の可能性はありますね -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 10:22:30
-串通してるだけじゃね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:22:43
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:48
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:49
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:50
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:51
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:52
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:22:54
-食劇のソーマのアリスに搾精されたい -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:23:01
-神州丸ちゃんは縄で縛るのがに愛想yだ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:24:06
-似合いそう -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:24:13
-イタリア艦かな? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:24:13
-なかなか怪文書って思いつかないもんだな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:24:51
-そういえばさ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:25:24
-清霜にごしごしされて人生一番きもちいいびゅーびゅーして腰砕けになった朝霜ちんちんが -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:25:39
-空襲マスって第二艦隊の軽空母の艦載機は関係ないんだっけ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:25:42
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:25:48
-あと20回それしないとおちんちん消えないって言われて絶望するの -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:25:50
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:25:50
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:25:52
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:25:54
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:25:55
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:25:57
-북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다.북대서양과 북해 사이에 위치하며, 브리튼 제도와 아일랜드섬의 북동부에 자리잡은 북아일랜드로 이뤄진 섬나라이다. 서쪽으로 대서양이, 동쪽으로는 북해가 자리 잡고 있으며 남쪽의 도버 해협을 사이에 두고 프랑스와 인접해 있다. 남북으로는 북위 49도에서 52도(세틀랜드 제도은 62도)에 이르며 동서로는 동경 2도에서 서경 8도사이에 놓여 있다. 국토는 그레이트브리튼섬과 아일랜드섬의 1/6을 차지하는 북아일랜드 및 그 주위에 분포되어 있는 몇 개의 속도군(屬島群)과 해외령을 포함한다. 맨섬과 채널 제도는 왕실속령으로서 영국 정부의 국방 및 외교 관할을 받는다. 잉글랜드는 그레이트브리튼섬의 남부 저지대로 면적은 섬 전체의 약 56.7%인 130,410km2이다. 스코틀랜드는 북부 고지대로 78,789km2이며, 서부 고지대인 웨일스는 20,758km2, 북아일랜드는 14,160km2이다. 지형 지형적으로는 동남부의 저지와 북서부의 고지로 크게 나뉜다. 이 둘의 경계는 동부 해안 중앙부의 티스강 하구와 남부 해안의 라임만을 연결하는 선이다. 고지라고 해도 대부분은 고도 1,000m 이하의 낮은 산맥 및 구릉으로서 영국의 최고봉 벤네비스 산도 1,343m에 지나지 않는다. 고지는 지형과 지질이 다른 다음과 같은 지괴(地塊)로 나뉜다. 스코틀랜드 고지와 북아일랜드는 주로 캄브리아계의 가장 오랜 변성암으로 되어 있으며, 스코틀랜드 남부 산지, 캄브리아 산지(호수 지방) 및 웨일스는 주로 고생대 실루리아계의 변성암으로 되어 있다. 페나인 산맥과 스코틀랜드 중앙 지구대는 고생대의 석탄계와 중생대 삼첩계로 이루어져 있으며 여기에 석탄층이 있어 영국의 탄전(炭田)을 형성한다. 웨일스 남부와 데번 코른월 지괴는 고생대 데본계로 되어 있다.한편 저지는 잉글랜드의 대부분을 차지하며 해발 300m 이하의 낮은 구릉과 평야로 되어 있다. 구릉은 백악계와 제3계의 느리게 주름잡힌 새 지층으로 이뤄져 각지에 케스타 지형이 보인다. 영국은 제4기 홍적세에 유럽 대륙에서 뻗친 대륙 빙하에 덮여 있었으므로 산지에는 빙식(氷蝕) 지형이 많으며, 황토에 뒤덮인 황무지와 습지가 많다. 더구나 북쪽의 스코틀랜드 제도에는 피오르드 해안이 발달해 있다. 템스 강(전체길이 350km)을 비롯하여 이 나라의 하천은 모두 짧으며 또 산지도 낮으므로 하천의 충적(沖積)작용은 크지 않다. 그래서 템스강 하구부, 브리스틀 해협, 포스만 등처럼 묻혀 버린 삼각강이 많으며, 해안선은 굴곡이 많고 하천의 경사가 완만하므로 향항과 가항하천(可航河川)의 조건을 갖추고 있다. 기후 중위도 대륙 서해안의 해양성 기후로서 멕시코 만류(灣流)와 편서풍 때문에 위도에 비해서는 따뜻하다(1월의 기온 6∼3 °C). 그러나 겨울에는 간혹 섭씨 영하 10도까지 기온이 떨어지기도 하며 여름에는 섭씨 35도까지 오르기도 한다. 비는 서해안에는 많으나 동해안에는 적다. 또 습기가 많기 때문에 안개가 많으며 런던에서는 스모그가 1년에 90일간 생겨서 ‘안개의 도시’라고도 불린다. 연평균 강수량은 서부와 북부의 산간 지방에서는 1600mm 이상이지만 중부와 동부 지역에서는 800mm 미만이다. 비는 연중 고루 내리는 편이지만 평균적으로 3월부터 6월까지가 비가 가장 적고 9월부터 1월까지가 가장 많은 시기이다. 행정 구역 <nowiki />이 부분의 본문은 영국의 행정 구역입니다. 영국의 행정 구역은 꽤 복잡하다. 우선 잉글랜드, 스코틀랜드, 웨일스, 북아일랜드의 구성 국가들로 나뉜다. 각 구성 국가마다 자체적인 행정 구역 체제가 나뉜다. 잉글랜드의 행정 구역: 잉글랜드는 9개의 지역(region)으로 나뉘어 있다. 각 지역은 다시 48개의 주(county)로 나뉜다. 스코틀랜드의 행정 구역: 스코틀랜드는 32개 주(council area)로 나뉜다. 웨일스의 행정 구역: 웨일스는 22개 주(unitary authority)로 나뉜다. 북아일랜드의 행정 구역: 북아일랜드는 26개 구(district)로 나뉜다. 그 밖에 해외 영토(overseas territory)들과 왕실령(crown dependency)들이 존재하나, 이 지역들은 형식적으로는 영국 영토로 간주되지 않는다. 정치 <nowiki />이 부분의 본문은 영국 정부 및 영국 의회입니다. 근대 의회민주주의의 발상지이며 오래간 모범적인 양당 정치를 구현해온 나라로서 오늘날 민주주의를 발전시킨 나라이다. 정치체제는 입헌군주제로, ‘군주는 군림하되 통치하지 않는다’는 원칙에 의해, 군주의 권한 행사는 내각의 조언에 의하여 행해지고 있다. 성문(成文)화된 헌법은 없으며, 정치의 기본은 전통·관례·약간의 기본법(대헌장, 인권선언, 의회법 등)에 의하여 운영되고 있다. 의회는 상원(The House of Lords)과 하원(The House of Commons)의 양원제로 되어 있고 선거에 의해 선출되며, 상원은 약 1,190명의 의원으로, 하원은 651명의 의원으로 각각 구성되어 있다. 상원은 최근까지 '귀족들을 위한 의회'였으나 1997년 토니 블레어 총리 집권 이후 이탈리아와 같이 직능 대표 단체로 만들기 위해 법적, 제도적 장치들이 계속 생겨나고 있다. 특징으로선 3대 정당제를 들 수 있다. 과거에는 보수당과 자유당이 양당 체제를 이루었으나, 1900년에 노동당이 등장하였고 제1차 세계 대전 이후 자유당의 세력이 줄어들면서 대신 노동당이 크게 성장하여 3당체제가 성립되었다. 현대에는 극우 정당인 영국 국민당, 우익 정당인 영국 독립당 등이 등장했으나 기본적인 3당체제의 틀은 아직 유지되고 있다. 현재 국가원수는 여왕 엘리자베스 2세이다. 한편 영국은 정치학적으로 연방 국가가 아니라 단일 국가이다.[15] 지방자치가 잘 발달되어 스코틀랜드, 웨일즈, 북아일랜드는 독자적인 의회와 행정부를 가지고 있으나, 의회주권의 원칙에 따라 최종적인 주권은 웨스트민스터의 영국 의회가 가지며 각 지방정부들은 헌법적 사항을 단독 결정할 수 없다.[16][17] 주요 정당 2019년 12월의 영국 국회의원(하원) 총선거에서 10석 이상 확보한 정당을 순서대로 정렬했다. 보수당(43.6%, 364석)-지도자: 보리스 존슨. 현재 제1여당, 전통적 중도 우파정당. 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지했다. 현재 브렉시트 협상 중. 노동당(32.2%, 203석)-지도자: 제레미 코빈. 현재 야당(제2당), 전통적 중도 좌파정당. '제3의 길' 최초 발상지. 영국은 의원내각제, 즉 의회가 곧 내각이 되는 형태를 취하고 있다. 선거제도는 소선거구제만 채택하여 각 선거구마다 1명만을 뽑는 'First-past-the-post'방식으로 모든 의원을 선출한다. 법상 최장 5년마다 열리는 선거에서 의석수의 과반 이상을 확보한 당이 집권당이 되며, 이들이 내각(Cabinet)을 구성한다. 야당은 예비 내각(Shadow Cabinet)을 구성하여 집권시 어떤 정책을 실시할 것인가를 국민이 미리 알 수 있어 정치의 안정성과 지속성을 보장하고 있다. 테리사 메이는 총선 패배 이후 여성 영국 총리로써 3년 만에 처음으로 다우닝가 10번지를 떠나게 되었다. 브렉시트 협상의 실패로 인하여 퇴임을 했으며 현재 보리스 존슨이 총리이다. 최근 2019년 영국 총선에서 영국 보수당이 과반 의석을 차지하여 브렉시트를 하게 되었다. 군주제 군주제의 시작 영국의 군주제(君主制)는 적어도 1,100년 전에 시작되었다. 현 여왕 엘리자베스 2세는 829년 잉글랜드를 통일한 에그버트 왕의 직계 후손이다. 군주제의 역할은 수세기를 내려오면서 변화되었다. 초기 군주들은 절대 권력을 행사했지만 이는 의회와 사법부의 발달로 축소되었다. 왕과 의회의 권력 투쟁으로 1689년 제한된 입헌 군주제가 확립되었다. 현대 민주주의 정치 제도의 확립과 함께 19세기 말에는 정치면에서 군주의 능동적 역할이 최소화되었다. 오늘날의 군주로서 현재 왕은 국가 원수의 역할을 한다. -- 2020-01-12 (日) 10:25:58
-関係ないはず -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:26:00
-敵が連合のときのみ -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:26:18
-それでアヘ顔になってる朝霜ちんがほしい -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:26:22
-そんで姉妹全員連れてきて全員がかりで逆レ輪姦されるのください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:26:26
-完全に狂ってるけどそれほしい -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:26:38
-頼みの綱のカウントTがこんなんだからもうだめかもしれない -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:26:45
-ふと思ったんだが -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:26:51
-藤波のさ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:27:04
-俺の力が必要な局面がどこにあるんですかね>おほげ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:27:09
-姉妹の呼び方って ○○ちん じゃん? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:27:16
-浜ちん とか 早ちん とか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:27:30
-つまり玉波は…… -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:27:36
-ないですね… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:27:40
-おいやめろ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:27:43
-こんばんわ -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:27:49
-玉波のたまたましゃぶしゃぶ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:27:51
-こん -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:27:54
-じゃなかったこんにちわ -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:27:58
-こんばんわ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:27:58
-こんちわ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:28:01
-こんこん -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:28:02
-こんにちわ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:28:03
-多摩パンチにゃ -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:28:08
-今、zawaの方でも大規模な荒らしが発生しています -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:28:19
-この荒らしを止める方法ですが -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:28:40
-皆さんで服を脱いで「おちんちん」と3回叫んでください -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:29:06
-草 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:29:12
-そうすれば荒らしは帰ります -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:29:13
-草 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:29:15
-おちーんちんおちーんちん -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:29:19
-来たとたん荒らされてた(おはちっぱい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:29:25
-ちわ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:29:30
-おはらぱん -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:29:32
-こんちは -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:29:38
-おは -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:29:46
-びっくりするほどユートピア! -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:29:49
-荒らしがしつこい時には「おまんこ~(気さくな挨拶)」も効果的です -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:29:49
-びっくりするほどユートピア! -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:29:50
-びっくりするほどユートピア! -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:29:52
-こわれてる・・・ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:29:56
-これで良いか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:29:58
-方向性変えてくる荒らし君 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:30:00
-どうぞお試しください -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:30:01
-こわれておる・・・・ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:30:04
-じゃあね(非表示) -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:30:09
-ではお邪魔しました -- 管理掲示板住民◆ddbc8ca3 2020-01-12 (日) 10:30:09
-さて -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:30:20
-非表示が増えた -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:30:27
-方向性が面白かった。4点 -- 生 2020-01-12 (日) 10:30:27
-Vに到着 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:30:27
-がんばれ山城てー -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:30:45
-霧島が小破でフレが中破か -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:30:45
-めっちゃモンハンしてたwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:30:51
-Zawaに荒らしいるのか誰か見てきて -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:30:57
-そこから先は運ゲーだから -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:30:58
-Zawaってどこ? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:31:18
-ハーレムいつの間に -- 旗風嫁閣下@第三帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:31:21
-zawazawaってどのzawazawaっすかね..... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:31:30
-どこだろうね() -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:31:39
-今来たでち<閣下 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:31:43
-複数あるんですが -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:31:51
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:31:52
-腹パン -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:31:52
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:31:53
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:31:55
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:31:56
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:31:56
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:31:57
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:31:58
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:31:59
-とりあえず管理板云々を名乗るやつは全員非表示でいいや -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:32:00
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:08
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:10
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:11
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:12
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:14
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:14
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:16
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:18
-Σ(゚д゚lll)ブホオ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:32:23
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:23
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:24
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:25
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:26
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:27
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:28
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:29
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:29
-よくわからなかった -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:32:30
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:30
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:31
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:32
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:33
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:33
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:34
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:35
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:36
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:37
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:37
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:38
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:39
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:40
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:41
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:41
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:42
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:43
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:44
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:44
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:45
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:46
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:47
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:48
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:48
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:49
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:50
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:51
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:52
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:52
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:53
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:54
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:55
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:55
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:56
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:57
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:58
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:32:59
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:01
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:02
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:03
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:04
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:05
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:05
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:06
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:07
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:07
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:08
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:09
-ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘おかの草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱ほてり頬ほほにはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴つづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま夢ゆめであるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊ことにけむったようになってその右には蠍座さそりざの赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松まつの林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵さくをまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽たるを二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。 「何のご用ですか。」 「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」 「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶ぎゅうにゅうびんをもって来てジョバンニに渡わたしながらまた云いました。 「ほんとうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね……」その人はわらいました。 「そうですか。ではいただいて行きます。」 「ええ、どうも済みませんでした。」 「いいえ。」  ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むようにもって牧場の柵を出ました。  そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはずれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかかった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立っていました。  ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談はなしているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。  ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いました。そしていきなり近くの人たちへ 「何かあったんですか。」と叫ぶようにききました。 「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云いますとその人たちは一斉いっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査じゅんさも出ていました。  ジョバンニは橋の袂たもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。  その河原の水際みずぎわに沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜からすうりのあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。  河原のいちばん下流の方へ州すのようになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立っていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。 「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」 「どうして、いつ。」 「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押おしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」 「みんな探してるんだろう。」 「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」  ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖とがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。  みんなもじっと河を見ていました。誰たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。  下流の方は川はば一ぱい銀河が巨おおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。  ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。  けれどもみんなはまだ、どこかの波の間から、 「ぼくずいぶん泳いだぞ。」と云いながらカムパネルラが出て来るか或あるいはカムパネルラがどこかの人の知らない洲にでも着いて立っていて誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄にわかにカムパネルラのお父さんがきっぱり云いました。 「もう駄目だめです。落ちてから四十五分たちましたから。」  ジョバンニは思わずかけよって博士の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っていますぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのですと云おうとしましたがもうのどがつまって何とも云えませんでした。すると博士はジョバンニが挨拶あいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが 「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ていねいに云いました。  ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅かたく時計を握にぎったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日おととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅おくれたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。 -- 2020-01-12 (日) 10:33:09
-一般Tー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:33:10
-ん -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:33:21
-俺のことかとおもった -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:33:31
-さっきでゾラまで進んだぞー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:33:34
-早いな -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:33:51
-非表示にぶっこんだら管理人まで消えて草 -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:34:11
-寒すぎてサミュエルBロバーツになった -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:34:13
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:31
-つまりノーパン? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:34:32
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:32
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:34
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:34
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:35
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:36
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:37
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:37
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:38
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:39
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:40
-うふふ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:34:40
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:40
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:41
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:42
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:43
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:44
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:45
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:45
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:46
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:47
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:47
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:48
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:49
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:50
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:50
-おちんちん生えて姉に助けを求めた清霜ちゃんが -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:34:51
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:51
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:52
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:53
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:54
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:34:55
-目を輝かせた夕雲姉さんにむちゃくちゃされてトロ顔ダブルピースキメるのください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:35:08
-カウントてーそろそろやめて -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:35:08
-「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊つるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指さしながら、みんなに問といをかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを見附みつけたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは勢いきおいよく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。」  やっぱり星だとジョバンニは思いましたがこんどもすぐに答えることができませんでした。  先生はしばらく困ったようすでしたが、眼めをカムパネルラの方へ向けて、 「ではカムパネルラさん。」と名指しました。するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。  先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指さしました。 「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」  ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙なみだがいっぱいになりました。そうだ僕ぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいから巨おおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁ページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈はずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。  先生はまた云いました。 「ですからもしもこの天あまの川がわがほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利じゃりの粒つぶにもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油しゆの球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮うかんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲すんでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい。」  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面の凸とつレンズを指しました。 「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄うすいのでわずかの光る粒即すなわち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」  そして教室中はしばらく机つくえの蓋ふたをあけたりしめたり本を重ねたりする音がいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:35:13
-はい('ω') -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:35:22
-最悪雑談チャが消される -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:35:24
-ししょーがまた変態ムーブメントに入ってる -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:35:24
-は -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:35:32
-はい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:35:34
-カウントTは変態発言自重して -- 旗風嫁閣下@第三帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:35:39
-昼で中破空母のみ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:35:43
-山城てーはめげずにがんばって -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:35:44
-夜戦とちゅにゅう -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:35:49
-ハーレムはアウシュヴィッツ送り -- 旗風嫁閣下@第三帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:35:52
-突入 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:35:52
-(゚∀゚)ノノアイエエエ!!!! -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:35:56
-プレイステーションプラス使うとオンラインが可能になるぞ>ハーレム提督 -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:35:58
-瑞鳳の夜戦FBA -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:36:03
-11ダメージ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:36:06
-並の嵐よりあたまのおかしいことをつぶやいて場を中和していくスタイル -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:36:12
-とちゅにゅうかわいい -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:36:13
-金剛の連撃 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:36:16
-なぜかアウシュビッツ送りにされた -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:36:18
-はい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:36:21
-なぜだ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:36:26
-VマスS勝利完了 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:36:28
-おめ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:36:34
-Vおつー -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:36:37
-文句言うなら東部戦線送りだ! -- 旗風嫁閣下@第三帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:36:38
-とりあえず理由を聞きたい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:36:50
-それかアインザッツグルッペンDに編入な -- 旗風嫁閣下@第三帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:36:52
-東部戦線異状ナシ! -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:36:58
-なんだVマス2回で行けたじゃん楽勝楽勝はっはっは_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:37:02
-ご安全に! -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:37:04
-そんなもんなんとなくに決まってるだろ! -- 旗風嫁閣下@第三帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:37:07
-あとは -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:37:12
-草 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:37:12
-Qか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:37:16
-↑は成り済まし -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:37:30
-2回って甲か -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:37:34
-マジかよ山城T最低だな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:37:41
-皆分かってると思うけど念のため -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:37:47
-山城てーそれ俺半日かかったんだけど -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:37:50
-まじかよ山城提督最低だな -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:37:50
-偽物 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:37:55
-山城提督は偽物じゃったか.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:38:06
-またこの流れとか受けるんですけど -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:38:10
-私だ -- 山城提督(偽)◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:38:19
-はげは黙っとけ -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:38:21
-私だ(偽) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:38:29
-偽物しかいない?! -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:38:31
-お前だったのか -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:38:32
-暇を持て余した -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:38:40
-お前ら調子に乗ってると嫁艦の陰毛全部抜くぞ -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:38:44
-神々の -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:38:47
-遊び -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:38:50
-私だ(偽) -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:38:56
-もうええから -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:39:02
-ところで -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:39:10
-息臭いねん艦豚共 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:39:16
-はい -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:39:27
-夕張改二実装で14改を作成と改修が出来るようになったら -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:39:29
-非表示が二桁に -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:39:33
-さっさと首吊って氏ねや -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:39:36
-非表示が20こえてて草 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:39:40
-夕張を死ぬ気でレベリングせねばならなくなるんだが -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:39:42
-がんばって? -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:39:48
-夕張のレベリングってやっぱ5-3P? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:39:56
-14改そこまで必死でいる?(真顔) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:39:59
-今ならE3があるじゃん -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:40:05
-黙れ偽物 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:40:09
-実質日進・夕張専用やん('ω') -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:40:10
-14改そこまで必死にいらない -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:40:17
-日進の命中マイナス打ち消せるかな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:40:21
-仮にできるようになったとしてもそこまで必死で作るものでもないやろ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:40:28
-お、カウントちゃんのなりすましが全く成り済ませてないの面白い -- 生 2020-01-12 (日) 10:40:29
-日進に14改★MAX2本載せたいやん? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:40:32
-ノマ14からつくって -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:40:37
-14改積むと日進が明らかに命中悪くなるし -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:40:41
-ちょっと気になるけど非表示外すのだるいな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:40:44
-カウントてーは雑の中心人物の一人だからな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:40:46
-ここの住民に成りすますのって結構難しいのでは🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:40:48
-偽者が出るのも仕方ない -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:40:53
-濃すぎる -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:40:58
-馬鹿じゃねーの -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:40:58
-陰毛が? -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:41:06
-濃いのが出ると聞いて -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:41:15
-偽者一発で判明して笑う -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:41:19
-わたす特徴ないからすぐなりすましされちゃう -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:41:29
-まず口調からして違うし残当 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:41:29
-ふぅ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:41:30
-はげは黙っとけ -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:41:37
-腹パン -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:41:49
-俺も偽者出られたらなりすまされるな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:41:50
-Σ(゚д゚lll)ブホオ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:41:55
-ワイも特徴無いしなー -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:42:00
-特徴が無いのが特徴です! -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:42:11
-お、おう -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:42:17
-お前みたいなItaly以下のガイジに成り済ます奴はおらん -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:42:18
-ところでさ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:42:22
-山城てーは特徴しかない -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:42:34
-プレイステーションプラス使うとオンラインが可能になるぞ>ハーレム提督 再掲載 -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:42:41
-こんだけアホな発言してても裏で駆逐のキラ付け8人やってるワイ氏マジガチ勢 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:42:43
-Qマスに行くのってVの編成の伊勢を誰か正規空母にすれば良いのか? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:42:47
-ggrks -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:42:54
-今ゆうばりんが入渠中だし -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:42:58
-Qはなんかクッソ重くしたらいい -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:43:05
-せやな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:43:09
-意味わからんくらい重い編成にしたらいく(適当) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:43:11
-誰にも相手されないのに永遠に書き込んでる気分ってどうなんだろうなあ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:43:16
-おk -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:43:18
-とりあえず偽ししょーをひひょーじっと -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:43:25
-カウントTのなりすましは草 -- 旗風嫁閣下@第三帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:43:27
-Qは空母マシマシで突っ込んだ気がする -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:43:33
-お前ら気付いてないだけで俺は雑茶のコテハンやぞwww -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:43:35
-おい閣下HREどこいってん -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:43:45
-大量に書き込まれるとログ漁りが面倒だから困る( -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:43:53
-絶対ばれないけどうぇいいいい -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:43:54
-第2帝国が第3帝国になってるやんけ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:43:57
-もう第三帝国に戻ったんだ… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:44:00
-じゃあこっちで -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:44:07
-どっちなんだよ!w -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:44:15
-今非表示が12 -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:44:20
-こっちは14 -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:44:36
-なにこれ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:44:39
-こっちは21 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:44:40
-36 -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:44:43
-最多22だったなあw -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:44:45
-この非表示どこまでいくんだろうね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:44:57
-3桁行きそう -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:45:07
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:08
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:10
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:12
-99じゃない? -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:45:12
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:13
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:15
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:17
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:19
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:21
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:22
-諦めて笑う -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:45:23
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:24
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:25
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:27
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:28
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:30
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:32
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:34
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:35
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:37
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:38
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:40
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:42
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:43
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:44
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:47
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:49
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:50
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:52
-のっとりあきらめてて草 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:45:52
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:53
-成り済ますならせめてトリップも同じにしないと -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:45:54
-会話を諦めてるの笑う -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:45:55
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:56
-飽きたんだなって -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:45:56
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:57
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- カウント@平常運転◆164118e0 2020-01-12 (日) 10:45:59
-酉がわからないからこうしてるんじゃろ、察してあげな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:46:17
-察して漏らさず。 -- 生 2020-01-12 (日) 10:46:34
-かまってほしいんだな -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:46:35
-対空砲火の耐性がある艦爆って江草以外だと何があったっけ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:46:40
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:46:41
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:46:44
-これとか「 -- ◆2a1996f4 2020-01-12 (日) 10:46:46
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:46:46
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:46:48
-岩井 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:46:48
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:46:50
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:46:52
-ひるめしどうすっかな -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:46:52
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:46:54
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:46:57
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-KMX熟練って耐性あったっけ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:46:59
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-NO -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:47:03
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-無いのかぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:47:07
-ネームドだけじゃね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:47:07
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-対地攻撃できるやつ -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:47:12
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-ネームドだけやね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:47:13
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-名前付いてるやつだけあるって覚えて -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:47:16
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-ネームド艦爆ください -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:47:18
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-体制があるのはネームドのみ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:47:21
-「熟練」はない -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:47:22
-KMXはネームドじゃないのか -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:47:26
-そっかぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:47:27
-名前付いてるやつだけ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:47:30
-EXAつかったげて -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:47:42
-KMXはくっついてる装備の名前だし -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:47:43
-名前っていうか個人の苗字ついてるやつが耐性アリ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:47:46
-うんたら熟練はない -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:47:52
-Ju87C(ルーデル)とか実装されませんかね? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:47:56
-例外的に瑞雲とジェットはアリ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:47:58
-https://wikiwiki.jp/kancolle/対空砲火#avoid_AAfire -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:48:14
-ここに一覧あった -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:48:26
-ししょー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:48:33
-(腹パンの構え) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:48:41
-荒潮任務やります -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:48:49
-やってきて(構え解除) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:49:00
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:05
-ドゴォ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:49:05
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:05
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:06
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:07
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:07
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:08
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:09
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:09
-Σ(゚д゚lll)ブホオ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:49:10
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:10
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:11
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:12
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:13
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:14
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:15
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:15
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:16
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:17
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:17
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:18
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:19
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:19
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:20
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:21
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:22
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:23
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:24
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:24
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:25
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:26
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:27
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:28
-ちゃっちゃとやっちゃえ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:49:28
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:28
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:29
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:30
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:31
-JU87シュトゥーカG型改二(ルーデル大佐機) -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:49:31
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:32
-荒らしってほんま暇やねんなあ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:49:32
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:33
-荒潮任務は楽だぞ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:49:33
-バカなそれは搾乳した人物にしか与えられないご褒美のはずでは>ドゴォ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:49:33
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:33
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:34
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:35
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:35
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:36
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:37
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:37
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:38
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:39
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:39
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:40
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:41
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:41
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:42
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:42
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:43
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:44
-草 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:49:44
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:44
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:45
-六三四空の三号爆弾も対空回避あるじゃん -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:49:46
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:46
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:46
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:47
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:48
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:48
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:49
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:50
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:50
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:51
-Aで済むから楽 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:49:52
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:52
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:53
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:53
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:54
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:55
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:55
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:56
-もうめんどくさいから艦載機にスロットつけて搭乗者変えられるようにして -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:49:56
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:57
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:57
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:58
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:58
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:49:59
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:00
-マ? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:50:00
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:00
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:01
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:02
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:03
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:04
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:04
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:05
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:05
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:06
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:07
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:07
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:08
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:09
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:09
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:10
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:11
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:12
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:13
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:13
-なんであれにあるんだ(混乱) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:50:14
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:14
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:15
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:16
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:16
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:17
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:18
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:18
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:19
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:20
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:20
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:21
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:22
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:23
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:23
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:24
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:25
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:25
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:26
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:27
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:27
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:28
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:29
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:29
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:30
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:30
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:31
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:32
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:32
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:33
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:34
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:34
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:35
-ログがすっごいすっきりしてるーwwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:50:36
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:36
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:36
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:37
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:38
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:38
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:39
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:40
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:40
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:41
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:42
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:43
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:43
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:44
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:44
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:45
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:46
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:46
-v -- 2020-01-12 (日) 10:50:47
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:48
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:49
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:49
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:50
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:51
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:51
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:52
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:52
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:53
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:54
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:54
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:55
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:56
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:56
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:57
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:58
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:58
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:50:59
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:00
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:00
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:01
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:02
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:03
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:04
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:04
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:05
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:06
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:07
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:07
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:08
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:08
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:09
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:10
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:11
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:11
-ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。 「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」 「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」 「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」 「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」 「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」 「来なかったろうかねえ。」 「ぼく行ってとって来よう。」 「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」 「ではぼくたべよう。」  ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。 「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」 「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」 「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」 「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」 「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕 「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」 「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」 「おまえに悪口を云うの。」 「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」 「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」 「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」 「そうかねえ。」 「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」 「早いからねえ。」 「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」 「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」 「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」 「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」 「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」 「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」 「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」 「ああ、どうか。もう涼しいからね」  ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはいて 「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。 -- 2020-01-12 (日) 10:51:12
-昼めしをキャンセルして進めるか -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:51:18
-前に運営ツィッターで書いてなかったっけ?三号爆弾とかは -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:51:24
-やばヲ改や -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:51:38
-ネームドほどじゃないけど三号爆弾にも対空回避があるぬ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:51:58
-はーれむよ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:51:58
-朝潮中破ー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:52:02
-中破は無傷 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:52:10
-e6-2と比べてどっちがやばい? -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:52:11
-E-6-2よりも5-5の方がヤバイじゃろ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:52:31
-ネ改の方がいやかなー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:52:31
-そういうことだ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:52:38
-ひらd- -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:52:43
-ひらど -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:52:46
-平戸 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:52:48
-つまりヲ改ごときやばくない -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:52:51
-おいでぇ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:52:53
-おいでよー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:52:58
-おいでよ横ちんの森 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:53:12
-平戸「行きたくねぇ」 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:53:22
-平戸「こわい」 -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:53:24
-げへへ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:53:29
-うん…wiki壊れてる? -- 2020-01-12 (日) 10:53:41
-中破にするか枯らすかすれば黙るだけヲ改の方が有情と<球磨T -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:53:41
-だいたいあってる -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:53:52
-イベントチャットが見れない -- 2020-01-12 (日) 10:54:00
-誰か横ちんどうにかしてよ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:54:01
-イベントチャットに書き込んでも大丈夫ですか? -- 2020-01-12 (日) 10:54:13
-ベルゲンベルゼン送り -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:54:15
-ほんとだよ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:54:16
-どうにかしろ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:54:20
-向こうに行ったの笑う -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:54:22
-ネ改はどうしようもないからなぁ -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:54:27
-1000件表示にしたらたぶんでるよ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:54:42
-ネ改の命中30はホントになぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:54:45
-俺はネ級改だった? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:54:50
-バカはイベチャにいったのか -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:55:00
-あ、出ました -- 2020-01-12 (日) 10:55:05
-お。あきたっぽい? -- 生 2020-01-12 (日) 10:55:14
-あ、ガバった -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:55:14
-おま環のせいでご迷惑おかけしました -- 2020-01-12 (日) 10:55:19
-腹パン -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:55:22
-索敵逸れー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:55:26
-ここは諦めたか -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:55:26
-Σ(゚д゚lll)ブホオ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:55:28
-えっ おれ? 俺はまだいるよぉ? あははははー( ´∀` ) -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:55:33
-おま環じゃなくて荒らしやで -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:55:33
-ガバ過ぎなので腹パンパン -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:55:36
-Σ(゚д゚lll)ブホオ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 10:55:42
-そして前回のパターン的にまた戻ってくるぞ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:55:49
-索敵逸れw -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:55:49
-わかった白露には,10円玉がいっぱい入ったお年玉を挙げるね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:56:16
-Bにもいってたみたいだな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:56:22
-1000件表示にしてもなにもでなかった -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:56:31
-いやらしい>腹パンパン -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:56:35
-わあ… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:56:36
-あそこ荒らして楽しいのかなあ… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:56:47
-10円玉鈍器渡して殴ってもらうの? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:56:55
-1人で1000件埋めるなんて、バカな暇人としかおもわないな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:56:59
-ロイテル二隻目でるらしい(いらんけど -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 10:57:31
-ハーレム、ぜかましコピれば大丈夫だよ(二期編成なら -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:57:37
-思考せよ -- 2020-01-12 (日) 10:58:00
-東海が仕事しなくてつらい -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:58:09
-きっと童貞だぜ そうだ!!  犯人は童貞で彼女がいない!! こんな特徴を持つ奴に違いない!!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:58:15
-当たり前のようにコピれを推奨すると中の人のガバが消えないからNG -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:58:18
-ピッ -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 10:58:29
-そうか -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:58:30
-まんねんちわ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:58:37
-自分で考えて計算してガバを消させるべきなのだ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:58:40
-横ちんはスティ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:58:40
-それでもガバる奴は( ^ω^)・・・ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:58:47
-万年のにせものかな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:58:51
-ぜかましの装備なんて揃えられないです -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 10:58:57
-いや、酉が本物 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:58:58
-やっとバケツ100まで回復した.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 10:59:00
-このまんねんは偽物だ吊るせ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:59:00
-なんか鳴き声しか出さないししまっちゃおうか -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:59:08
-偽のまんぬんは5-5に放り込め! -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:59:15
-ンピィッ?!?! -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 10:59:24
-偽物万年はベルリンの街頭に吊し上げ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:59:24
-🐺わんわん -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 10:59:27
-吊り屋まんねん堂 -- 生 2020-01-12 (日) 10:59:27
-本物のまんぬんも5-5に叩き込もうぜ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 10:59:28
-万年提督に6-5 -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 10:59:35
-本物のまんぬんはE-4掘りだ! -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 10:59:39
-おら、唐辛子食え -- <(´°ω。`)\ ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 10:59:42
-ウェストファリハ条約で解体よ~~>神聖ローマ -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 10:59:46
-E3堀じゃなかったっけ… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 10:59:50
-ぶちころすぞ>ぬんぬん -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 10:59:55
-ンピィッ!辛いっ! -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 10:59:55
-「私は敗北主義者です」 このプレートを持ってね<万年 -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 10:59:59
-まんぬんヒューストン出たの? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:00:03
-いあ!いあ!オーストリア帝国に栄光あれ! -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:00:13
-でてない....:( ;´꒳`;): -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:00:19
-いあ...? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:00:21
-おらまんねん提督の死亡宣告書を喰らいやがれ(ボコー) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:00:21
-ほらね -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:00:26
-ンピィー! -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:00:28
-まんぬん -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:00:29
-よーし待っていただこう -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:00:31
-あれ攻略中に出してませんでしたけ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:00:32
-つべこべ言わずにヒューストン掘ってきて -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:00:39
-だれが....? -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:00:39
-あい -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:00:43
-ウェストファリア条約で死亡宣告したのはHREではあるが -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:00:44
-この万年提督こわれてる -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:00:44
-ちなみに -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:00:53
-オーストリア帝国はナポレオンに負けてからできたものであって -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:00:57
-ワイは攻略中にヒューストン出した -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:01:03
-時期系列がくるってんな? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:01:06
-俺も攻略中にヒューストンでたな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:01:13
-神聖ローマ帝国=オーストリアと思ってる…? -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 11:01:21
-まんぬんちゃん欧州史は実は結構適当か? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:01:22
-平戸と秋霜以外出てない -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:01:26
-そりゃもう大乱闘ヒストリカルブラザーズ並みに>時系列狂ってんな? -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:01:27
-出・ロイテルも攻略中に出た -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:01:28
-私は削り1回で出した(すとん -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:01:34
-俺は攻略中に 秋霜 デロちゃんでた -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:01:35
-秋霜と平戸は出てない -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:01:48
-ワイも攻略中にヒューストン出た -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:01:50
-ナポレオンは海で獲れる? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:01:57
-ヒューストンは突破報酬では? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:02:00
-平戸は.....うん....ドロップすらなかった -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:02:04
-まんねん君文系なのになんで歴史ガバいの -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:02:07
-平戸が出ない  Houstonまだやってない -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:02:09
-ガシャンマスだからってコモンすら0ってどうなの -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:02:29
-ロイテル1回、平戸5回、秋霜攻略中 -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:02:34
-ストーブつけようかな… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:03:11
-そこにこたつが -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:03:31
-ところでさ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:03:37
-平戸!! やらせろ(君が必要なんだ)!! 絵ロリ可愛すぎてマジ捕まえたい(君を助けないとイベントが終わらないんだ)!!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:03:43
-草 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:03:52
-逆ゥ! -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:03:54
-ナポレオンはロシアに引き込んでボッコボコよー -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:03:54
-申し訳ないが海防艦とやるのはNG -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:03:56
-横年提督スティ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:03:57
-E-6-2ラスダンもボス第二陣形でタッチを狙ったほうが良いのかね? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:04:03
-掘りに関しては早く出るより、沢山かかるはうが強者の印象 -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:04:08
-じゃけん対仏大同盟くみましょうねぇ~ -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:04:20
-ハッ! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:04:37
-通報した -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:04:48
-俺は今まで何を!!( ゚Д゚) -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:04:49
-心身喪失状態につき無罪 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:05:07
-アウシュヴィッツ送り↑ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 11:05:10
-O -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:05:13
-おれはしょうきをすてた -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:05:17
-_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:05:40
-さてと -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:05:43
-横ちん提督が治ったぽい? -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:05:44
-伏せろ!!!!_(┐「ε:)_ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:05:46
-ラスダンボスタッチして -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:05:48
-そろそろ綾波が風呂から上がるし脱衣所まで迎えに行かねば -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:06:10
-よし -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:06:23
-逮捕 -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:06:24
-そしてQマスギミックじゃ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:06:25
-ポーランドで始める同世界転生! -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:06:38
-あーん☺ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:06:40
-なんか誤逮捕されたwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:06:46
-e-6-1は補給?水上? -- 2020-01-12 (日) 11:06:50
-....勝てる筋が無いな....?(確信) -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:06:51
-水上でゴリラゴリラゴリラ輸送 -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 11:07:03
-3000年前くらいなら....? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:07:08
-ダンツィヒか戦争か!ポーランドが決めるのだ! -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 11:07:10
-誤認逮捕でも問題ない(今までの実績が -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:07:13
-🦍イイゾ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:07:21
-…… -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:07:22
-冤罪だ! -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:07:33
-いつの間にか燃料と弾薬が自然回復域に突入してて震える -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:07:38
-輸送でやったけど、司令部施設必須よ -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:07:40
-くそぅ、キャプチャーソフトの調子が悪いな -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:07:46
-丙でも? -- 2020-01-12 (日) 11:08:03
-水上なら乙だと司令部いらんかった。甲は知らない -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:08:41
-てか水上で司令部入れる空きある....? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:09:02
-甲でも司令部は使わなかった -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:09:07
-重巡旗艦にして乗せればいいだろ>水上連合で司令部 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:09:17
-ワイそもそも司令部使わないけど -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:09:18
-甲じゃないのか…夜戦マスで道中支援がさぼるんよ… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:09:19
-鯖飛んだ?>wiki -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:09:19
-鯖とんだとは -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:09:31
-E6で司令部つかわなかった -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:09:41
-エラーはいた -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:09:41
-🐟= -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:09:44
-どこが -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:09:51
-ここ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:09:58
-ここ? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:10:02
-おま環じゃね? -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:10:07
-普通に入れたぞ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:10:11
-おま環だろこれ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:10:15
-画面が切り替わって焦った -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:10:29
-実況チャットは平和なんやな… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:10:56
-かねぇ>おま環 -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:11:02
-ぬーめぬめぬーめぬめ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:11:08
-実況チャットに誰か居るん? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:11:28
-ヌルリーン -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:11:33
-誰もいませんよ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:11:41
-カウント提督は壊れているし -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:11:48
-飯屋入ったらメガネ曇って券売機見えねぇ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:11:52
-平和 = 争う人がそもそもいない  -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:11:59
-真面目な話題振ったら真面目になるよ(エロMMD動画漁りながら) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:12:10
-あ゛ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:12:15
-逸れた -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:12:17
-_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:12:18
-南無 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:12:26
-何かを間違えたらしい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:12:29
-逸れた? -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:12:30
-あ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:12:39
-エロいとはいったい何か・・・ -- 生 2020-01-12 (日) 11:12:41
-天龍の改造レベルって84だっけ? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:12:50
-索敵?電探とか? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:12:51
-第二に瑞鳳を入れっぱなしにして空母が4になってら -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:12:53
-84だった気がする -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:12:57
-真面目な話題....何かあるかな..... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:13:01
-84やで -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 11:13:02
-ってことはこれ・・・ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:13:04
-天龍ちゃん覚えてないけど84くらい? -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:13:06
-うちの天龍ちゃん改二になってから1回も出撃してないな?(ふと気づいた) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:13:15
-E5ボス付けないんですけど… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:13:23
-可愛そうに・・・ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:13:33
-トビカガチ装備かわいい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:13:33
-天龍?Lv20前後で放置してある -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:13:35
-A勝利堀と割り切って司令部強行突破・・・ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:13:45
-(うちも出撃していない) -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:13:46
-やましーてーは正規空母ガン積みすればQいけるんじゃね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:13:47
-任務無かったっけ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:14:00
-防衛隊装備ってアプデで店売りされた装備なのね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:14:05
-1-6かなんかであったね<天龍任務 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:14:17
-全然出撃捗らねえな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:14:19
-あー天龍名指しの任務あったか -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:14:20
-天龍ちゃん改二にしてから出番なし -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:14:21
-レ豚ー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:14:35
-任務以外で出撃も遠征もしてないわ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:14:36
-改のころから出番少ないけどね -- 生 2020-01-12 (日) 11:14:39
-神州丸ちゃんと間宮でご飯食べてきます -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 11:14:46
-はいよー? -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:15:05
-なお龍田改二は97(三代目遠征番長) -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:15:06
-遠征は鬼怒が分裂するんやろ…知ってる… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:15:09
-ゾラまで進んだよー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:15:12
-食事登板旗風らしいけど、生きて帰ってくるかしら? -- 生 2020-01-12 (日) 11:15:15
-ええやん -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:15:19
-ちょっと操作慣れたww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:15:36
-ピッチャー旗風 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:15:36
-ちわー -- 2020-01-12 (日) 11:15:46
-荒し消えた? -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 11:16:11
-イベ茶で日振を犯したいみたいなこと言ったらめっさ怒られたんだけど、wiki全体的にアウトな感じ? -- 2020-01-12 (日) 11:16:16
-閣下の昼飯に謎の薬が...? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:16:18
-クッソでかいわねwwゾラ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:16:20
-そりゃダメでしょ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:16:28
-イベ茶そういうところある -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:16:29
-それアウトです -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 11:16:32
-生殿は延々キラ付けかこれ(暇なので生放送覗いてみた) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:16:34
-最近アウトになったよ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:16:37
-書いてないからと言ってセーフな訳ではないぞ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:16:45
-こっちもアウトなの? -- 2020-01-12 (日) 11:16:47
-でかいよ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:16:52
-犯したいがアウトらしいよ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:16:55
-寝てる間に荒らし来てたのか・・ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 11:17:07
-ゴジラか、ってくらいね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:17:09
-チャットが消されてもいいなら -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:17:13
-はぇー注意書き消えたから許しが出たのかと勘違いしてた -- 2020-01-12 (日) 11:17:19
-てかゴジラじゃないの?(錯乱 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:17:22
-世知辛くなったねぇ -- 2020-01-12 (日) 11:17:27
-無限キラ付け放送というリソースの無駄遣い -- 生 2020-01-12 (日) 11:17:27
-まあほどほどにしとけってことですね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:17:29
-常識的に考えてありえないだろ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:17:32
-トラフィックの無駄に貢献! -- 生 2020-01-12 (日) 11:17:42
-イベチャはなぜか廃止論とか時々出るよね -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:17:44
-まぁチャット消されると困るので以後気を付けますね -- 2020-01-12 (日) 11:17:54
-発言が過激なの多いし>イベチャ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:18:06
-雑談チャット閉鎖論も良くかきこまれる印象 -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 11:18:11
-明日はE3レベリング放送かも? -- 生 2020-01-12 (日) 11:18:21
-雑談も節度を越えた話がわりとでるから -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:18:25
-イベ茶こわ・・・ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:18:26
-イベチャはチャットで一番節度あると思ってるから消えられると困るなあ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 11:18:40
-神風ぇぇぇぇ.....(7-1水雷で大破 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:18:48
-一番節度あるのBだとおもう -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:18:54
-一番平和なのは実況チャット() -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:19:11
-よしS -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:19:13
-そもそも住民が少ない上に大人多いし -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:19:15
-Bは最早過疎地でしょ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:19:16
-おめS -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:19:19
-おめS -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:19:23
-でもぶっちゃけ機能してないルールってルールの意味をなしてないよな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:19:44
-Sおめ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:19:53
-最近みなくなったけど、Bで○ねって言って騒ぎあったこともあるけどね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:19:56
-守らないやつが問題なのよ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:19:57
-実況チャットは確かに平和だなw -- 2020-01-12 (日) 11:20:08
-あぶすみ提督が居る時に編成相談をするぐらいしか行く理由が無くなったなBは -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:20:17
-あー、2回だったか荒潮任務 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:20:31
-×守らない ◯守る気がない -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 11:20:31
-リアルタイム0人なので平和には違いない() -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:20:34
-今継続的に編成相談きてるけど -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:20:36
-Bチャットって今過疎ってるの? -- 2020-01-12 (日) 11:20:39
-さっきみたらログ1000件なかった -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:20:50
-そういや今回はイベ茶で誘導見てないかも -- 2020-01-12 (日) 11:20:53
-WIKIWIKIの規約を運用するはずのWIKIWIKIがそもそもろくに運用してないしなあって少し思った -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:20:56
-今のBの入り口、知ってる人しか知らないむしろ入り口あるのかって、とこじゃないの -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:21:39
-そこにでぃすこーどが -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:21:53
-めしくいにいってくるわ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 11:22:00
-どんな発言が相手を不快にさせるか分からんし -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:22:00
-食ってら -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:22:09
-てら -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:22:11
-まあ過剰な下ネタが不快な表現になるってのは分かるし個々人で自制しようってなるのは理解できるけど -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:22:43
-昔はイベページからB茶に誘導あったように記憶してる -- 2020-01-12 (日) 11:22:57
-こんなこと書いてるからレベリングが進まないのよな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:23:09
-キャラを叩いたり個人叩きしなければいいんじゃないかなあとふわっと思ってるが -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 11:23:11
-ちょっと考察動画見るか() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:23:14
-今回のイベページからは誘導されてないみたいだけれど -- 2020-01-12 (日) 11:23:16
-ただチャットや掲示板を廃止しようっていう流れができるのはなんかなあってなる -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:24:00
-今のBは換気がない -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:24:07
-っ換気扇 -- 生 2020-01-12 (日) 11:24:21
-活気の誤字か換気であってるのかどっち -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:24:23
-換気しなきゃ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:24:26
-換気 -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:24:33
-なるほど -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:24:37
-なんとなく言いたいことは分かる(わかるまん) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:24:47
-乾季がない? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:24:48
-人の出入りが無さすぎる -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:24:50
-窓全開 -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:25:03
-NewbieこそBに行くといいと思うけどね -- 生 2020-01-12 (日) 11:25:08
-まあキャラとかにしてもそもそもどこまでが不快にさせるかあまりにも違いすぎると思ったがっ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 11:25:24
-大蟻塚の次って瘴気の谷?丘珊瑚? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:25:52
-生殿をBに放り込んでスパルタ教育 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:26:02
-珊瑚 -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:26:03
-なお1日で忘れる模様 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:26:06
-珊瑚か -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:26:07
-ハゲって言われて不快になる人だっているかもしれない -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:26:26
-まんねんをBに投げたら鍛えられて帰ってきますかね🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:26:29
-レイギエナとか?<珊瑚 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:26:32
-あぁぁ?! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:26:34
-だね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:26:38
-もう女神載せるかな・・・ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:26:44
-ワイの課題は記憶力・・・ -- 生 2020-01-12 (日) 11:26:46
-お守り代わりに -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:26:50
-まあ頭髪なくなってくる年齢の人も多いしなぁ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 11:27:00
-まんぬんはアレで割とシステムへの理解度はあるから -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:27:04
-鍛えられてこいっていうより -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:27:15
-任務やれ定期(定期) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:27:20
-まんぬんは何だかんだ言って出来る子 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:27:27
-やらないだけで -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:27:32
-ふいんきで艦これをやってるのはワイや! -- 生 2020-01-12 (日) 11:27:37
-戦力が整えば文句なし -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:27:41
-ワイは雰囲気でやってる -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:27:49
-ワイやろ<生殿 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:27:54
-誉めているのかさっぱりだ -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:28:05
-自分も雰囲気でやってる( -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:28:12
-艦これは雰囲気() -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:28:22
-ふいんき -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:28:23
-ガッチガチに詰めつつ要所で趣味に走る -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:28:24
-詰めたつもりで詰めが甘いのがワイ。 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:28:45
-46cm砲が大和型やNelson以外だと重すぎるくらいしか考えてないガバ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:28:48
-ワイ、フィーリングでなんとかしてるマン -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:28:51
-ギミック解除完了 -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 11:29:08
-ストレスが溜まらない範囲で好きな艦使って攻略する -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 11:29:12
-おつ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:29:13
-趣味に走る(Ex:明らかに必要ないのに駆逐カットイン艦を混ぜていくスタイル) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:29:14
-ギミックおつー -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:29:16
-ハーレムちゃんとか51枚もリング艦がおって弱い理由ないと思うんじゃけど? -- 生 2020-01-12 (日) 11:29:17
-それな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:29:26
-ハーレムちゃんは性格的にしんどいマップに行きたがらないだけだからセーフ(アウト) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:29:55
-あーと -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:30:04
-やぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:30:12
-こん -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:30:16
-艦これは歯を食いしばるシーンがあるのは事実ね。 -- 生 2020-01-12 (日) 11:30:17
-ここの人達、戦力けっこう強力よね -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:30:22
-こんちっぱい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:30:24
-とりあえず一昨日私にちょいメシあさチャンと喫茶Yを勧めたやつは出頭しなさい -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:30:34
-こん -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:30:44
-わいを除いてな<カレーT -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:30:45
-なんやかんや言われてるまんぬんも最終乙やれてんだからまあね -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:30:47
-おーい、だれかしらんけど、出頭しなさい -- 生 2020-01-12 (日) 11:30:57
-死ぬかと思ったわ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:31:08
-(^^ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:31:13
-にっこり。 -- 生 2020-01-12 (日) 11:31:18
-最終丙のワイは雑魚雑魚ですね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:31:23
-そこの青い2人は自覚あるよね? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:31:31
-初の大規模クリアなので甲は無理でしたね -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 11:31:39
-俺はお勧めはしてないぞw -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:31:40
-だうと! -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:31:44
-ああ昔行って死にかけたなあって話をしたのは確かだが -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:31:49
-俺はお勧めしましたけど、ほかもお勧めしましたしおすし? -- 生 2020-01-12 (日) 11:32:05
-なんだとお俺があさチャンをお勧めしたって証拠があるならログもってこい! -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:32:12
-目的地まで三駅。時間あるし歩いてこ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:32:19
-喫茶Yを勧めた自覚はあるんだな? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:32:38
-昼飯行ってきます -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:32:42
-3駅だと40キロくらい? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:32:42
-そっちは完全に無罪だゾ! -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:32:52
-有罪と言うならログもってこい!(強気の主張) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:33:01
-都心部なのでせいぜい10キロ無いね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:33:04
-というか -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:33:15
-なるほど -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:33:15
-ワイは両方美味しいお店ですって情報を出しましたけど? -- 生 2020-01-12 (日) 11:33:20
-あれで800円ってどうなっとんの -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:33:27
-高いな -- 通りすがりの脳筋ゴリラ◆1b9d44db 2020-01-12 (日) 11:33:43
-航空戦でロケラン積んだ艦大破するんですけど…ふんしんほうとはいったい… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:33:55
-いや安いぞ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:33:57
-化け物みたいな量出てきたぞ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:34:12
-ぐおおお -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:34:13
-喫茶Yは知らんけどあさチャンのあの物量で1000円行かないのはきがくるっとる -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:34:16
-ナイフちゃん、満足したでしょ? -- 生 2020-01-12 (日) 11:34:21
-胃がばくはつするわ! -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:34:30
-新しいあいほんに付いてきたイヤホンの形よろしくないれ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:34:35
-おいしかったでしょ? -- 生 2020-01-12 (日) 11:34:38
-うん -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:34:41
-ちょっと多いけど。 -- 生 2020-01-12 (日) 11:34:46
-物量負けしておいしいかおいしくないかわからんくなるんだよなあ(真顔) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:34:55
-あと日本橋の一味善とポミエ行ってきた -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:35:03
-おいしかった -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:35:18
-よかったね! -- 生 2020-01-12 (日) 11:35:27
-ポミエも大盛りだったけど -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:35:42
-はいQマスギミック解除 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:35:46
-確定していることは、ナイフちゃんはリーズナブルにおいしいものを満腹になるまで食べた。 -- 生 2020-01-12 (日) 11:35:56
-うん -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:36:02
-あとは……M優勢か -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:36:06
-誰も悪くない。 -- 生 2020-01-12 (日) 11:36:12
-Qおつー -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:36:13
-あと三田製麺所とギロチンと辛麺の桝元西成本店行ってきた -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:36:29
-あ、ナイフTだ -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 11:37:01
-Yにいったあと、よくそんな食えるね・・・ -- 生 2020-01-12 (日) 11:37:05
-雑茶の二大ゴリラが揃ったぞ逃げろ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:37:10
-いや、大阪に4日おるんやで? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:37:21
-っ🍌 -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:37:29
-1日1食で全然行ける量だったわ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:37:45
-要らねぇ -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 11:37:46
-あさちゃんとか行ったら翌日までいらんでしょwww -- 生 2020-01-12 (日) 11:37:49
-多分今日なんもいらん -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:37:58
-というか最近食が細くなって -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 11:38:11
-翌日まで残るレベルなんか… -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:38:31
-太麺から細麺に鞍替え、と -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:38:33
-ちょっと、カウントちゃん。食が細くなったっていう人が行く店でしょうかね・・・ -- 生 2020-01-12 (日) 11:38:34
-一日で鰯の缶詰3つで事足りる -- バイクの人◆7ce9d10d 2020-01-12 (日) 11:38:49
-だってよぉ「あんた、こっちの人とちゃうなあ?やったらサービスしたるわ」って言われて -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:39:05
-マスター今大阪なんだっけ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:39:24
-机の上が料理で埋まるレベルで出てきたで -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:39:24
-今日本橋 -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:39:35
-うける -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:39:38
-551の豚まん食べたい(真顔) -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:39:49
-なにも驚かない・・・ -- 生 2020-01-12 (日) 11:40:02
-んでよぉ生てー -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:40:16
-今日本橋行けばナイフニキに会える可能性が微レ存? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:40:17
-ハーレムちゃん -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:40:32
-はい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:40:37
-あれ、パン1斤を半割りにしただけやないか -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:40:37
-あ -- 生 2020-01-12 (日) 11:40:50
-上位入ったようだからこんどやろうぜ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:40:52
-道具屋筋彷徨いてればどっかにいるよ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:40:54
-気づいた?w -- 生 2020-01-12 (日) 11:40:56
-頭おかしいだろ! -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:41:02
-食えるかあんなもん! -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:41:13
-もしかして:元から -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:41:17
-珊瑚まで来れば上位なんかの? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:41:26
-道具屋筋をさまよっている両手にナイフを構えた身長2m近い巨人を探せばいいんだな -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:41:29
-・・・ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:41:33
-まだですね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:41:36
-パンのみ?中に何も無し? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:41:40
-パン1斤を半分って言うと4枚切りの食パン2枚分? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:41:50
-ゾラの顔見せがあったくらいか -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:41:54
-んで「サービスで卵8個にしといたったで」って言われるし -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:41:54
-親の仇ほどいろいろ挟まって出てくる -- 生 2020-01-12 (日) 11:42:06
-違う。1斤を丸ごと半分に割って、その2枚を使ってサンドイッチにしてある -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:42:25
-だから1斤丸ごとや -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:42:38
-うん?……ひょっとして1斤じゃなくて1本? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:42:44
-手抜きすぎない??? -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:42:55
-1本っていうのか? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:42:56
-ふつうの食パンだと6~8枚分くらいか -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:43:00
-んだ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:43:05
-んあー1斤丸々なのか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:43:07
-丸ごとや -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:43:12
-手の込んだ手抜き -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:43:14
-4枚切りの食パン4枚分かぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:43:19
-1斤だと倍やん -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:43:25
-あれをふたつに切ってそれを使ってサンドイッチや -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:43:29
-縦に?横に? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:43:44
-カボチャをくり抜いたシチューとかみたいにさ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:43:47
-大体食パンって2斤とか3斤で1本だっけかね -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:43:56
-……縦かな?あれは -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:43:57
-中くり抜いてカツとか入れてあったら -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:44:07
-あ、そうなの? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:44:10
-少しは量少ないだろうと思ったけど -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:44:18
-食べにくいな -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:44:21
-市販のひと袋で1斤じゃないの? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:44:24
-市販の1袋で1斤 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:44:34
-あれよ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:44:46
-それを切らないまま2個3個って繋がって1本 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:44:50
-中をくりぬいてひき肉とか詰めて煮込んだやつなら作ったことあるな -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:44:52
-だから焼いたままの奴が1本 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:44:58
-1斤3つが一本とか聞いたな -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:45:01
-もはや中に何が入ってるとか覚えてない -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:45:08
-小さめの型だと2斤でも1本になりかねない -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:45:22
-卵5個って言ったのに8個に増やされて -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:45:22
-まぁ基本は3斤で1本だけど -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:45:28
-パン屋によって2斤とか3斤とかの型があるっぽい -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:45:31
-市販されてるのは両端落として三等分が標準じゃないかな -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:45:32
-次から次から唐揚げやらサラダやら出てきて -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:45:45
-焼き立てパンのうまさは異常 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:45:47
-なんかでかい肉も食ったような気がするけど -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:46:01
-むしろ焼きたてのパンでマズイ事ってあるのか? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:46:10
-そして高級パンでも冷えるとコンビニパンと大して変わらなくて萎える -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 11:46:15
-あるよ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:46:16
-小麦粉が悪い場合? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:46:30
-うん -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:46:38
-あれはマズい -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:46:45
-焼きたてをビニールにいれるとべちょべちょになるとかないっけ? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:46:46
-湯気で? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:46:58
-なるかもねぇ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:47:55
-考察動画って見てると楽しいねえ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:48:00
-東京来たら亀井堂のクリームパンをぜひ食べてくれ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:48:04
-パンよりクリームのが5倍は重いぞ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:48:44
-mjk -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:48:56
-щ(゚Д゚щ)かかってこいや -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:49:08
-で三田製麺所の辛つけ麺とからいもんやギロチンの大辛やきそばと桝元の20辛食べてきた -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:49:10
-腹パン -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:49:13
-Σ(゚д゚lll)ブホオ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:49:16
-ぼくは、ないふどんがまんぷくになって、うれしいれす -- 生 2020-01-12 (日) 11:49:16
-よくある惣菜パンって空洞あるどしょ? -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:49:19
-あるね -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:49:27
-ハーレムちゃんは食に執着なさそうだからそういう重いの食えるん? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:49:30
-あるねぃ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:49:34
-焼くと膨らむかrね -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:49:48
-空洞が無いし、パンが薄いというか -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:49:49
-小麦粉の生地で包まれたクリーム的な? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:50:12
-もはやまんじゅうなのでは? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:50:16
-そんな感じ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:50:19
-きらいじゃないぞ(ジュルリ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:50:38
-クリームも味がしっこりしてるのよ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:50:50
-味がしっこりとは・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:51:06
-しっこり -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:51:06
-んえしっかり -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:51:18
-誤字で受けたわ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:51:38
-今日一回もボスつけてねぇ…ヌ級ェ -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:52:04
-スマ氏はワイにくりぃむぱんの店を案内しようw -- 生 2020-01-12 (日) 11:52:09
-でも三田製麺所の辛つけ麺が辛くないって言ったら -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:52:19
-ええで -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:52:23
-スタッフに悪ノリされた -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:52:29
-でもわりとすぐ無くなるのが難点 -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:52:35
-「辛味スパイスですー」って言われて -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:53:11
-粉を大さじ一杯どばっと -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:53:21
-やめんかいっての -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:54:40
-あ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:55:02
-い -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:55:06
-う -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:55:09
-え -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:55:12
-潜水幼女マスで単縦陣にしちゃった -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:55:13
-まぁ良いか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:55:19
-南無 -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:55:19
-どうせ潜水艦隊だし無傷だ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:55:24
-(コイツのケツ、多少大目に入れても大丈夫やろ)サービスですー ドバー かね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:55:32
-さあわからん -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:55:45
-でも大さじでもりっと1杯、つけ汁の中にスパイスぶっ込まれた -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:56:11
-やはりナイフニキも知音食堂行くべきだな -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:56:12
-どこよそれ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:56:34
-魔境池袋 -- 生 2020-01-12 (日) 11:56:42
-やめぇや -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:56:47
-中国的サービスが受けられますs -- 生 2020-01-12 (日) 11:56:59
-魔境なんか -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:57:06
-唐辛子の山の中から肉をさがす -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:57:22
-川崎より魔境やないやろ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:57:26
-ネイティブチャイニーズ向けの四川料理 -- 生 2020-01-12 (日) 11:57:41
-急募:E5のヌ改なんとかする方法(摩耶さまはカットイン出しません) -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:57:47
-祈る -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 11:57:59
-なんともならないのであきらめる -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 11:57:59
-アトランタで枯らす -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:58:00
-基地航空隊ぶつける -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:58:09
-あきらめ? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:58:17
-愛と勇気と根性で通り抜ける -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:58:17
-ちんちんをしっかりにぎる -- 生 2020-01-12 (日) 11:58:19
-アトランタのほうが落とすのか、ふむ -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 11:58:41
-んでもって砥石買ってきた -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:58:46
-とにかく辛いんだけど、旨いのよね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 11:58:52
-戻ってきたら生殿がいきなり変態発言してた -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:58:54
-✂ -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 11:59:02
-旨いよ。それは保証します>知る音食堂 -- 生 2020-01-12 (日) 11:59:28
-さよか -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:59:41
-ギロチンきゅうり美味かったなー -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 11:59:53
-複縦エリレかー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 11:59:55
-Aでいいから頑張ってー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:00:20
-あ゛ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 12:00:24
-あと、安いw -- 生 2020-01-12 (日) 12:00:29
-Mマス優勢を取り損ねた -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 12:00:32
-い゛♡ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:00:33
-よし、A確定 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:00:43
-🤔 -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:00:48
-ええやん -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:00:53
-水戦不足? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:00:56
-ハレム何してるんだっけ -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:00:59
-レとタが残ったけどA -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:01:08
-55か -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:01:16
-おめ -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:01:18
-平戸パン食べよう ぱんぱんぱんぱん アンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパンアンパン -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:01:18
-ついにくるった -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:01:25
-錯乱しておられる -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:01:30
-正気がここにいるのか・・・ -- 生 2020-01-12 (日) 12:01:36
-観察の仕事に戻って -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:01:38
-荒潮任務、完 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:01:40
-おつん -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:01:45
-アンパンとエスをキメてるやつがおる…… -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:02:01
-意外となんとかなったでござる -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:02:01
-島風のエロMMDを無限に流しながらキラ付け -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:02:02
-アンパン(菓子パン)なのかアンパン()なのか -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 12:02:06
-ししょー、問題があります -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:02:26
-うん -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:02:43
-日向任務を出すだめの廃棄任務しようとしたら彗星がありません -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:03:09
-( ^ω^)・・・ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:03:15
-www -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:03:15
-ひっく ウィック -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:03:16
-開発してどうぞ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 12:03:19
-足りない分は勇気で補うんだ! -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:03:27
-腹パンしかけたけどそういえば自分も同じことになったのを思い出したのでセーフ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:03:31
-彗星ってちとちよもってきたっけ? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:03:40
-開発のみだろ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:03:50
-持ってこなかったかと -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:03:52
-彗星は多くの空母が改で持参する -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:03:58
-あれ?そうだっけ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:04:06
-作った方が速い 1票 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:04:11
-持って来たとしても50か35でしょ? -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:04:12
-持参するけど在庫がそんなにあるかというと。 -- 生 2020-01-12 (日) 12:04:16
-ちとちよは持って来ないか(調べてた) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:04:25
-開発した方がええね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:04:41
-彗星は正規空母とかの持参だからなぁ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:04:47
-20.30.10.30でできるまで開発が早い -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:05:00
-五航戦牧場すりゅ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 12:05:01
-艦載機レシピ100連 -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:05:01
-五航戦牧場とか2航戦牧場が手っ取り早いが -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:05:04
-1/2/5航戦祥鳳型飛鷹型の改か大鳳 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:05:05
-そして意外と出ないでイライラ棒 -- 生 2020-01-12 (日) 12:05:07
-天山も昔は貴重だったけど今はもう残ってないなぁ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:05:08
-まずは落とさないとな -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:05:10
-ついでに爆戦62も作って爆戦岩井作ろう -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:05:31
-爆弾岩作りました -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:05:44
-あはい -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:05:48
-友永転換任務で天山が必要です、で天山なくて開発まわしまくった、と兄貴の経験談 -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:05:56
-岩井★10? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 12:06:03
-あーそんなのあったねぇ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:06:08
-はい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:06:09
-ワイも天山で困ったw -- 生 2020-01-12 (日) 12:06:21
-流星あるこら天山いらないやーん→天山かよ! -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:06:34
-づほとか改造してはぐしか -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:06:40
-づほを剥ぐ(直球) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:06:56
-烈風601作るのに天山が無くて困ってた記憶 -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:06:58
-づほを剥ぐ!? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:07:01
-ホ!やっぱり流星なんかよりテンザンの方がすごいっての! -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:07:01
-3号爆弾も一緒にやろう -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:07:25
-エアロゲイターに連れ去られてて -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:07:43
-光る方の彗星欲しい -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:07:45
-ただいま -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 12:07:57
-おかい -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:08:01
-おか -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:08:04
-ただいまー -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:08:04
-お帰りください -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:08:06
-おか -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:08:07
-帰ってきた瞬間帰れいわれた -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:08:22
-おかい -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:08:30
-ヲ改 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:08:37
-タコ焼き -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:08:50
-ぎんたこ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:08:57
-たこ焼きといえば -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:09:05
-20/10/30/40で回すかあ、彗星 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:09:07
-( ^ω^)・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:09:20
-大阪来た初日の昼がたこ焼きだった -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:09:20
-( ^ω^)・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:09:27
-他に足りないやつあれば、同時にねらってもいい -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:09:34
-装備枠MAXとかwwwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:09:42
-そういば最近彩雲の在庫が厳しかったな -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:09:42
-彩雲ってなんか使ったっけエさに -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:09:51
-ケイウン?覚えてないけど -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:10:08
-使ったとは思うけど -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:10:09
-オ号かなんかに使わなかった? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:10:17
-あー景雲か -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:10:20
-防空ギミックに3個入れようとすると -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:10:30
-ゼロ52型って米艦載機のエサだっけ? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:10:37
-景雲は違うみたい -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:10:38
-基地は艦娘が装備中のところから持って来れないしゃない? -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:10:48
-ヘリの改修に使うのかぁ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:11:09
-やべえなに廃棄しよ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:11:26
-とりま駆逐主砲? -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:11:59
-神鷹とかが装備してると剥がすの面倒だから -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:12:03
-もう二個ほど欲しいな、と -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:12:14
-とりまアイオワ砲でも破棄する?? -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:12:17
-時雨ネキお手本どうぞ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:12:28
-なぁる。れすまほししょーのことだから…なんか回収するのかとおもった -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:12:29
-とりあえず時雨てーの装備を全部廃棄してから考えよう -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:12:54
-試製356作る用とロサ改二作る用のエサがあふれてるなあ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:13:08
-ハーレムちゃん -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:13:21
-はい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:13:26
-ネジ買って叩きまくれ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:13:29
-作ってしまえば減るのでは? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:13:30
-そして素材を作って釘が亡くなる地獄 -- 生 2020-01-12 (日) 12:13:48
-あら不思議、装備が強化出来て隙間もできる! -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:13:49
-あと4連酸素もけっこうあるんですが -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:13:50
-おとく! -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:14:02
-捨てよう -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:14:03
-朝からやって初めてE5S…これきつくない? -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:14:11
-22本だった -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:14:14
-四連後期の改修終わってるる -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:14:27
-? -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:14:28
-私の装備を破棄するなんてとんでもない -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:14:30
-甲ならA前提で動いたほうが楽なんじゃない? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 12:14:36
-4連後期ないねん(ガバ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:14:42
-あー秋霜出たわ、イベント終了。 -- カレー 秋霜掘り◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:14:46
-おめ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:14:51
-おめしも -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 12:14:55
-カゴウ2と二式爆雷2とネジ4 どれがいいですか -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:14:56
-ありー -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:15:00
-か号って使ったっけ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:15:01
-支援で使うかもしれない(カ号 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 12:15:13
-あきつ丸から引っこ抜け -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:15:17
-対潜支援で数あるといいかも -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:15:17
-カ号12個あれば対潜支援安心? -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:15:24
-オ号改修に使う -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:15:27
-よしじゃあか号にしよう -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:15:32
-お -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:16:07
-は -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:16:13
-ヘリつくるのにカ号2つ、オ号2つとネジたくさん、あと資材 -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:16:18
-や -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:16:19
-カタパげっつ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:16:19
-おめぱ -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:16:24
-い -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:16:25
-おめぱると -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:16:39
-彗星って20/10/30/40であってったっけ? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:17:51
-20-60-10-110でなんでもでるよ! -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:18:06
-彗星はボーキ30でええで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:18:19
-いや、彗星が出ればいいので() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:18:20
-20/30/10/30でもできるよ!! -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:18:24
-2133なら彗星でるか -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:18:49
-開発理論値はいくつだったかな? -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:19:20
-困った時の開発レシピジェネレーターhttps://wantora.github.io/kancolle-recipe-generator/ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:19:45
-20/30/10/30 燃料(鋼材)テーブルは開発不可 -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:20:04
-間違えてたか -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:20:43
-32号と46cmが同時に開発できるレシピがないぞふざけるな(無茶ぶり -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:20:44
-ムチャクチャダー -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:21:08
-テーブルがカチあってるのか? -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:21:38
-99爆じゃねえ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:22:10
-こぼれちゃう -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:22:29
-爆戦wwwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:22:38
-おめwww -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:22:50
-れすまほししょー、今日はアケですかー -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:22:52
-ちがうよー -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:23:02
-チガッター -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:23:09
-いや、アケの予定だったけど変更になった -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:23:18
-アーケードは昨日、なお正月任務までクリアしてきたなぁ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:23:21
-ホー… -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:23:36
-ていうかなんでこの任務なんJみたいな名前任務なんだ・・・ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:23:36
-もうイベ海域行かないし、東海とか全部外しちゃうか -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:23:57
-21とか水偵ばっかwwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:24:12
-……1500グラムのうどんって何よ…… -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:24:13
-150で一人前くらい? -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:24:27
-大食いチャレンジか何かかな? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 12:24:40
-あっぶね -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:25:05
-https://twitter.com/Togiyasan_Kiso/status/1215507775712677888?s=20 -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:25:18
-こーゆーこと -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:25:24
-ロック忘れてる零観みっけ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:25:34
-アケしにいきたいのぉ… -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:25:36
-並で400~200g🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 12:25:53
-すでに並じゃねぇ -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:26:13
-400gが並....? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 12:26:26
-そういえば1-5逝けるようになったから4-1も攻略できるかな? -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:26:42
-皿に乗るのか? -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:26:46
-ちなみに三田製麺所の中盛りが380 -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:26:47
-中盛りより多い並盛とは..... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 12:27:12
-ちなみに三田製麺所のおおもり540g特盛840g -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:28:00
-十分多い…その倍か -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:28:46
-ご飯食べてくりゅノシ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 12:30:11
-くってらー -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:30:22
-じゃ1500gうどんたべてきてねー -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:30:27
-圧倒的カロリー -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:31:05
-食いたくなってきた、うどん -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:32:13
-1500もいらないが -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:32:25
-ゆでる前のパスタ一人前が約100gみたい -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 12:32:37
-だね -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:32:51
-水吸う前とあとじゃどれくらい増えるんだろ? -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:33:39
-1-5と4-1は目的が違うからなんとも -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:34:45
-ただ潜水艦と当たった時の立ち回りは参考になると思う -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:35:19
-レ豚誤爆案件 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:35:30
-w -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:35:48
-4-1って潜水艦無視してもなんとかなるからなぁ -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:35:51
-しぐてー宛のアケ案件 -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:36:15
-西方クォータリーかしらね -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:36:15
-アケか -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 12:36:21
-あー -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:36:30
-4-2で潜水艦無視できないのがつらい -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:36:36
-うどんの話しか見えてなかった('ω') -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 12:36:39
-アケだとそうなのか -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:36:54
-1期の編成基準だから -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:37:09
-上にも下にも潜水艦がいる -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:37:19
-潜水艦がボスでない限り、当たったらやり過ごすのは基本変わらない -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:37:26
-時間制限がきつい -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:37:52
-なお正月任務は伊勢達に瑞雲のせて開幕でころしてからの殴りでどうにかしたけど -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:38:04
-約100gのパスタをゆでると約240gになる模様 -- あるけむ@甲甲甲乙丙乙掘り完了◆0d46b137 2020-01-12 (日) 12:38:10
-すごいきゅうしゅうりょくだ! -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:38:47
-おひる作った!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:38:53
-2.4倍www -- ナイフマスター◆51f924bf 2020-01-12 (日) 12:39:03
-かき揚げ店ソバ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:39:05
-天 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:39:14
-よく皆時間制限内に4-1クリアできるなぁ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:39:31
-スゲー夕立1027ダメージ -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 12:39:58
-4-1とは? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:40:03
-砲戦でかかる時間がいっぱいいっぱいではないからね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:40:12
-4-1の記憶がない・・・浮き輪とかで行ったっけなぁ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:40:25
-私が寄り道しすぎ…? -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:40:40
-あああの貝殻の子か -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:40:47
-基本寄り道しないからね -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:40:49
-まっすぐ突っ切ろうとしたら潜水艦に引っかかって時間制限が… -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:41:06
-あいてむひろいにいかなきゃ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:41:10
-別ゲーか -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:41:38
-アケの話よぉ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:42:21
-どういう配置だったかもう覚えてないやw -- <(´°ω。`)\スマぴょ◆0faa9c89 2020-01-12 (日) 12:42:35
-駆逐2軽空母4で軽空母に艦攻ガン積みで潜水艦爆撃すれば戦闘に入る事なく抜けられるぞっ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 12:43:03
-ああ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 12:43:58
-軽空母育てるかぁ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:44:06
-やあ -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 12:46:02
-やは -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:46:14
-飛龍改二4人目完成でち -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 12:46:28
-おめでち -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 12:46:33
-ちわー。 -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 12:46:35
-おめー -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:48:03
-ちは -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:48:06
-雲龍を育成せねば -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 12:51:26
-こんちわー -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 12:54:01
-んちゃ -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 12:54:07
-こん…パイン? -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 12:56:01
-ミカン味のパイン🤔 -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 12:57:10
-未完味のπ -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 13:03:52
-乙Π乙Π( ゜∀゜)o彡゜ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:04:24
-こんち -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 13:06:23
-こん -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 13:06:55
-落ちます…ノシ -- カレー◆9a46e6dd 2020-01-12 (日) 13:07:02
-おつー -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 13:07:12
-ちはおつ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:07:20
-こんおつ -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 13:08:57
-ただちっぱい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:15:12
-さて、日向5-5やって終わりにしようか -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:16:33
-これが終われば・・・当分5-5に来る必要がなくなる() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:17:27
-ミスとカスダメとオーバーキルの嵐で、旗艦小破未満かつ随伴を残す事に成功 さすがだな左艦隊 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:18:25
-ただいも -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:19:28
-フィニッシャー雪風中破でカットイン  はいはいA敗北 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:19:42
-伊勢型って5-5で火力不足になりやすいかねえ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:19:46
-おかいも -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:19:46
-うまいラーメンくってきた -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:19:52
-ちわー -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 13:22:29
-痴話 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:24:05
-わ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:25:14
-帰宅 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 13:25:20
-伊勢型なら中央下でいいんちゃうの -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 13:25:29
-おかー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:25:31
-中央下のつもりよー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:25:43
-オウ、くっそギリギリの制空www -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:26:37
-プラトニック… 男色家だった? -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:27:30
-ンピィー -- ( ´°ω°`  )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 13:27:32
-単に性欲が落ちただけぞ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:27:58
-おじいちゃんなの....? -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 13:28:12
-まだ30なんだがなあ・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:28:29
-V S M Q 防空 終わった -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:28:33
-おつ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:28:40
-おつっく -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:28:46
-これで装甲破砕ギミック終わりかね -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:28:55
-あ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:29:56
-まてこれ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:30:01
-おつ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:30:11
-制空取れるけど徹甲弾載らねえじゃねえかよ('ω') -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:30:18
-出撃前に気づいてよかった -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:30:33
-山城てー、防空は2回やったよね -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:31:08
-均衡で殴り合って勝てるだろうか -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:31:09
-2回やってちゃんと解除音まで確認したやで -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:31:44
-なら終わり -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:31:50
-ラスダンいってらっしゃい -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:31:56
-E3掘り開始わぞ -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:32:03
-ギミック解除したら台詞に変化とかある? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:32:09
-台詞じゃなくてボスグラに変化ある -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:32:22
-貝にオレンジのひびが入る -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:32:25
-見た目が変わる -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:32:25
-ハーレムは腹パン -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:32:30
-Σ(゚д゚lll)ブホオ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:32:34
-そして俺も終わった -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:32:46
-これにて全新規艦娘改造完了 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:32:59
-索敵足りねえな -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:33:02
-夕張も90になったし、あとはメンテまでまったり -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:33:14
-ふむ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:33:19
-いいのう・・ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 13:33:20
-んー、よし -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:33:32
-あと気にするのは戦果くらいか -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:33:46
-制空均衡で殴るしかないかなあ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:33:52
-今月の戦果ってどんな感じっすかね -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 13:34:08
-イベント終わらんとわかぬめ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:34:32
-ダブルオー出ないことを祈るしかないか -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:34:36
-今2980くらいで30位くらいにいる -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:34:41
-トラックの500位は995 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 13:34:49
-短島、500位1067 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:35:18
-今回攻略が自己最低ペースだったせいで堀の時間がねえ -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:35:21
-佐世保500位が1142 -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:35:41
-ロイテルと天城掘りが限界かなあ -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:36:20
-(わい今戦果629なんか・・・) -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:36:32
-フレッチャーまで手が回るか分からんし、初月はまた取り逃しだ・・・ -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:36:38
-知らない間に381mm三連装砲改が★MAXになってる……こわ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:36:43
-それに気付かない山城てーがこわ -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:37:04
-今戦果1400台後半.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 13:37:52
-左目の調子が悪い -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:38:23
-5-5ラスト任務、日向いきまーす -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:38:27
-邪気眼かな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:38:34
-うーむ、水木あたりに眼科行くか -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:38:36
-今日って38四連改の改修って出来たっけかね -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:38:48
-出来るじゃん -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:39:12
-なんか焦点がが左方向に寄ってるような感覚 -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:39:16
-やるか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:39:18
-左目がうずく?<和服T -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:39:39
-うずく -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:40:17
-左目から青い炎が出るよ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:40:54
-こらこらハーレム、和服てーを中二病にするな -- 球磨提督@備蓄◆d50db2da 2020-01-12 (日) 13:40:58
-ヲ改かえって -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:41:09
-和服Tフラグシップ改二の誕生だ() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:41:15
-腕が疼く... -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 13:41:24
-パイン....パイン? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 13:41:35
-ワンカップTに中二病が感染したぞwwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:42:08
-ちょっとハーレムTに爆撃してくる -- 和服提督@28ヶ月◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:42:10
-(゚∀゚)ノノアイエエエ!!!! -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:42:16
-ワイは交通事故の傷の痛みだぞなw -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 13:42:32
-事故ったんかい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:42:45
-先月にね -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 13:42:51
-大丈夫なんかwww? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:42:54
-右手がうずく・・・ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り1◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:42:56
-手足は繋がってるから、まぁ -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 13:43:02
-基準がwwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:43:17
-綺麗な身体のまま死んでいこうなんて考えてないから、普通に生活できればそれでいいかなってw -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 13:43:50
-索敵よし! -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:44:05
-頑張ってS取ってきてwwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:44:24
-複縦エリレのお出まし~() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:44:42
-鈴谷大破ー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:45:03
-熊野中破ー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:45:17
-<(゜∀。)<(゜∀。) モットオ仕事シチャウゾ -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 13:45:35
-126残しで夜戦 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:45:49
-死んで -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:45:57
-よし -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:46:09
-なんとか1発で終わった・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:46:19
-S? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 13:46:31
-はい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:46:39
-ねぇ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:47:04
-もう5-5怖くないんじゃね? -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:47:08
-41砲を狙って開発した時に限って46砲が出来るのなんなん? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:47:20
-物欲センサー? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 13:47:32
-46狙って開発しよう -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 13:47:40
-これでしばらく5-5行かなくていい・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:47:47
-おつかれちゃーん -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:48:04
-と言う訳で -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:48:11
-ししょー、頑張ったよー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:48:17
-よくやったノシ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:48:31
-たぶん次のツラい課題が来る -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:48:36
-38cm四連装砲改★6を作成 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:48:41
-わーいほめられたー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:48:44
-これで一気に装備整ったんちゃうかマジで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:48:45
-大分整った -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:49:10
-改修してある大口径砲が一気に増えた -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:49:21
-あ私の話じゃないか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:49:29
-山城提督は・・・ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:49:32
-ヤバいことしてそう(お財布をみながら) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:49:46
-大丈夫大丈夫 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:50:05
-よし、ではこれで最後だ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:50:13
-クオタリ長波任務兼金剛5-4を開始する() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:50:46
-35.6改とか381mm改とかの大規模改修の時の余ったネジで今日の38四連改を作ったから実質0円 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:50:47
-夜戦開幕で羽黒潰されて妖怪4足りない -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:50:48
-これで356改二がくれば・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:51:08
-よっし -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:52:02
-38cm四連装砲改を★6にした事で比叡改二の昼火力が180に到達 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:52:31
-長波改二+31駆の誰か1人でよかったよね -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:52:32
-せやで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:52:36
-2回だっけ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:53:03
-せやな -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:53:07
-霧島は38四連改に★を付けなくても火力180に届くのホントに楽で良いや -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:53:17
-ちょうど金剛が2回だからちょうどいいな('ω') -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:53:25
-先制対潜で仕留めきれないと戦闘時間が延びるという連合艦隊の難点 -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り2◆890c6ada 2020-01-12 (日) 13:55:38
-優勢140か -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:55:51
-E3Mルートで秋霜レベリングしてるけど、14日までに70行けるかなぁ…(今68  と思ってたら関係ないのが道中で中破大破 アカン -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 13:56:00
-で、かつ索敵が45以上っと -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:56:11
-大蛇丸の料理動画おもしろいな -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 13:56:27
-なんかあれやな -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:57:29
-ちょっと聞きたいんだが -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:58:00
-キラ剥げたら~とか中大破したら~で朝霜の改装が延びまくってるwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 13:58:02
-('ω') -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:58:17
-('ω') -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 13:58:35
-夕立改二さ2スロだとキャップに届かないんだがキャップに届かせるか照明弾を積んでCI率を上げるかどっちが良いんだろうな? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:58:39
-2スロ+夜偵でカットイン火力300行くんちゃうけ? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:59:07
-2スロ魚雷魚雷なら -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:59:10
-夜偵発動すれば届く -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:59:17
-せやろ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:59:20
-E6ならCI率上げるだけでいいと思うが -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 13:59:23
-発動すればな…… -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:59:24
-なら夜偵発動前提で考えていいと思うで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 13:59:27
-衣笠のLvが低すぎて夜偵が中々発動しなくて…… -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 13:59:54
-・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:01:44
-索敵くっそ余裕やんけwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:01:57
-夜偵ってLv依存なのん?? -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 14:02:01
-せやで>LV -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:02:09
-だからできるだけ高レベルの子に積むか夜偵2個持ち込む -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:02:18
-だが制空は足りないと -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:02:31
-104って・・・ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:02:46
-そうなんか(13年着任の理解度) -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 14:02:47
-第二艦隊の並び順はこんな感じで大丈夫そうかね? http://kancolle-calc.net/deckbuilder.html?id=-Lxpw2GKbnPUfflatVZz  -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:03:00
-あ、よし -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:03:33
-これって削りです? -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 14:03:44
-制空・索敵クリア -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:03:45
-綾波2番でもいい -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:04:15
-どうせ敵の上3人は残るから 下にフィニッシャー置く意味があんまりない -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:04:30
-ふむ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:04:44
-下に置いて潰されるより2番手でスナイプワンパン期待の方が多分勝率高いと思う -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:04:58
-こんな感じかね? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:04:59
-あと個人的にはラスダンで対潜2枚は甘えやと思うがまあお好みで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:05:12
-5-4行くぬめえ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:05:31
-夜戦マスこわいぬめえ() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:05:55
-フレッチャーを外して暁でも入れる?運改修してないけど -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:07:13
-あ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:07:45
-照明弾忘れたぬめ('ω') -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:07:57
-ぶっちゃけ夕立か綾波が一撃決めれば終わるゲームだから対潜2枚でも悪くはない -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:09:07
-ただ泊地修理があるから幼女での中破は許容範囲なので -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:09:23
-対潜1枚にして火力を少しでも底上げしとく方が仕留めきれる可能性は上がるわね -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:09:36
-軽巡枠をなんとかできないかというのが1個あるけど残ってるメンバー次第だからまあ・・・ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:10:17
-はい、S1回目 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:13:08
-おっはー! -- 2020-01-12 (日) 14:13:29
-名前(憤怒 -- 2020-01-12 (日) 14:13:35
-( ˘ω˘)スヤァ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:13:50
-しゅっかー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:14:03
-おまえだったのか -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:14:18
-(´・ω・`))))) -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:14:23
-((((´・ω・`) -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:14:31
-軽巡ねぇ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:14:56
-誰が良いかね? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:15:05
-L.d.S.D.d.AとかG.Gとか? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:15:37
-E6? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:15:48
-魚雷満載の阿武隈でも良いけどそうすると探照灯が積めない -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:16:09
-そも阿武隈では露払いにもならんか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:16:21
-飛鷹と隼鷹いるから牧場すっか() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:17:06
-そう言えば砲撃支援の空母の艦載機って熟練度関係なかったっけ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:17:08
-通説だと関係ない('ω') -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:17:33
-そか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:18:00
-んじゃ村田した江草を積んでおこう -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:18:08
-村田した江草とか言うパワーワード -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:18:27
-陸珊瑚行く前に陸珊瑚の考察動画みて予習しとこう -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:19:35
-砲撃支援は熟練度関係なしで艦爆の方が優遇されてる。航空支援は熟練度関係なしで艦載機の性能とスロット数が影響。かつどれだけ叩き落されても熟練度変化なしだったかな -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り3◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:20:22
-たまには雷撃支援のことも思い出してあげてください -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り3◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:21:02
-戦闘機の熟練度も関係ないのでいつもの感覚で載せると制空が死ぬ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:21:15
-なんか2期になってから中破した艦娘が狙われやすくなったような気がする -- 丙提督 2020-01-12 (日) 14:22:07
-解説ページで雷撃支援について「要するにハズレ」とまで言われてんのほんとかわいそう -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り3◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:22:31
-五十鈴を4スロ軽巡にして 主 主 照明弾 探照灯 とかにした方が良いかね? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:24:23
-陸珊瑚めっちゃ迷子になりそうwww(考察動画見ながら -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:24:39
-仕事しない砲撃支援とかよりは少ないコスパでカスダメ狙いできるゾッ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 14:24:55
-あたらないけど -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 14:25:47
-その4スロ軽巡の練度次第で夜偵をガッサから載せ替えアリやで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:25:53
-衣笠Lv64 G.GLv72 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:27:05
-E3消費は少ないけど戦闘回数そこそこ多いから掘りがはかどらんな -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り4◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:27:08
-焼き芋の声が聞こえる -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り5◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:28:49
-焼き芋って喋るんか( -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 14:29:06
-n13Tには食べて欲しいと語り掛けてくる焼き芋の声が聞こえないらしい -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り5◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:30:39
-いしや~きいも~ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:30:42
-や~きたて~ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:30:49
-芋1本おくれー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:31:08
-白露がダッシュで買いに行ったぞ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:31:18
-ほしいも -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 14:31:26
-ほしいもおいしいよねー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:32:16
-うまいよねー高いけど -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 14:32:36
-(´・ω・)(・ω・`)ネー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:33:44
-最近芋の概念が吹雪から白露に傾いてるのを感じる -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り5◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:33:49
-漢の人生はその剣を収める鞘を探す旅のようなものだ・・・ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:34:01
-芋の期間が長すぎるのが悪い -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:34:02
-何ヶ月も芋露やってるから.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:34:12
-去年も食い続けてたしなあ・・・ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り5◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:34:17
-ほしいも食べたくなってきた -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:34:20
-ブインの時も延々と芋食いながら闇日進しばいてたし -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り5◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:34:37
-潮も秋は芋なんだがな -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 14:34:51
-鞘となってくれる相手を見つけるために男は努力するんだ  -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:35:11
-潮グラおおいから -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 14:35:32
-買ってるか食ってるかの違いやろうなあ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り5◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:35:58
-俺はいま見つけたんだ 鞘となってくれる相手を それは  ってかあーもうめんどくせーよ  平戸お前鞘だから とりあえず納めさせろ お前は鞘だ! なっ? よしドロップしろ! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:36:34
-憲兵さん? -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 14:37:04
-もしもしポリスメン? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:37:16
-いかんっ!  -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:37:45
-逃げろぉぉぉ! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:37:53
-逃がすと思っているのか?(ガチャリ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:38:09
-嘘だろついさっきチャットで書き込んだばかりだぞ 家までばれるなんて!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:38:33
-軽巡へ級改flagshipに魚雷戦334ダメ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り5◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:38:55
-334.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:39:03
-なんでや -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:39:03
-龍田提督の平戸は海外に逃げたよ -- 2020-01-12 (日) 14:39:16
-いやだ― 平戸ドロップしろ― -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:39:30
-明らかなる運営の設定ミスのせいでドロップしないのは嫌だ― -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:39:45
-ガシャンは悪い文化 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:39:57
-フレッヂャァァァもそう言ってる -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:40:09
-ガシャーン -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:40:15
-絶対もともとは甲だったらA勝利でもドロップするはずだったんだ それを設定し忘れてるくせに知れっとそのままにしているんだ!絶対宗田 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:40:19
-陸珊瑚の台地はサグラダファミリアだったのか・・・(考察動画見てたやつ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:40:29
-https://twitter.com/aramakimakimaki/status/1214794320152125440 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:41:02
-(おはようございます。そういえばらんらんTはフレッヂャァァァさん着任したんでしょうか・・・? -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 14:41:44
-したで! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:41:53
-幻覚じゃなければしたらしいよ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:41:58
-おはー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:42:01
-おは -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:42:06
-まぁワイくらいのらんらんになれば -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:42:07
-よかったです^^ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 14:42:11
-したと思い込んでるパラノイアだぞ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:42:12
-フレッヂャァァァの一人や二人余裕だけどな! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:42:17
-らんらーん、陸珊瑚に到着したでー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:42:28
-嘘つきました二人は無理です -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:42:30
-なおフレッヂャァァァはGFCSを持参しない -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:42:31
-お -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:42:34
-な -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:42:57
-陸珊瑚の次辺りから敵が強くなってくる……かな -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:43:09
-それなりの連中出てくるようになる -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 14:43:25
-高低差あって迷子になりそうなマップねえ。陸珊瑚 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:43:58
-(というか森ですでに迷子になってる) -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:44:48
-霧島と比叡が道中で中破したんだがボスタッチすべきかね? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:45:16
-(GFCSはどこかの報酬で別途手に入れる計画だったのでは・・・?>フレッヂャァァァさん -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 14:45:23
-俺なら帰る>山城提督 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:45:31
-眠い… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:45:34
-ワンチャン突っ込んでタッチしてもいいけどお好みで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:45:49
-夜戦ワンチャン狙って第四で突っ込む -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:46:22
-(春のアメリカ旅行のときに甲でS取れなくて丙だったか丁だったかで掘りしたらうっかり割ったあげくその時はフレッチャー出ずじまいでGFCS取り逃がしてん。らんらん)<イ級T -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:47:07
-キレたわ(代理) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:48:01
-丙まではGFCSあったから丁だぞ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:48:20
-代理キレたわいただきましたー(白目 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:48:31
-代理キレないで -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 14:48:50
-(春ですか・・・頭の中で何かが・・・) -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 14:48:59
-金剛丙任務、完遂! -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:49:02
-GFCSお持ちでない? -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り6◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:49:10
-支援は大和と二水戦 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:49:30
-戦闘詳報2枚げっつー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:49:38
-敵は4隻 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:49:43
-朝霜ちん大破したので改二にしまーす -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:50:04
-はい -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:50:20
-夜戦装備3種類発動 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:50:37
-スナイプ失敗 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:51:09
-はい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:51:12
-しゃーない -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:51:15
-スナイプ出来てたら勝ってた -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:51:25
-あれね -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:51:36
-生意気な感じは変わらないねえwwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:51:48
-(いや、最終海域丁にしてフレ掘りには見向きもせずIOWA掘り続けて結局でなかった事案>春 -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 14:52:07
-メスガキ朝霜ちゃんをメス堕ちさせる提督と夕雲姉さんください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:52:23
-(イ級Tも苦労したのね) -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:52:27
-不幸を呼び寄せる女 山城 道中大破多発 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 14:52:53
-わい、ししょーのその性癖は理解に苦しむわーwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:53:09
-愛ある調教(迫真) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:53:26
-呼んだ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 14:53:30
-とりあえず全員逮捕で -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 14:53:35
-そだししょー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:53:37
-はい -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:53:41
-🚓 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:53:42
-(フレ掘りガン無視で突破したためGFCSは取ったような・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 14:53:45
-4-5ラスダン状態なんだけど、高速+いせひゅーで殺せるかねえ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:54:09
-2019春は神風堀してたな.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:54:09
-行けるんちゃう知らんけど(適当) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:54:26
-昼戦の流れ次第だから -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:54:36
-メンツ的にはイケルだろうけど流れでミスる可能性はあるので行ってみて -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:54:52
-ういうい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:55:03
-フレッチャー? 雑茶最速入手勢だぞ(隙あらば自慢) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:55:07
-フレッチャーそもそも掘ってないんだよな -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り6◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:55:52
-朝霜ちんにフリッフリのゴスロリ着せたい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:56:48
-わかる -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:56:59
-おん -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:57:01
-サブ隼鷹改装・・・彗星はポイー -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 14:57:10
-天城出た -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:57:18
-んでめっちゃ嫌がってるとこ写真撮りまくりたい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:57:29
-その彗星くれ<ラバT -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:57:57
-山城にフリッフリのゴスロリ着せたい -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:58:57
-ただいま -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 14:59:16
-おかか -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 14:59:23
-おかちっぱい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 14:59:27
-(GFCS3個あった・・・やっぱり春取ってたっぽい・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 14:59:46
-わかる>ハーレム -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 14:59:54
-演習終わった? -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 14:59:58
-いまからやるぞ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:00:04
-ししょー -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:00:56
-はい -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:00:59
-日鳥氏の「早霜デートバカスン -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:01:40
-早霜デートバカンス」なら1カットだけでちが早霜のゴスロリがあるでちよ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:02:09
-縛りあげて恥辱の表情をする早霜見たいです -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:02:15
-バカスン -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:02:18
-わかる>閣下 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:02:22
-同志よ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:02:30
-もしもしゲシュタポ? あいつです 閣下を逮捕して -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:04:10
-それを私室の扉からこっそり覗く秋霜ちゃん下さい -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:04:14
-ヒトラー暗殺計画辞めろ -- 旗風嫁閣下◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:04:28
-覗いてたら背後から捕まえられて一緒に縛り調教されるんですねわかります -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:04:45
-これが長いチンコの夜事件である -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:04:46
-当たり前だろ?<カウントT -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:05:01
-てなわけでこんち -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:05:34
-こんちっぱい -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:05:41
-今日は -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:05:42
-また独ソ戦が始まるぞ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:06:03
-それを目撃したハーレムをアウシュヴィッツ送りにする薄い本ください -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:06:07
-閣下と同志ニコライが揃った・・・来るぞ遊馬 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:06:08
-平戸― 平戸―  ひっらどー   -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 15:06:29
-こんにちは。欧州の天地が複雑でよくわかりません・・・? -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 15:06:39
-深夜3時ぐらいから試合して終わったの4時半ぐらいだったからクッソ疲れた -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:06:44
-需要ないのでムリかと<閣下 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:07:00
-早霜を縛り調教⇨目撃した秋霜も調教⇨目撃者したハーレムはアウシュヴィッツ送り -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:07:11
-つまりソ独同盟締結で世界から資本主義を滅ぼす流れですね -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:07:25
-誰だよ深夜3時に試合開始設定したやつ!(→ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:08:02
-それわいいらんくない?<閣下 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:08:03
-マジノ陸相「ドイツ軍など私が作った要塞で防いで見せる!」 -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:08:17
-ハーレムとばっちり過ぎてワロタ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:08:24
-実際マジノは突破させなかったのでセーフ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:08:42
-なおアルデンヌ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:08:50
-ハーレムはアウシュビッツ送りの刑期が済んだらシベリア送りの刑期も待ってるからな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:08:52
-(世界史サボってたんで第二次世界大戦で独ソが直接戦闘してたことをショスタコービッチの音楽で初めて知ったのは内緒 -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 15:08:54
-その流れだとハーレムも調教では🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 15:09:12
-レニングラードかな? -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:09:13
-アウシュビッツでメンゲレ医師が調教してくれるそうだ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:09:31
-うわwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:10:05
-アトランタと摩耶さまで放置してるやついやがるwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:10:19
-(森の歌→レニングラード、みたいな -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 15:10:33
-艦隊防空は完璧ですね! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:10:37
-アトランタ・摩耶・秋月型…これだ! -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:10:43
-水戦投げて連撃でぶん殴るだけだから楽だな -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:10:50
-潜水艦で潰そうwww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:10:57
-Atlantaは防空以外たいしたことないので戦闘機だけ入れりゃええやろ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 15:10:57
-アトランタ単体じゃないだけましかな -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 15:11:16
-アトランタは砲の旋回速度とか射撃の間隔とかも優秀だけど艦これでは関係無いもんな -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:11:55
-VFWが欲しいなぁ… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:12:12
-VSF? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:12:23
-VSL -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:12:32
-アトランタのDPS結構良いんだけどなぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:12:33
-完璧な防空っすねーーーっ攻撃機が来ないことに目をつぶればよぉーーー -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:12:56
-アトランタはT7のOPやん… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:13:11
-だったら戦闘機を突っ込ませればいいだろ! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:13:28
-最近そっちのお船インすらしてねえ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:13:45
-俺も、空母にウンザリしてきた -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:14:00
-芋ゲーじゃなければなあ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:15:12
-あとそこの駆逐、近くの艦と連携してないくせに空母に支援を求めるな -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:15:39
-空母のせいでだいぶオワコン化してきた感もある -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:15:48
-いや、孤立してるからこそ空母の支援が必要なんや -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:16:09
-孤立した戦艦を支援して戦線持たせてる反対側で支援要請されるとなあって -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:16:49
-拠点占領市内見方なんなん -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:17:12
-駆逐が孤立してるのがミスでないなら駆逐を支援したいが ただのアホなら助けてもなぁ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:17:37
-戦艦1と空母1で敵5隻くらい相手にしてるのに、なんで反対側味方5隻各個撃破されてるんです? -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:17:48
-空母のせいで隠蔽雷撃ができなくなった記憶 -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:18:18
-ワイが島影で敵に嫌がらせをしてる時に戦艦が敵に突っ込んで行かないで戦線維持して遅滞戦闘に努めて_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:18:25
-無能な味方が一番の敵って言われるからな よくあることや -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:18:28
-久しぶりにやるか -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:19:03
-そんな嘆きはFPSだけだと思ってたがどこも似たようなもんだな -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:19:24
-周回主義の戦艦は見方でも沈めたい衝動に駆られる -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:19:24
-まあ無能じゃなくても対面がユニカム分隊だったりするとどうもならんけどな・・・ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:19:54
-プエルトリコって艦は強いのかなぁ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:19:57
-腹減ったな -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:20:07
-何か食ってくるか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:20:17
-敵の空母が嫌ならひとまず味方の防空網に逃げ込んで仕切りなおせって思いながらやってた -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:20:19
-バイタル抜かれにくくて耐久性はいいらしい>リコ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:20:30
-ホーン(なお作る気なし -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:20:41
-アークロイヤルに二方面支援求めないでください -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:20:43
-ソードフィッシュの遅さは伊達じゃありませんので -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:20:59
-今のシステムで空母に両面は無理や -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:21:06
-駆逐の本業(スポット占領隠蔽雷撃) は空母がいると成り立たんくなるんやで -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:21:16
-足の早い日空でも無理 -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:21:19
-足の早い日通() -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:21:57
-マップ見ると、スポットというより突っ込んでるだけだなーって感じだったものでねえ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:22:00
-アークでそっちにちんたら足を延ばしたら東の戦艦沈むなーっと思って支援したら -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:22:28
-そりゃT6くらいの中ティアだったらなぁ… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:22:36
-その手のゲームで意思疎通にまさるものはないので -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 15:22:40
-マイクかったはいいもののやる仲間がいない -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:22:51
-戦艦支援してる間に西の味方尻から掘られてるのは草生える -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り7◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:23:16
-いっちゃ悪いけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 15:23:17
-はぁ…相手が白竜だ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:23:22
-ワイワイやるっていうならアレだけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 15:23:30
-通話して勝ちに行って負けるのは相当ヤバい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 15:23:46
-うーんZ-52が相手か、少々つらい -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:24:04
-ミドルはいいけどボトムで空母やってるととてもつらい -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:24:09
-前にT10でトップ取ってる翔鶴はいた -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:24:40
-うわぁ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:24:45
-米巡米戦並んでるとファーッwwwwってなる -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:24:48
-スポットしかできませんわよ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:25:01
-うわぁ、2000ダメ貰って枯れた -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:25:09
-対空あげるスキル一応つけてるがもしかしてナーフされたんかこれ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:25:37
-あれ? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:25:46
-でもな ユニカム分隊いるとそれだけで相当戦況傾くんだよな -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:25:54
-すずくまのダメが思いのほか出ない? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:26:01
-装備積んでるか? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:26:30
-4スキルの元対空手動はゴミスキルになってる 他はスキルとしては変わってない -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:26:34
-… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:26:45
-昼じゃおこわんこの装甲抜けてなかっただけだ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:26:55
-クソWG! -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:27:05
-あー瑞雲の熟練作れるようにならんかなー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 15:27:11
-高速+で昼連撃できないやろ? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:27:13
-E-6の特攻火力に慣れると通常海域での鈴熊が非力に感じる -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:27:18
-そらおこわんこを昼で殴り倒すのはちょっとミラクル要るで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:27:28
-夜戦でふつうに200~300出したわww -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:27:29
-T6空母使ってる時に見たくないのはノースカロライナ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:27:38
-4-5の港湾なら昼でも鈴熊の瑞雲算式補正で普通にボコれるはずだが -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:27:39
-高速道路走った後に一般道走ると遅く感じるよね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 15:27:45
-高速+だと偵察機のらないから>呉提督 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:27:59
-T8空母あるけどいまだにボトムしか引かん、そして負ける -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:28:04
-昼連撃出せればそりゃスッパスパよ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:28:06
-そんなルートの話は俺は知らん -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:28:15
-あいつがマップど真ん中に居座ってて、ちょっと近道しようとした瞬間消飛ばされたのはトラウマ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:28:17
-4-5爆砕 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:28:26
-アトランタ「許された」 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:28:27
-巡洋艦は沈めに行かなければまだ避けれるから・・・ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:28:43
-戦艦射程が長くて困る -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:28:50
-KW環礁沖って6-5だっけ? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:29:19
-そういえば対空特化のグナイゼナウとか居たなぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 15:29:24
-せやな -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:29:31
-グナイゼナウ食いに行ったら消飛ばされたことある -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:29:44
-ええ?>対空グナイ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:29:45
-草 -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:29:53
-めんどいなあ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:30:11
-ドイツ戦艦だし米戦ほどじゃないやろwwwってなめてかかったら -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:30:18
-(腹パンの構え) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:30:20
-ソーフィが消飛びましたよ、ええ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:30:30
-そりゃソーフィだもの -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:30:35
-アクロって英版加賀じゃないのん? -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:31:00
-加賀の性能はあんま分からぬ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:31:18
-T6艦載機マシマシ<加賀 -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:31:31
-アクロはまあ、艦載機足が遅いけど魚雷3射線で爆撃が強い -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:31:46
-とりあえずカスダメ~小破の子修理しなくちゃ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:32:17
-空母は同国ツリー艦同士くらいしか共通性ないと思うが・・・ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:32:31
-まあ6-5もそのうちやりや>ハーレム -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:32:35
-はい('ω') -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:32:42
-今月中にな(圧) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:32:47
-え? -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:32:51
-6-4・・・まだ割ってないんすけど -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:33:22
-しってる -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:33:28
-だから今月中にやるんやでっていう甘い条件ダルォ!? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:33:38
-(6-5って任務の時に最小回数だけ叩くもんじゃなかったのか・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 15:33:43
-(6-5任務があるねん) -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:34:01
-右側が完全に瓦解してしまった -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:34:16
-(任務だから、所定回数勝てば割らなくてもいいですよねろろろ>尊師 -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 15:34:34
-6-5は艦と装備揃ってたら運が良ければ1日1出撃ずつバケツゼロ個で割れるくらい簡単になっとるから毎月割るんやで -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 15:34:34
-(おっと、6-4の存在を忘れてました -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 15:35:00
-(たぶん任務回数だけでも割る以上の回数あると思うwww) -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:35:26
-(けど、6-4も任務なかったっけ? -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 15:35:29
-6-4はZ以外では長門型くらいだな -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:35:52
-Zと陸奥と最近だと泊地砲かなんかの任務がある<6-4 -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:36:38
-アクロは艦載機ごとに相手の相性が明確なのが特徴かなあ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:36:39
-(うーむ、二期開始後に全海域行けるようにして、そのあと任務が無い奴は忘れた・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 15:37:02
-それは多分AP爆弾しかもってない日空以外共通 -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:37:14
-AP爆弾使ってみたいなぁ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:38:05
-さて、修理休憩するか -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:38:20
-イギリスの水平爆撃は空母によく効くんだが -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:38:23
-というかT6以降の英空はHE爆弾強いから何でも焼ける -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:38:25
-アクロ機動性が最悪だから他の空母使ったら感覚狂いそう -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:38:38
-モンハンしよーっと -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:38:43
-日空は爆撃がAPしかないから駆逐が処理できない -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:38:52
-モンハンすりゅ? -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:38:55
-ああああ空母しね -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:39:25
-まあある意味日駆と同じだな スポットして巡洋艦に処理してもらうしかない -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:39:35
-すりゅけど、PS+まだ入れてないねんw -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:39:41
-CAPしてたら空母に探知されてボコられたわ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:39:47
-草 -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:39:51
-アクロは爆撃の貫通低いから戦艦には刺さらんのですわあ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:40:07
-泊地砲・・・80cmぐらいありそう -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 15:40:10
-英空母乗るか -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:40:33
-ドーラかな? -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 15:40:42
-重巡も上が厚いやつは相手にしづらい。ただ軽巡は全部当たったら半壊にできるし、駆逐も数が多いから避けられにくいし燃える -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:41:01
-まあ、ワールド仕様に慣れる練習にソロしてる感じだからねえ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:41:04
-重巡以上は雷撃、軽巡以下は爆撃、攻撃機はスポットメインかなあ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:41:40
-ひえー 狭いマップに同格だらけだァ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:42:05
-では堕ちますねーノシ -- 尊師プラトニック教(51重婚)乙提督◆71fabde5 2020-01-12 (日) 15:42:15
-おつ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 15:42:52
-空母がたまに何もないところで艦載機投げるのは何なんだ? -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:42:58
-空撃ちだと思われ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:43:17
-艦載機消耗を抑える戦術 -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:43:37
-先に艦載機をいくらか帰還させておいて、対空での損耗を抑える戦術 -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:44:13
-フル中隊でいくとバブルでいっぱいやられて息切れするから、1出撃の往復数稼ぐよりそっちのほうが手数が稼げるという思想 -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 15:44:46
-なるほど -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:45:02
-80cm三連装砲 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:46:08
-脚が遅いアクロでやるとあんま意味ないから私は全然やらないなあ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り8◆890c6ada 2020-01-12 (日) 15:46:09
-くっそ久々にwtやるかねぇ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:47:26
-8か月ぶりに開いたけどなんだこれ クリスマス? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:50:31
-魚雷スープだああああああああ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:52:03
-ギリ射程外だった… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:52:20
-マネT何やってるん -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:53:21
-撃沈されたか、場所取りが悪かったな -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:56:22
-WoWsね<ニコライ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:56:41
-あー船か -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 15:56:58
-WTに戻るか -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 15:58:30
-WT名前変えるのどうするんだっけ・・・ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:00:08
-WTのロゴの名前をクリック→ニックネームの変更 -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:02:10
-okありがと -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:02:21
-メルカバばっかりだなぁ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:03:32
-メルカバサンダー -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 16:04:24
-また従弟が遊びに来る予定だったのに車のタイヤパンクして今日は無理って・・・ええ・・・ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:04:53
-高速爆撃戦隊ペシュカファイブがいる・・・ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:06:39
-畜生リスキル野郎め -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:07:23
-結局ドイツ空に戻ることになる -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:08:41
-私が戻るべき空はソ連しかありません -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:09:02
-日本空もやれないことはないけど -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:09:12
-もうT-2ぐらいしか開発するもんがない -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:09:21
-双発戦闘機は一切手を付けてないけど -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:09:39
-空で思い出したけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 16:09:55
-ほげニキは空取り戻したの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 16:10:04
-お、陣風だ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:10:15
-あとファッキンP-59A -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:10:29
-ちょw目の前でペシュカが特攻したw -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:10:54
-FOX-4! -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:12:56
-ペシュカ「ソビエトバンザーイ!」 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:13:52
-特3型って何駆だっけ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:14:28
-6駆では -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:15:53
-6か、ありがとう -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:16:03
-操作ミスって地面にFOX4してしまった -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:18:47
-地面とキスしちゃったか -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:19:00
-https://www.pixiv.net/artworks/78607096  あぁ=~= ひらどちゃんかわいいんじゃぁー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 16:19:04
-メガネベッタベタにしてやりたいわぁ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 16:19:13
-たいほー -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:19:31
-燃えながら滑走路を占領しようとした勇敢なのかやけくそなのかよくわかんねえ奴のおかげで勝てた -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:25:12
-やっぱり8か月振りのWTはクッソ下手になってる まあ元から下手だけど -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:43:42
-うおージェリコのラッパうるせぇ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:46:45
-ううううううううううううううううううう -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:47:00
-ヴヴヴヴヴヴヴ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:47:08
-バイブ? -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:47:22
-あっ旗風さんどうかされましたか? -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:48:13
-嫁の比叡 加賀 Гангут Ташкент Верныйに常時装備させています -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:48:17
-逮捕 -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:48:28
-旗風「ちょっと総統地下壕に爆弾を仕掛けるだけです」 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:48:43
-独ソ戦が下ネタの方向で開催されておる -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 16:48:48
-クレムリン宮殿爆破するぞ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:49:22
-いやドイツここは世界に旗風派とТашкент派だけで支配する世界を作らないか? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:49:35
-それは、良いことだ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:50:01
-閣下に天山が...! -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 16:50:09
-ん? -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:50:27
-(瑞鳳の存在最近すっかり忘れていたとか言えねぇ) -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:50:45
-手始めに旗風Ташкент派の実力を示すためにバッキンガム宮殿とホワイトハウスを爆破しようじゃないか -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:50:46
-ビックベン忘れてるで -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:51:01
-ビックベンもサクラダファミリアもコロッセオも爆破しちゃう? しちゃう? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:51:33
-もう千年やり直すんだよがっしゃーん -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:51:51
-ロンドン橋も落とせ、童謡のようにな -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:52:22
-しれっと枢軸裏切ってるの笑う -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:52:28
-イタリアは途中で抜けたから.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 16:52:56
-あと国会議事堂も爆破対象だな! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:53:36
-星ごと爆破しろ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 16:53:56
-過激派かな -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:54:08
-大英図書館も爆破しろ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:54:43
-こうなったら月面ソビエト=ナチス二重共和国を作るしか・・・ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:54:56
-マイケル・ウィルソン「我が家に直接パーティの招待状が届いたらしいな -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 16:55:13
-ナチス=ソヴィエト二重帝国 -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:55:36
-最強か? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 16:55:42
-月面ナチスとかアイアンスカイかな -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 16:55:48
-ソ連の人海戦術+ドイツの技術 -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:56:02
-これだ…! -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 16:56:09
-さらにソ独の優れた軍事ドクトリンが合わさる・・・ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:56:35
-勝ったな 田んぼの様子見てくる -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:57:00
-どこかに自制心持ったトコは有りませんか -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 16:57:12
-ココの住民に自制心の文字があるとでも? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:57:58
-デスヨネー -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 16:58:07
-海は...?(ソ+独 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 16:58:42
-正直モラルもクソもねえと思ってるよ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 16:58:44
-ヒトラー「Uボートさえあれば十分じゃろ」 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 16:59:49
-ドイツの技術があれば潜水空母ぐらい作れるからへーきへーき -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:00:50
-(月面には陸しかないのでは・・・?? -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:01:15
-(月面Uボートはどこに潜るんだろう・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:02:01
-なら空中空母をつくるからダイジョーブ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:02:11
-モラルがあるのは私だけか -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り9◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:02:46
-月面Uボートは空中浮遊能力を持ち透明化するのが月面Uボートであります -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:03:09
-(初めに宙軍があって、そっから空地海に分離発展していくわけですね・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:03:31
-ナポレオン「吾輩の辞書にモラルの文字はない」 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:03:49
-落ちる -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 17:04:24
-おつう -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り9◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:04:46
-OTU -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:04:52
-(おつです -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:05:09
-手の皮がペロンペロンめくれてかなわんなあ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り9◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:07:25
-prprしたいのは山城だよ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り9◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:07:41
-prnprn -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:08:12
-Ташкентのロシア語講座 jervisの英語講座 romaのイタリア語講座 Z1のドイツ語講座 Richelieuのフランス語講座 Gotlandのスウェーデン語講座 De Ruyterのオランダ語講座 Prinz Eugenの日本語講座 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:10:18
-・・・プリン? -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:10:49
-( ˘ω˘)スヤァ -- 2020-01-12 (日) 17:11:55
-ズイウーン -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り9◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:12:07
-起きろ名無し!(顔飛び膝蹴り -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:12:14
-ツーユー -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り9◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:12:18
-わたしはただのななし -- 2020-01-12 (日) 17:12:41
-走ってきまー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 17:12:49
-Teruterubouzu -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:12:50
-サンマーッ! -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り9◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:13:25
-人間てるてる坊主 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:13:38
-なぁにこれぇ… -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:13:59
-ロイテルはよ出ろ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:14:14
-出ろイテル -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:14:29
-はやく出ロイテル -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:14:41
-掛け布団2枚 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:14:52
-あー神様どうか私にだけAK-12とAN-94が出るようにしてください -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:15:46
-(個人的にはロシア語よりスウェーデン語の方が発音難しい印象・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:15:55
-ロシア語は発音以前に読めない -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:16:10
-契約と資源をささげるのです>ニコT -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:16:25
-ロシア語の半分はギリシャ文字だからだいじょーぶ(嘘 -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:16:41
-あと5日だから一日10枚集めれば契約は50枚増える -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:16:51
-分かりました! 和服Tの資源を担保に資源融資してもらいます! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:17:11
-よくわかんないのでカレリア赴任させたろ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:17:36
-もしもし404部隊? ニコライという指揮官の始末を頼めるかな? -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:17:52
-もしもし叛逆小隊?和服っていう指揮官が鉄血に内通してるので始末してくれないかな? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:18:34
-社畜氏丙ならE5堀やればいいのに -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:18:57
-もしもし正規軍? ニコライ指揮官の基地焼いておいて -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:19:05
-カレリアには行きたくないで御座る -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:19:11
-もしもしクルーガーさん? あいつの首飛ばしといて -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:19:44
-もしもし将軍閣下? あいつの首(物理的に)飛ばしといて -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:20:32
-こわい -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:21:19
-もしもしカーター将軍? あいつの家族の家爆撃しといて? -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:21:21
-この流れだとカーター将軍に二人とも処される -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り10◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:22:05
-仲良死! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:22:17
-E5、アトランタ連れて散歩程度に行ってます。掘ろうとすると出ないので・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:22:52
-カーター将軍「こんな指揮官に世界の命運を預けていたのか・・・」 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:22:54
-ファンロードに漫画描いてた人で、キリル文字で日本語メッセージ入れる人が居たんで、日本語に使う音だけは読めるようになった。何の役にも立たんが。 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:23:46
-(低レベルアトランタ第1旗艦+高速統一という謎編成なので殴られ案件) -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:24:01
-英語と語幹が共通だったりすると意味が解る事もある -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:24:17
-十月革命さんとかな -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:24:29
-中学の社会科で「コミンフォルム」ってのが共産で情報っての知って「なんで英語?」って思った、そういえば -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:25:32
-日本だって外来語普通に使ってるしそういうもんなんだろな -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:26:19
-二番目まで低レベルじゃなけりゃええじゃろ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 17:26:57
-ロイテルは50周すればおおむね出る計算だが・・・ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:27:05
-операция второй СН -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:27:10
-あと40周今日中に回れるかしら -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:27:17
-気合があれば回せる -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:27:31
-借用語ごっそりあるしな  アウフヘーベンみたいに知らないと思って使いたがる奴も居るけど -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:27:40
-時間的な問題だよなー -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:27:44
-飯の時間とか削る覚悟があれば行けると思う -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:28:09
-ロイテルを掘っている間にG41が89になった -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:28:15
-まあヨーロッパ諸語の何割かはギリシャ語かラテン語なんで仕方ないですね(雑 -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:28:20
-ゲルマンかロマンスかですねって言ったら大体説明できるよねって -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:29:14
-ゲルマンとロマンスごった煮の現代英語が鬼畜 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:29:17
-最近はむしろ日本語が欧米諸国に浸透していってることが感慨深い -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:29:17
-Hentai -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:29:26
-Karoushi -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:29:39
-なぜそのワードを選んだのかな???? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:29:40
-otakuに一番馴染み深いじゃろ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:29:55
-真っ先に浮かんだのがこれだったからねしかたないね -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:29:56
-Geisyaとかね -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:30:14
-社畜ニキにはKaroushiがry -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:30:15
-sushi -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 17:30:28
-露仏同盟時代フランスに赴任したロシア兵士が飯早く!って意味で「быстро!」とよく言っていた これがのちにフランス語のビストロに -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:30:42
-エプロンと異分析の話とか -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:31:26
-日本人にsanをつけるのも当たり前になってきた感 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:31:35
-iwakawasan! -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:31:50
-あれ性別関係なくて便利って普及してるらしい -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:31:52
-iwagawa -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:32:02
-ヴェァッ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:32:21
-那珂ちゃん大破 -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:32:25
-カーンカーン -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:32:33
-ナントカ=サンは某忍者小説のせいな気もする -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:32:45
-じゃあこれからHentaisan!って呼ぼう -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:32:57
-karoshiかkaroushiか、あ、両方使えるんだな・・・(・_・)φ_ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:33:01
-|д゚) -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:33:27
-面白いから新人のロシア人の子に「お前それシベリアでも同じこと言えるの?」って言葉教えておいた -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:34:07
-怖い人が見えた気がしたけどみえない -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:34:15
-草 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:34:25
-('ω') -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:34:30
-こわっ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:34:36
-大丈夫あれタダのマイケル・マイヤーズだから -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:34:36
-自意識が女性だけど性的嗜好がおっさんのhentaisanかな -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:35:19
-そろそろ晩飯準備してくるわ ノシ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:35:44
-逝ってらtikusyousan -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:35:59
-誰だろう…?その変態さん -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:36:17
-てらー、あらもうそんな時間、宿題やらなきゃ・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:36:22
-宿題の問題文全部ロシア語に変換しておいたよ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:36:48
-・・・びゃあ! -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 17:37:07
-ありがとう。仕事の書類全部ひらがなにしておいたよ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:37:14
-ボーキ捨て場  https://twitter.com/ehniwaka1125/status/1216242945830969345 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 17:37:31
-地味にそれは助かるような -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:37:32
-地味にうざいw>ひらがな -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り11◆890c6ada 2020-01-12 (日) 17:37:37
-ひらがなだけのぶんしょうってものすごくよみづらいよおもうんですよ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:37:49
-仕事の書類全部半角カタカナにしておいたよ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:38:03
-まずタイポしてる時点でダメだわ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:38:08
-ハイ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:38:30
-ひらがなオンリーはマジで読みづらいからな -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:38:47
-全部カタカナにして反転させなきゃ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 17:38:48
-まあ日本人がロシア人に漢字の書き方聞いて ロシア人が日本人に綴り聞いてるような職場 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:38:57
-ハンカクカタカナガイチバンヨミニクイッテオモッテマス -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:39:01
-じゃあ全部書類言語漢文にしておくね -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:39:31
-漢文ってきつくない…?読めないことはないだろうけど -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:39:46
-レ点とかは書きません -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:39:54
-ルメトモ ヲンエウユシ ツメハ イカハ ンネヤジルナウコウス ノズルエヴンイ イシマタノラレワ ルナクアヤジ テシニイスンユジ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 17:40:02
-ドントシンク フィール -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:40:14
-あばばばばばー 何言ってるか全くわからん! よし! 砲撃開始! -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:40:33
-とりあえず殴るね みたいな対応やめろ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:41:20
-とりあえず🔥🐷🔥 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:41:41
-完Sで青背景は萎えますね。。 -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 17:41:46
-やめろ! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:41:53
-🍖🐷🍖 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:42:08
-🤔🤔🤔 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:42:17
-目標東経一〇五、北緯二〇 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:42:29
-🚛----(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`) -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 17:42:31
-フレッヂャァァァ出た? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:43:12
-フレッヂャァァァ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:43:27
-電探手に入れた? -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:43:29
-なんのこったよ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:43:53
-ぐふかすでんたん -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:44:00
-らんらんが食べたよ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:44:47
-二人目出ませんね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:44:49
-あんま掘ってないけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:44:56
-フレッチャーよりフレッヂャァァァのほうが先に出てくるようになったんだけどどうしてくれんの -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:45:02
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:45:09
-草 -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:45:11
-フレッチャアアアアアが出やすくなったよ -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:45:18
-恐らくレニキあたりが一番ひどい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:45:22
-ただいま -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 17:45:24
-BAN -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:45:30
-れすまほししょーがひどい? -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:45:47
-フレッヂャァァァのために丁に落としたのに掘れず、ただGFCSを捨ててしまっただけとか間違っても言うんじゃねーぞ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:46:49
-キレたわ(代理) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:47:04
-だぞ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:47:06
-試製356何本あればいいかなあ… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:47:11
-カウントニキキレさせるとか -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:47:22
-8本くらいかなあ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:47:23
-岩川ニキ怖いもの知らずやな -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:47:31
-ぐふかす電探4つないなんていうんじゃねぇぞ! -- 時雨提督◆ececf904 2020-01-12 (日) 17:47:40
-ん? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:47:41
-今 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:47:50
-7-1に来てたつもりが1-5にいた(3戦目でやっと気づいた) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:47:52
-3戦目 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:48:01
-流されたとこ? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:48:53
-流される直前 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:49:03
-相手が潜水だからか -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:49:19
-どうしよう オロオロオロオロ -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:49:22
-どうしたの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:49:30
-なんで吐いてるの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:49:36
-資源なくなるまで大建して -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:49:38
-息子が「恥丘って漢字でかけるようになったよーーー!!」って言ってきた -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:49:43
-なんて反応しよう・・・ -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:49:47
-英才教育やめろ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:49:52
-シラガニキ子供居たの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:50:09
-股間に息子が二本おります(照 -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:50:24
-シラガニキ鮫だったの -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 17:50:44
-二本あるならペン持てるね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:51:51
-こんなんでも家族サービス旺盛な父親なんだよなぁー -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 17:52:03
-ね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:52:15
-チャットと現実の落差こわいぜぇ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 17:52:16
-こんなん→ -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:52:23
-時折のぞく素のシラガおじさん見ると真面目な人なんだろうなと思いますね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:52:38
-シラガニキ変な人だけど時々真面目なのが玉にキズ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:52:43
-攻略だけは真面目だぞ(エッヘン -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:52:56
-仕事も真面目でしょ? -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:53:05
-真面目にみえる? -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:53:12
-真面目な人が必死に変態のペルソナを被ってるの想像すると泣けてくる -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:53:27
-がんばれシラガニキ!負けるなシラガニキ! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:53:43
-哀しいキャラ付けしないで!! -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:53:43
-ワイも根は真面目だけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:53:57
-🐷のペルソナ被ってる -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:54:14
-根はマジメな豚肉候補ですか? -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:54:14
-でも🐷じゃん -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:54:23
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:54:29
-ト瑞鶴さんは霞ちゃんのパパになりました #霞ちゃん子作りチャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/693334 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 17:54:45
-だから指が勝手に1-5に行くのやめろ(おこ) -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:55:05
-1-5しか行けない体にされたの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:55:36
-1-5行こうとしたらE6行きかけたことならありますね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:55:41
-チャンと画面見てプレイしてっていう意見は締め切りました -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 17:55:55
-ワイも東急2いこうとして1行ったりする -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:56:07
-チャン「遺憾である」 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:56:08
-東急2から1なら何も起きないのでセーフ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:57:38
-しぐてーのツイ消しを見てしまった -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:57:44
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:57:44
-逆なら死 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:57:53
-死んだ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:57:58
-死なないで -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:58:08
-もう少し -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 17:58:21
-両方軽巡旗艦で出しちゃえばええねんな -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 17:58:24
-今死んだら保険入れたばっかだから保険金降りない -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:58:32
-マ?がんばる -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:59:01
-うん -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:59:05
-死んだ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 17:59:10
-は? -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 17:59:15
-ニコライ提督さんは清霜の為に戦艦になれちゃうかもしれないマッサージを施しました#霞ちゃん子作りチャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/693334 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 17:59:23
-🐷さんは入れる前に果ててしまいました #霞ちゃん子作りチャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/693334 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:00:13
-ジェイソンってNY行ったことあるんだ -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:00:39
-らんらんの保険がおりる.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:01:04
-🤔さんは鎮守府も危険がいっぱいなので対馬を安全な自分の寝室に匿いました #霞ちゃん子作りチャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/693334 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:01:08
-清霜に子宮マッサージして性に目覚めさせるのください -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:01:16
-やさしい -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:01:17
-不審者にやさしいって言ったじゃん(憤怒) -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:01:39
-岩川ニキ……… -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:01:49
-湯婆婆「フン。ト瑞鶴というのかい?贅沢な名だねぇ。今からおまえの名前は貧だ。いいかい、貧だよ。分かったら返事をするんだ、貧!!」 #湯婆婆命名チャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/696416 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:02:09
-ください、であってやりたいではないから不審者ではないです -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:02:14
-貧です -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:02:18
-おい貧乏人 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:02:28
-くださいの時点でアウトですね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:02:33
-気を付けろそのうちキングボンビーかなにかに変身するぞ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:02:49
-湯婆婆「フン。ニコライ提督というのかい?贅沢な名だねぇ。今からおまえの名前は闇だ。いいかい、闇だよ。分かったら返事をするんだ、闇!!」#湯婆婆命名チャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/696416 -- ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:03:00
-アッ -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:03:12
-はい闇堕ちしました -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:03:16
-7-1の3戦目で警戒陣選んだ... -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:03:29
-闇のソ連総督とか明らかにヤベエ奴 -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:03:31
-湯婆婆「フン。🐷というのかい?貧相な名だねぇ。今からあんたの名前は大型サメ映画🐷だ。嫌かい?だがあんたがこの名前を受け入れない場合、誰がこの名前になると思う?万丈だ」 #湯婆婆命名チャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/696416 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:03:37
-🦈 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:03:42
-おいサメ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:03:54
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:04:11
-🐷🦍🍆🦈 -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:04:18
-鮫なのか豚なのかはっきりしろ -- カウント@平常運転◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:04:33
-! -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:05:02
-サメ映画で犠牲になる豚なのでは -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:05:10
-かなしい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:05:34
-謎の存在 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:05:38
-これが新型生物ブターク(butark)か -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:05:46
-和服提督さんは戦艦レ級のおもちゃと化しました #霞ちゃん子作りチャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/693334 -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り12◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:06:34
-頭は豚 胴体はサメ 尻尾はナス -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:06:35
-ハーイジョージィ… -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:06:42
-レ級とあれやこれやしていいということですね? -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り12◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:06:55
-(サメ映画の冒頭で犠牲になって深海勢として主人公グループの前に現れて最終決戦で元親友と再会してどかーん、みたいな・・・? -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 18:07:13
-違うぞ レ級に物理的に解体されるのだぞ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:07:17
-おもちゃ(サンドバッグ) -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:07:18
-ふぇぇ…E5いきたくないよぉ… -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:07:48
-(╹◡╹) -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:07:55
-はよいけ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:08:06
-さもないと -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:08:28
-ニコライ提督さん主演のAVタイトル 有名女優の●●●3分 声出し禁止で10万円ゲット!#男性のあなた主演のAVタイトルったー#shindanmaker https://shindanmaker.com/959076 -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:08:35
-えっもう掘り終わったんじゃないんですか -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 18:08:35
-誰掘るの? -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 18:08:41
-平戸はもういいよね! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:08:47
-そもそも掘っていません -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:08:51
-ヒラッドオォォォ でいいかな -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 18:09:07
-審議拒否 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:09:20
-既視感のある叫び声ですね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:09:21
-フレッヂャァァァ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:09:32
-よって死刑 -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:09:34
-(╹◡╹) -- 2020-01-12 (日) 18:09:38
-フレッヂャァァァ -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 18:09:38
-フレッヂャァァァ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:09:46
-おはげ(╹◡╹) -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:09:54
-フレッヂャァァァ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:09:54
-狭霧か -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り13◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:09:58
-ko -- 2020-01-12 (日) 18:10:02
-ウント -- 2020-01-12 (日) 18:10:09
-秋霜出たので撤退したけど平戸もやったほうがいいのかなって -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:10:19
-アキジモォォォォx -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:10:37
-こんばんちゃ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 18:10:52
-こんばんみ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:11:10
-ちゃ -- 2020-01-12 (日) 18:11:16
-キラ付けって1-1で被害担当君が掘れるから高練度まるゆより効率いいのな -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 18:11:37
-ほげさんは柱島に島流しされました #霞ちゃん子作りチャレンジ #shindanmaker https://shindanmaker.com/693334 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 18:11:40
-ほげニキ…… -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:11:57
-ほげニキ..... -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:11:59
-つら… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 18:12:04
-柱 島 へ よ う こ そ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り13◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:12:09
-お土産買ってきて -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:12:11
-旗風嫁閣下さんはイベントで毛根が全滅しました -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 18:12:17
-こわ… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 18:12:20
-水爆や空母をキラ付したときに雇ったバイトで戦艦キラ付すればお得 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:12:21
-ランカーやらない勢には柱はむしろサバ安定してるからいいサバ定期 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:12:21
-3群すら辛そう -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:12:21
-ほげTみたいになったのか -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 18:12:23
-ようこそ柱島(じごく)へ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:12:32
-ベルリン包囲するね -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 18:12:39
-元から死んでるから問題ないだろ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:12:46
-シュタイナー師団さえ来れば… -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 18:12:52
-シュタイナーが降伏ししました -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:13:06
-ぐおおおお -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:13:10
-オラッ出てこい(バンカーを吹き飛ばしながら) -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 18:13:11
-来たところでどうにもならない定期 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 18:13:19
-柱島はいいぞ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:13:22
-おいで -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:13:28
-今さあなたがVtuberになったらって診断メーカー使ったんだよ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:13:30
-岩川ニキ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:13:35
-はい -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:13:39
-酷いことになった -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:13:44
-『岩川』ニキ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:13:53
-はい -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:13:58
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:14:02
-ヒトラーユーゲントさえ来ればソ連軍を撃滅して我々を救ってくれる・・・ -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 18:14:02
-岩ゴリラニキ! -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:14:04
-ヒトラーユーゲントが離反しました -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:14:17
-裏切りは許さないゾ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:14:18
-岩川ニキが柱島ニキに -- 貧◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 18:14:24
-ヒェッ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:14:27
-皆裏切り者だSSでさえも! -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 18:14:34
-柱川ニキ! -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:14:48
-恥さらしだ! -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:15:33
-岩川はよいところ一度おいで -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:15:51
-陸軍共が士官学校で習ったことはナイフとフォークの使い方だけ肝心の軍事はまるっきりわかっとらん!(ヒトラー最後の12日間より) -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 18:16:34
-ところで大本営私が数年前に申請した舞鶴への転属願いはどうなりました -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:16:53
-そんなものありましたっけウフフ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:17:13
-棄却されました -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 18:17:16
-・・・よし大本営に突撃じゃ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:17:34
-席をご用意できませんでしたでしょ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 18:17:43
-のりこめー! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:17:43
-椅子取りゲームに負けたやつ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:17:58
-あっ大本営突撃の首謀者はこのらんらんです今すぐ出火してください -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:18:28
-岩柱 -- 2020-01-12 (日) 18:18:35
-G41が5Linkになったぞい -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り13◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:18:42
-ロイテルも出たんやろなぁ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:19:06
-柱島の正式名称って人柱島でしょ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:19:10
-岩の呼吸 -- 2020-01-12 (日) 18:19:58
-ウゴゴ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 18:20:07
-まだロイテル出とらんぞい -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り13◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:20:11
-ロイテルな~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 18:20:28
-ロイテルなら私の膝の上にいるから一生出ないよ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:20:30
-早く出ろ言ってるwwwww -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 18:20:36
-これといった性能じゃないのがね~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 18:20:44
-なに言ってんだ夜戦(意味深)性能が高いじゃないか -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:21:03
-え -- 2020-01-12 (日) 18:21:17
-え -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:21:58
-次はカルカノ妹でも育てるか -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り13◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:22:21
-カルカノ姉妹気が付いたらどっちも98になってた -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:22:52
-アブルッツィがいるしな~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 18:23:04
-AP溢れてた -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り13◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:23:16
-つら -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り13◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:23:18
-というか4式ちゃんかわいい犯していいですよね いや犯させろ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:23:23
-もしもし正規軍? -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り13◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:23:38
-はいもしもし正規軍です -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:23:49
-詐称するんじゃない(腹パン) -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り14◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:24:42
-いやねだって縞パンだよ?しかもロリ体系だよ? -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:24:48
-もしもし憲兵? -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り14◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:24:58
-ブフォ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:25:00
-もしもしこちら憲兵です -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:25:22
-追加された日本銃どっちも下着がかわいいんだよなぁ最高 -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:26:13
-王将の餃子旨い -- 2020-01-12 (日) 18:29:14
-(´~`)モグモグ -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 18:30:38
-(´~`)モグモグ -- 2020-01-12 (日) 18:31:01
- (´~`)モグモグ ペッ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 18:31:48
-おいー! -- 2020-01-12 (日) 18:31:59
-絵が下手過ぎて7割まで進めて2に戻るを繰り返してる -- ほげ◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 18:32:09
-チーター -- 2020-01-12 (日) 18:32:34
-https://twitter.com/goto123kokutoh/status/1215282898909057029 -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 18:34:11
-離席 -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 18:34:35
-ノノノ -- 2020-01-12 (日) 18:34:59
-こんな悲しいエピソードがあったなんて・・・ -- 2020-01-12 (日) 18:35:21
-T不利引いて第二旗艦仕留め損なった -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り15◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:35:35
-だからと言って6-2で許されるわけじゃないけど -- 2020-01-12 (日) 18:36:06
-ちょっち寝るか -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り15◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:36:20
-おやす -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り15◆890c6ada 2020-01-12 (日) 18:36:22
-すやー -- 2020-01-12 (日) 18:36:27
-よし、メイドインアビス開始前に色々片付けれた -- 2020-01-12 (日) 18:56:53
-なんかアビスボート思い出した -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 18:57:40
-調べたら古いゲーム出てきた -- 2020-01-12 (日) 18:58:26
-青紫超先生やぞ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 18:58:40
-どんな切ないエピソードがあろうと、砲撃戦開始までにPTが落ちなかったらダイソン化するので、砲撃戦までに死ね -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:00:26
-天城二隻目.... -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:00:43
-いやあの....その.... -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:00:49
-んばんば -- 2020-01-12 (日) 19:00:49
-デロイテル.... -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:00:51
-ぐふふ -- 2020-01-12 (日) 19:00:57
-それはパプア君.... -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:00:57
-ええやん雲龍型2セット持ち -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:00:59
-天城はレアやぞ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:01:04
-ほげニキ、上達させるには1にも2にも完成させることやぞ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:01:10
-改装するのに設計図喰うからちょっとねぇ.... -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:01:11
-メイドインアビス後編やれないと思ってたわ -- 2020-01-12 (日) 19:01:12
-パプア? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:01:20
-あと未改造と改でグラが全く違う( -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:01:30
-未改造と改の両持ちやぞ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:01:30
-んばば -- 2020-01-12 (日) 19:01:32
-雲龍型の未改造、雲龍以外はなんか弱くて改造してしまった  雲龍だけ未改で残ってる -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:02:35
-雲龍は是非とも二隻もちしたい....(ゲス) -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:03:04
-雲龍型って能力同一じゃなかったっけ、微妙な差あり? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:03:13
-いきなりネット接続ロスト下から焦った -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:03:14
-明日は1日外だなぁ -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:03:15
-びみょーに差がある -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:03:25
-今年は支援でなくて主役(?)だから楽しみネー -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:03:37
-火力が1違ったりとかだけど -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:03:43
-ニコニコのランキングで異種族レビュアーズってあって、なんやこのどっかで見たことのあるようなネタのアニメはって思ったら -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:04:00
-天原 -- 2020-01-12 (日) 19:04:15
-R18のときの異種風俗クロスレビューの一般版だったのかw -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:04:18
-駆さ -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:04:24
-草 -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:04:26
-異種風俗クロスレビュー>この時点で破壊力高い -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:04:45
-ほんとにレビューしてるから -- 2020-01-12 (日) 19:05:12
-異種風俗ってオークとかエルフとかでも取り揃えてるのかね -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:05:20
-さらに草 -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:05:22
-そやで -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:05:25
-1話は翼人とエルフ -- 2020-01-12 (日) 19:05:50
-エルフからオーク、スライム、ハーピー(鳥型)、ケンタウロス(四つ足?)とか思い付く限りでもこれだけいる -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:05:55
-そろえてるんかーい -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:06:25
-異種なんだから当然やん🤔 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:06:40
-ただいまー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:06:45
-おかライト -- 2020-01-12 (日) 19:06:53
-メイドインアビス始まってるぞ -- 2020-01-12 (日) 19:07:04
-レビューする側も人間以外いるしね -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:07:07
-小人(ピクシー?)とか考え出すとさらに大変ネー、レビューするがわも多彩になりそうだし -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:07:19
-アビスアビス、みたいみたい -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:07:26
-MX -- 2020-01-12 (日) 19:07:35
-ショゴスもいますか -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:08:32
-そのうち旧支配者でも出てくるんじゃね -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:08:47
-雲龍以外が弱かったってのは出撃させてみた感想でしかないからなぁ  微妙な能力差というより大破しまくった(雲龍はしなかった)ってだけ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:08:47
-貞操逆転世界とか、天原氏はいろいろおもしろい設定考えるよね -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:08:54
-あー、あれもそのヒトの作品なのか>貞操逆転 -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:09:26
-貞操逆転はいい発想 -- 2020-01-12 (日) 19:09:30
-600キロカロリーほど消費してきた -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:10:28
-万年提督って、貞操逆転世界の男子っぽいよね(ぇ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:10:39
-女子力 -- 2020-01-12 (日) 19:10:54
-ェ? -- ( ; ´°ω°` )カッ◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:11:06
-それってあれか -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:11:09
-600㌔㌍=6-2張り付き3時間 -- 2020-01-12 (日) 19:11:39
-女死力 -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:12:21
-わ、ワイは普通の男子大学生ですが....(シマイシマイ) -- ヌッ( ;´ °ω° `)◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:12:24
-な、なにもおかしいところはナイデス! -- ヌッ( ;´ °ω° `)◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:12:37
-何言ってるんだ万年はまだ幼稚園生でしょ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:12:54
-https://www.dlsite.com/maniax/work/=/product_id/RJ157475/?utm_campaign=newakiba&utm_medium=content-text&utm_content=rj157475&argument=6Q9wYwKe&dmai=a5bf2fc3035260 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:12:58
-これこれ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:13:00
-これなんかエロマンガなんだけど抜けない しかしながら川島さんかわいいんだよななんか -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:13:55
-エロより、話的におもしろい -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:14:12
-こんなにシリーズ出てたのか -- 2020-01-12 (日) 19:14:25
-あー -- ヌッ( ;´ °ω° `)◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:14:31
-これ読んだことあるな -- ヌッ( ;´ °ω° `)◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:14:41
-膨れ過ぎまんぬん つ針 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:15:15
-風呂った -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:15:37
-👀 -- 2020-01-12 (日) 19:15:52
-どぼおつ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:15:53
-ほげニキ、上達には1にも2にも完成させることだって名言おいて飯いく -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:16:11
-パァン -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:16:12
-南西諸島の遠征、けっこうがっつり小破して帰ってきた -- 2020-01-12 (日) 19:16:35
-わかりみが深い -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:16:36
-まんぬんの中身が飛び散った  ビチャぁぁ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:16:36
-やぁ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 19:16:40
-やぁ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:16:45
-ばんわ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:16:49
-バンヤァ -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:17:00
-納得いく完成品を作らないと上達しなくない?とは思う -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:17:03
-イモウットにメレンゲを作れと言われ -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:17:29
-腕が痛い今日この頃 -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:17:35
-かわいそう -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:17:47
-腕が痛い?旋盤作業してハンドル回しまくれば治るよ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 19:17:56
-やぁ -- 2020-01-12 (日) 19:17:57
-破裂したまんぬんは掃除機で吸い取りましょうね -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:17:57
-ハンディミキサーをほしいな....っとウッスラ思ったぬんぬんである -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:17:59
-意味なくメレンゲを作る万年提督 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:17:59
-こばわんおっぱちっぱん -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 19:18:20
-体中の穴から血吹いてる -- 2020-01-12 (日) 19:18:22
-さっきオーブンに突っ込んでたからたぶんメレンゲクッキー -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:18:28
-こんばんイカ腹ニニ -- 2020-01-12 (日) 19:18:29
-焼きメレンゲともいう -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:18:33
-ワイは喰ってないが.... -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:18:42
-八極拳奥義でもくらったのかな>血 -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 19:18:48
-せやニコライ、サーバーはいつ開くんだい? -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 19:19:14
-くたびれ儲けの典型かな -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:19:34
-カウントお師から華雲斗爆烈拳グアッー -- ヌッ:::::'::°꒳°:::::''◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:19:42
-0(:3)~酷い仕打ちである -- パァン:::°::::꒳::°:::'◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:21:37
-見た目がキモイので真面目になんとかして -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:22:05
-言われて改めてみたら確かにキモかった -- 2020-01-12 (日) 19:22:45
-どうにかした -- (*°◡°*)◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:23:22
-間抜けな顔だなぁ.... -- (*°◡°*)◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:23:40
-か、かわいい・・・ -- 2020-01-12 (日) 19:23:48
-バカっぽい -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:23:48
-ニコライがいなくなってしまった -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 19:23:55
-(*°◡°*)ニキって呼ぶのめんどくさいのでまんねんに戻してくれませんか -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:23:56
-あい -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:24:51
-瑞鶴にしては安いhttps://sp.seiga.nicovideo.jp/seiga/#!/im10008618 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:25:11
-はいさ 完全にyoutube見ることに集中してた -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:25:14
-そんでばかやってるまんぬんは裏でちゃんと堀してますか? -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:25:17
-マネTまあ11時ぐらいに開くかも 今からちょっと出かけるから時間は変わるかもだけど勘弁して -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:25:56
-つべってロシアでも見れるの? -- 2020-01-12 (日) 19:25:57
-ミスった -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:25:58
-改造して、装備枠あふれてしまった(ぉ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:26:06
-ロシアは大丈夫では -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:26:10
-パジャマ乾いてないのほんとクソやん… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:26:10
-室内で乾かすのDeath -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:26:34
-放送切られたりしないのか -- 2020-01-12 (日) 19:26:45
-下にファンヒーター置いて -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:26:45
-アメリカではあなたがインターネットを見る ソビエトロシアではインターネットがあなたを監視する -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:28:12
-アメリカでもインターネットが監視してる🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:28:54
-はい -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:29:12
-はい -- 2020-01-12 (日) 19:29:18
-(¦3[____] -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 19:29:19
-🔥 -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:29:22
-ソビエトロシアはテレビがあなたを視聴する!では(マジれす -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 19:29:25
-🐷 -- 2020-01-12 (日) 19:29:27
-100%監視されてない国なんてあるのん? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 19:30:41
-じゃ私は出かけてくる 一応11時に開く予定だけど遅くなるかも -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:31:17
-ノノノ -- 2020-01-12 (日) 19:31:26
-じゃあの -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 Y4M1N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 19:31:27
-これがニコライを見た最後であった -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:31:38
-拿捕 -- 2020-01-12 (日) 19:31:45
-血吹いたり神経縫ったり -- 2020-01-12 (日) 19:32:03
-ニコライTはつけてる仮面を他のヒトが被るとその人が新たなニコライTになるから.... -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:38:45
-ウィークリーこなしたから5-5絡みやってくかな -- 2020-01-12 (日) 19:39:13
-メイドインアビスの作者やべえな -- 2020-01-12 (日) 19:40:24
-捕まったの? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:41:26
-いつか -- 2020-01-12 (日) 19:41:43
-まだ捕まってないならるろうに剣心の人よりはマシでは -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:42:04
-るろ剣は復活したからな、なんだかんだ -- 2020-01-12 (日) 19:42:47
-一発懲役になる可能性がアビスの人にはある? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:44:11
-男児への執着が凄そうだからな -- 2020-01-12 (日) 19:44:38
-「まだ」なにもしてないから.... -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:45:04
-というか他人を「ロリコンだから本当に手を出しそう」とか考えるのはちょっと.... -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:45:28
-ぐぐったら、高血圧の薬で頻尿になったってくだり -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:45:35
-どんなきつい薬飲んでるんだ? -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:45:51
-この人の場合はショタコンだけどさ.... -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:45:54
-じゃあまんぬんちゃんのお尻で我慢しよっと -- 2020-01-12 (日) 19:46:23
-ンヒイッ?! -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:46:28
-5-5やるまで毎秒ケツから唐辛子注入の刑 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:46:46
-誰が高血圧の薬飲んでるの -- 2020-01-12 (日) 19:46:47
-そこは出す穴であって!いれる穴ではないのだ! -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:46:49
-( ˘ω˘ ) -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:47:00
-提督は身体がズタボロ -- 2020-01-12 (日) 19:47:06
-すやー -- 2020-01-12 (日) 19:47:11
-チーン -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 19:47:13
-( ˘ω˘ ) -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:47:23
-んじゃ口に毎秒唐辛子の刑ね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:47:37
-ばんわー -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 19:47:38
-わ -- 2020-01-12 (日) 19:47:42
-おはよう_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:47:51
-進捗どうですか -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:48:01
-3人中破したら7-1切り上げるつもりなのに全然中破しねえ -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:48:01
-19時です -- 2020-01-12 (日) 19:48:04
-進捗だめです -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:48:16
-ラスダンに1回失敗して -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:48:16
-陸攻の熟練度をつけてたら -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:48:25
-な那智メシマズっこ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:48:26
-ななち -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:48:29
-ネ落ちした -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:48:32
-寝落ち -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:48:35
-な 那智 っ!!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:48:37
-妖怪残2 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:48:39
-ネ堕ちェ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:48:40
-那智も料理苦手そうではありそう -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:48:46
-酒の肴だけ作りそう -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:49:03
-そういやイベント終了まであと40時間程度かぁ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 19:49:09
-羽黒→妙高→足柄→那智の順 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:49:10
-今夜 鹿屋Tの枕元に那智が立つ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:49:19
-すーぐ近づく -- 2020-01-12 (日) 19:49:22
-ネ級を快楽堕ちさせる話してた? -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:49:34
-んなぁ? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 19:49:43
-5-5絡みの任務って6-5行くのも多いな -- 2020-01-12 (日) 19:49:47
-ほげニキをネ堕ちさせてE6ボス前に置く話ならしてた -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:49:52
-こわ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:49:58
-6-5もいい加減解放しないと -- 2020-01-12 (日) 19:50:02
-ほげニキがネ級になるのか -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:50:06
-おいでー おいでよー ひらどおいでー おいでー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:50:09
-ハンマーで頭潰されるんか -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 19:50:12
-謎コラすき>https://pbs.twimg.com/media/EODyySyUUAES_Hn?format=jpg&name=medium -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:50:13
-6-5ならすぐできるでしょー -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:50:16
-みじょかー -- 2020-01-12 (日) 19:50:20
-特効駆逐絶対潰すウーマンになるわ… -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 19:50:29
-ほげニキを弾着観測でぶっ叩いて良いと聞いて -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:50:34
-上手いなぁ>コラ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:50:37
-6-4一回だけ削ってほっておいてる -- 2020-01-12 (日) 19:50:38
-ワイコラへたくそだからクソコラしか作ってない -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:51:08
-Z前段毎回やってたら1年たてば終わるよ(ぉ -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:51:13
-アトランタはなんでこんな睨んでくるの -- 2020-01-12 (日) 19:51:17
-ㄘㄘをㄟ⁰ㄋㄟ⁰ㄋㄜㄝㄋ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:51:21
-えぇ・・・ -- 2020-01-12 (日) 19:51:28
-最新作ですご査収ください。 https://i.imgur.com/4oeXNIk.png -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:51:49
-ちんちん? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:51:55
-危険すぎる -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:52:11
-あああああああああああ、のやつに続くのね -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:52:16
-安全行動🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:52:20
-ご安全に! -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:52:22
-ヨシ! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:52:32
-何を見てヨシって言ったんですかねぇ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:52:43
-(生命保険かけたから)ヨシ! -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:53:00
-ヨシ! -- 2020-01-12 (日) 19:53:11
-清明保険 -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 19:53:15
-何がどうヨシなのか小一時間 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:53:17
-おはようございます! 航空機搭載給油艦,平戸です! 皆さんのサポート,頑張ります!  よっしゃーーーーー 平戸出たーーーーー!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:53:27
-マネージャーっぽい平戸ですね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:53:39
-速吸 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:53:40
-いつから給油艦に.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:53:43
-すいすい -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 19:53:44
-いるんだなあそこ -- 2020-01-12 (日) 19:53:49
-さてと -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:54:17
-速戸 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:54:19
-ラスダン行くか -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:54:23
-このヨシ!は定期的にあるケツ穴から空気入れで腸破裂する事件並みによくありそう -- 2020-01-12 (日) 19:54:45
-定期的にあるんか、怖い -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:54:59
-馬鹿がエアコンとケツを繋いで死ぬよな -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:55:26
-定期的に -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:55:30
-年に3回くらいニュースでやってるでしょ、ケツ穴 -- 2020-01-12 (日) 19:55:33
-🤔 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:55:36
-🤔 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:55:44
-エアコン(エアーコンプレッサー) -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 19:55:45
-あー、コンプレッサーね -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:56:04
-いや、やっぱりおかしいやろ🤔 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 19:56:12
-エアコンプレッサーだろ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 19:56:20
-一瞬納得しないで>野良提督 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 19:56:26
-ぐおおお -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 19:56:32
-パパス -- 2020-01-12 (日) 19:56:37
-ぬわーっ! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:56:44
-らんらんが... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:56:44
-餃子かぶりついたら -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 19:56:48
-熱くてはげた -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 19:56:53
-歯が折れたんじゃないからヨシ! -- 2020-01-12 (日) 19:57:09
-らんらんの歯がはげちゃったの -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:57:41
-王将の餃子うみゃぁぁ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 19:57:45
-体内が熱いんなら外を熱くすれば実質やけどしないのでは -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:57:45
-🔥🐷🔥 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:57:58
-やめろ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 19:58:02
-はげた? -- 2020-01-12 (日) 19:58:19
-それ焼肉ゥ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 19:58:27
-緑のうんちを頭に被せて隠さなきゃ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 19:58:36
-かくれるの? -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 19:58:51
-こんはげー -- 2020-01-12 (日) 19:58:53
-こん -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 19:58:59
-俺も今晩王将の生餃子焼いて食べたんだけど -- 2020-01-12 (日) 19:59:21
-奇遇やね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 19:59:32
-らんらん丸に監視されてた? -- 2020-01-12 (日) 19:59:36
-ワイもだわ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 19:59:38
-餃子パーティー?よばれてない -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 19:59:58
-うそ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:00:04
-6個しかないから -- 2020-01-12 (日) 20:00:08
-100回くらいポケベル鳴らしたのに -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:00:21
-1人前で足りるの? -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 20:00:22
-五航戦1セット出荷 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:00:26
-えっ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:00:28
-ワイPHSしかもってない -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:00:33
-ふる -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:01:01
-因みにおけつニキ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:01:07
-念の為に聞くけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:01:24
-はい -- 2020-01-12 (日) 20:01:31
-どっちの王将ですか -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:01:33
-餃子の -- 2020-01-12 (日) 20:01:44
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:01:55
-ワイ大阪の方です -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:02:03
-大阪じゃないほう -- 2020-01-12 (日) 20:02:06
-大阪のほうか -- 2020-01-12 (日) 20:02:12
-おけつニキぃ! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:02:14
-なんで大阪いったの -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:02:19
-おけつほられニキ? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:02:34
-近くにないからなぁ -- 2020-01-12 (日) 20:02:41
-(´∀`(⊃*⊂) -- 2020-01-12 (日) 20:02:44
-それはまんぬんやろ -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:02:44
-大学の近くにある王将は餃子の王将だけど -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:02:46
-地元に、他の大阪王将とメニュー違う店あんだけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:03:00
-こないだ大学に行く機会があって、食堂見たら、入ってたのは大阪王将だった -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:03:05
-オリジナル?メニュー多くて -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:03:15
-あー リコの怪我並みにいやなストーリーきた -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:03:18
-まんぬんちゃんおけつほられてたの -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 20:03:24
-ケツから唐辛子垂れ流してたぞ(風評被害) -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:03:43
-居酒屋チックで結構美味しいのよね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:03:45
-梅田王将 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:03:58
-餃子の方は店舗ごとの差別化が -- 2020-01-12 (日) 20:04:02
-結構差別化していいのね、チェーン店なのに -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:04:13
-まんぬんは口から食べずに直接吸収する変態じゃったか.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 20:04:22
-独自色か -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:04:34
-メニュー作っちゃうからね餃子の王将 -- 2020-01-12 (日) 20:04:51
-ねー -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:04:53
-ボス前でネルソンが中破しやがったんだけど -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:05:04
-ワイの行ってる大阪王将もそんな感じ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:05:12
-大学の近くの王将は、学生向けの大盛メニューが多かったなー、そういえば -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:05:17
-所沢の近くの王将はプロぺセットって作ってるし -- 2020-01-12 (日) 20:05:21
-ネルソンが中破したらタッチ出ないよね? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:05:28
-他が元気なら第4で凸>山城提督 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:05:31
-四天王って飲食チェーン店はむしろ主力商品の違いを作って地域それぞれで客が来るように工夫していたなー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:05:31
-ぽんぺセット? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:05:35
-中破は出るんじゃない? -- 2020-01-12 (日) 20:05:38
-比叡が中破した -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:05:40
-ラーメン屋が特に顕著だった -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:05:43
-帰りましょう -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:05:45
-そこ限定?の唐揚げ系美味いのよね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:05:52
-へー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:06:03
-秋津洲と五十鈴も中破した -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:06:07
-ネ改マスで中破なら第四でダメ元で突っ込んでもいいんじゃね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:06:19
-これほぼ13話を1時間やるんじゃないの -- 2020-01-12 (日) 20:06:22
-ネルソン比叡中破で凸は流石に勝ち目is何処案件では -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:06:37
-ネルソン中破だけなら凸してもいいと思う -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:06:56
-総集編の映画を先週と今週で前後で放送っしょ? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:06:57
-CL2引き続ければワンチャン -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 20:06:58
-けど('ω') -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:06:59
-夜戦に入ればワンチャン刺さる可能性があるかもしれない・・・! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:07:00
-入れれば -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:07:10
-そうそう、今後編やってる -- 2020-01-12 (日) 20:07:16
-最近ふと思ったんだけど、6-2甲でやってネルソンタッチにこだわりすぎたんじゃないかなって -- 2020-01-12 (日) 20:08:17
-第4で行けばどうなってたかって思うわ -- 2020-01-12 (日) 20:08:36
-おけつニキ何見てるの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:08:43
-今更なんだけど -- 2020-01-12 (日) 20:08:49
-まんねんくん -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:08:50
-MXのメイドインアビス観てる -- 2020-01-12 (日) 20:09:02
-ほう -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:09:11
-とはいえNT撃たないと大概アカンことになるんだよなぁ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:09:20
-てしけに -- 2020-01-12 (日) 20:09:38
-タッチ込みで昼戦で3~4択に持ち込むのが前提のゲームですしおすし(適当) -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:09:41
-https://twitter.com/mucom88/status/1215976684286906369 -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 20:09:43
-岩川くんの最後もNT出たの? -- 2020-01-12 (日) 20:09:56
-アレをタッチなしで勝つっていうのはちょっと目が見えなかったの('ω') -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:11:38
-NTどうだっけな -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:12:16
-ただいま -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 20:12:25
-NT出てますね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:12:54
-カウント太郎もぬめりっちょもNT出て夜戦の択でスナイプする流れは同じだったな -- 2020-01-12 (日) 20:12:55
-おかか -- 2020-01-12 (日) 20:13:02
-タッチしなくてもネ改を落とすチャンスはあるけど -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:13:17
-出てるのか、やっぱ出なきゃなんだな -- 2020-01-12 (日) 20:13:18
-NT出てネ改を吹っ飛ばしてくれるのが一番いい勝ち筋 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:13:21
-水鬼は絶対死なねえもん('ω') -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:13:23
-ラスダンじゃないけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:13:27
-霧島のタッチでネ改918は忘れません -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:13:43
-なおワイはフラツと水鬼とボス狙った模様 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:13:52
-殺意の波動に目覚めた霧島ネキ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:14:01
-クソ案件 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:14:03
-と思ったけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:14:18
-霧島ネキは元から殺意の権化だったわ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:14:31
-最高に上振れしたら水鬼の装甲250でもワンパンダメ出る可能性あるんだよな霧ネキタッチ -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:14:35
-ネルソンいないと・・・ -- 2020-01-12 (日) 20:14:43
-ボスでネルソンタッチする人って案外いないっぽかったのが -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 20:14:46
-_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:15:07
-昼で夕立と綾波が大破 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:15:15
-見直したら -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:15:16
-水鬼がかばってるのでボス2回狙ってたんだなワイの -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:15:25
-あとVマス行きたくないからって装甲破砕せずに割ってる人もいたな・・・ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 20:15:27
-さすがに甲でそれは無茶じゃないすかね・・・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:15:39
-ぐふ -- 2020-01-12 (日) 20:15:47
-かす -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:15:51
-RTA勢は装甲ギミックやらずに割ってるでw -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:15:55
-無理ではないけど無茶ではあると思う -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:16:46
-それ装甲395を無理やり割ったビッグセブンが無茶じゃなかったってことになるじゃん? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:17:18
-まあチャットには色々な人がいるのだ・・・ -- ラバウル睦如月提督@戦果稼ぎとレベリング◆de253c6c 2020-01-12 (日) 20:17:22
-ハマれば勝てるんだろうけどいつハマるのか -- 2020-01-12 (日) 20:17:22
-タッチなしより装甲破砕無しの方が現実味ある('ω') -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:17:58
-タッチなし勢は頭おかしいと思うマジで('ω') -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:18:14
-沼風てーだったかがタッチ無し武蔵でぶち抜いたんじゃなかったっけか。。。? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:18:48
-タゲ運にお祈りして霧島比叡が狙わなければ済むだけだからへーきへーき -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:19:01
-🤔 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:19:08
-🤔 -- 2020-01-12 (日) 20:19:13
-アレはぶっちゃけ「正気か」と思った -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:19:19
-一応ワオのラスダンでネルソンが装甲抜いてる -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:19:48
-狂気だったのん -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:19:48
-シレっと言ってたけど支援なしで割り切ったヴェル提督ともども割ととんでもないことやってるやつ -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:20:05
-ワンチャンネルソン昼割がありえたかもしれない https://imgur.com/C66RiD6.png -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:21:02
-乱数次第だけど -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:21:09
-道中辛くて支援無しは早々に諦めたのぅ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:21:25
-つまり -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:22:59
-ボス支援なしは割と困らないけど道中きついよね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:23:08
-乱数さえ良ければ全員が寄ってたかってボスどつき回して勝ったりする訳ですね! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:24:17
-乱数が良ければね -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 20:24:34
-それにしても択が多すぎる -- 2020-01-12 (日) 20:25:08
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:25:12
-ワイの割見せてあげよう -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:25:45
-こんなんわらうわwwwwwwwwwww>https://www.nicovideo.jp/watch/sm36216655 -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:26:05
-https://pbs.twimg.com/media/ENx08gXU0AAiXWm.jpg -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:26:20
-てか今回はほぼほぼボス制空がゴミだったから -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:26:22
-基地隊がイキイキしてた -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:26:40
-乱数さえよければ特効なしで装甲333割れるからね乱数さえよければ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 20:26:44
-仕事するかは知らない -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:26:50
-イキイキしてなかったゾ・・・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:28:02
-アトランタ強すぎだろ -- 2020-01-12 (日) 20:28:14
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:28:17
-多分あれイントレさんの1射線しか残ってなかったんじゃねえの感ある -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:28:40
-入れる場所作れなかったけど -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:28:46
-E5であとらんらん入れると捗りそうだなと思った -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:28:57
-5分の1の花嫁 -- 2020-01-12 (日) 20:29:01
-イベ茶で突っ込んだ人いたけどボーキ2000吹っ飛んだって -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:29:46
-さすが自分で防空巡洋艦って名乗るだけの事はある -- 2020-01-12 (日) 20:29:56
-キョダイラプラスげっとなう -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 20:30:22
-おおおおお攻撃抜け5V! -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 20:31:04
-ずっと欲しかったんだよなぁ・・・キョダイラプラス -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 20:32:32
-あとらんらん -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:32:36
-らんらんはいらない -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 20:32:46
-いま貴方の後ろに居るの -- 2020-01-12 (日) 20:32:57
-要らないって言われちゃった…… -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:33:13
-グスン -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:33:18
-キレたわ! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:33:34
-一隻でそんなやるのって※があったけど -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:33:58
-暴れるらんらんは出荷よー -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 20:34:01
-アトランタ単艦だからえぐいことになるんだよなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 20:34:03
-まずは電気ショックで動きを止めなきゃ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:34:21
-迎撃選択率100%やぞw -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:34:29
-ナナチの泣くシーンとらんらん丸の泣くとこがシンクロ -- 2020-01-12 (日) 20:34:39
-Bに引きこもる -- 旗風嫁閣下@神聖ローマ帝国◆e615ecc3 2020-01-12 (日) 20:36:45
-ってら -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:36:52
-つまり -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:36:57
-ワイはナナチだった -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:37:06
-🤔 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:37:12
-ナナチイズ誰 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:37:14
-ノノノ -- 2020-01-12 (日) 20:37:28
-ナナチイズ🐷 -- 2020-01-12 (日) 20:37:40
-またメイドインアビスみたくなってきたじゃないか -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:38:05
-🐷なの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:38:05
-🐱だよ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:38:15
-ダイレクトマーケティング -- 2020-01-12 (日) 20:38:16
-そういやコンプティークにイベの情報載ってんのかな、昨日本屋に置いてたわ -- 2020-01-12 (日) 20:39:01
-毎回イベの総括してるよね -- 2020-01-12 (日) 20:39:14
-んなぁー -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 20:39:15
-んなあーで思い出したけど -- 2020-01-12 (日) 20:40:19
-イベの振り返りくらいしか乗ってなかった -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:40:20
-またぬんぬんちゃん消えてるじゃん -- 2020-01-12 (日) 20:40:30
-そんなもんなのか -- 2020-01-12 (日) 20:40:43
-うん -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:40:47
-夜戦の5択スナイプが正解なのか運営の意見を聞きたかった -- 2020-01-12 (日) 20:42:37
-あとは新艦の無印イラストと改イラストの違いとか -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:42:45
-tんtん -- 2020-01-12 (日) 20:43:04
-らんらん丸ガッツリチェックしてるんだな -- 2020-01-12 (日) 20:43:31
-買ったのでね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:43:40
-刈った? -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 20:44:47
-刈らないで -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:45:08
-出版不況の中きちんと貢献する -- 2020-01-12 (日) 20:45:09
-えへへ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:45:18
-らんらん毛生えてたのん -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:45:21
-ジャックザリッパ― -- 2020-01-12 (日) 20:45:35
-(*´σー`)エヘヘ -- 2020-01-12 (日) 20:47:47
-潜水幼女いないと潜水マスなんも怖くないな -- 2020-01-12 (日) 20:48:03
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 20:48:13
-イベで感覚が狂ってきてる -- 2020-01-12 (日) 20:48:25
-あーマルルクかわええ かわええ 結婚したい -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:48:49
-観てる・・・ -- 2020-01-12 (日) 20:48:57
-まるるく? -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 20:49:02
-オーゼンにぶっ飛ばされちゃう -- 2020-01-12 (日) 20:49:16
-レズだし兵器やろ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:49:32
-平気 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:49:35
-レズだからマルルクは女の格好をさせられているのか? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:49:49
-まぁしゃぶるくらいは許されるだろう -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:50:10
-歪んだショタコンだと思ってた -- 2020-01-12 (日) 20:50:25
-おはげっちょもメイドインアビス観て来週の劇場版観に行って -- 2020-01-12 (日) 20:50:51
-終わっちゃうんですけど -- 2020-01-12 (日) 20:51:05
-R15+ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:51:06
-あれって完全続編なの? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:51:07
-それともスピンオフ? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:51:16
-この最後からの続きでしょ -- 2020-01-12 (日) 20:51:25
-ということは,地上波でこの続きとして2期を期待するのは絶望的か -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:51:51
-めいどいんあびす・・・・ちょっとぐぐってくる -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 20:51:51
-可愛い絵柄でえぐい内容 -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:52:11
-ロリ可愛い子おおいけど えぐすぎるぜ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:52:18
-お -- 2020-01-12 (日) 20:52:26
-は -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 20:52:40
-な -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:52:50
-ライトな絵柄からクッソエグい話 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:53:00
-前にも誰かにこの話した気がする -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 20:53:12
-先週辺り? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 20:53:26
-シンクホールに魅せられる気持ちはすごいわかるんだよね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:54:01
-https://matome.naver.jp/odai/2137648386582500701  こんなん潜りたくなっちゃうでしょ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:54:49
-漂流教室 -- 2020-01-12 (日) 20:55:49
-(むー。秋霜より先に神鷹に会ってしまった・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 20:56:53
-おめで -- 2020-01-12 (日) 20:57:18
-ふむ・・・・穴の中に突っ込んでくお話? -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 20:58:02
-ざっくり言えばそう -- 2020-01-12 (日) 20:59:15
-神鷹、初かな?おめぇ -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 20:59:27
-劇場版艦これも穴に突っ込んでたし -- 2020-01-12 (日) 20:59:30
-https://www.pixiv.net/artworks/78456790    この子にも穴があるから突っ込むわ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:59:39
-平戸ちゃんかわいすぎるんじゃぁ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 20:59:49
-おめありです、神鷹2人目なのでどこまで育てるか考えよう・・・ -- 社畜イ級(中破)甲甲甲乙丙丁 E-5新艦?知らない子ですね 2020-01-12 (日) 21:00:52
-Ju87C改二(KMX搭載機)って強いの?もし強いのなら改2までやっちゃえぇ -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 21:02:46
-弱くはない(強いとは言ってない) -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 21:03:42
-落されにくい水爆になるなら結構使えるがなぁ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:04:11
-横文字の艦載機って漁の時くらいしか使ってないような -- 2020-01-12 (日) 21:04:15
-夜戦のは別か -- 2020-01-12 (日) 21:04:27
-めいど・・・・小田原にある映画館では上映せず・・・ -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 21:04:32
-Ryusei! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:04:49
-熟練じゃないその艦載機は。。。微妙じゃないかの -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:04:51
-ようは、対潜能力強化されたスツーカだからねえ -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 21:04:52
-Suisei! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:05:01
-埼玉でも5館くらいだから池袋に観に行くわ -- 2020-01-12 (日) 21:05:04
-立川でもええんやで -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:05:15
-あえて横文字っぽくするスタイル -- 2020-01-12 (日) 21:05:29
-ブクロとかオシャンティかよ! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:05:33
-爆装9だから弱いわけじゃないけど、99江草と比較されると悲しいことになる -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 21:05:41
-(*´σー`)エヘヘ -- 2020-01-12 (日) 21:05:45
-ブクロって言うと若者感ある -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:05:58
-ついでに熟練機の存在も影の薄さに拍車をかける! -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 21:05:59
-99江草は簡単に量産出来るからな! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:06:27
-え? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:06:47
-海老名か横浜・・・ちょっとためらう -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 21:07:00
-( ˘ω˘ ) -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:08:39
-何でこんな絞ったんだよ平戸 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:08:42
-確率自体はふつうじゃなあい? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:08:57
-すやー -- 2020-01-12 (日) 21:08:59
-運営くたばれ ケツにデスソース流し込んでやる -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:09:05
-ガシャンマスなのがな -- 2020-01-12 (日) 21:09:07
-普通なら2週間も沼ってねぇよ・・ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 21:09:19
-(´∀`(⊃*⊂)👈ヨシ! -- 2020-01-12 (日) 21:09:23
-いや甲攻略でAで泥なしなのが糞 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:09:24
-それはわかる -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:09:32
-Sってのはね -- 2020-01-12 (日) 21:09:41
-こう巣食われて無くちゃ? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:10:03
-E5甲とか変態かよ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:10:21
-しかも道中で結構大破するじゃん? 警戒陣だけだと難しいし支援艦隊出しても警戒陣だと効果薄いし かといって単縦にすれば,内漏らしあったらナ級雷撃ですっぱり落ちるし -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:11:04
-岩ニキ甲でしょ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:11:05
-E5乙で攻略中に両方出たぞガハハ! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:11:14
-うるせーぞ 食材が!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:11:30
-こわい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:11:37
-今鉄板熱してやる!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:11:41
-こわ -- 2020-01-12 (日) 21:11:48
-カニバリズム -- 2020-01-12 (日) 21:12:01
-安心しろ70度の低温調理だ! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:12:03
-豚カツにして食っちゃうぞ”? -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 21:12:05
-優しい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:12:11
-中までじっくり -- 2020-01-12 (日) 21:12:15
-煽っておいてそれはねーわ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 21:12:15
-えっランランって食材じゃないの? 豚的な何かじゃないの? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:12:50
-らん肉のカツ.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:12:52
-出来ればウェルダンが良いです -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:12:59
-レアで龍田提督に食べさせてあげる -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:13:19
-豚肉でウェルダンって結構チャレンジャーだな -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:13:24
-🤔🤔🤔🤔 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:13:31
-らんらん肉は豚肉っぽい何かだから -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 21:13:35
-いや平戸くれればそれでいいよ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:13:37
-あのあの -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:13:39
-ウェルダンって完全に火を通した状態なんですけど -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:13:50
-らんらんを180℃の油で揚げるね -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:13:55
-とんかつになっちゃう -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:14:10
-・・・ですね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:14:11
-ウェルダンだと怖いらしいからレアで提供いたします -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:14:30
-こわい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:14:36
-ゴミ箱に捨てるしかない -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:14:51
-捨てないで! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:14:57
-土に埋めるか -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:15:05
-Well done -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:15:08
-私には貴方しか居ないの! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:15:09
-土に還るがいい -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:15:16
-肥料くらいにはなるじゃろ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:15:16
-らんらんが面倒臭い女ムーブしてる -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:15:29
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:15:38
-はい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:15:46
-つまりワイは女の子 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:15:48
-あなただれよ!私のことを愛してるんじゃなかったの!? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:15:53
-いやそのりくつはおかしい -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:15:54
-女の子がガハハなんて言わないな…… -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:15:59
-戦場の糞 -- 2020-01-12 (日) 21:16:08
-女の子がガバガバ? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:16:08
-土に埋めるって聞いて -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:16:43
-ねむい( ˘ω˘ ) -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:16:46
-( ˘ω˘)スヤァ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:16:55
-頭の中が犬神家でいっぱいなんだけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:16:55
-どうしてくれんの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:17:01
-キルミーベイベー -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:17:10
-どしたのわさわさ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:18:00
-21時は眠くなる -- 2020-01-12 (日) 21:18:08
-面白くなかったら木の下に埋めてもらっても構わないよ! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:18:13
-ばばーん -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:18:32
-女の子なら犬神家なんて知らんじゃろ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:18:47
-どうせ岩だしただの里帰り -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:18:57
-岩のママ埋めるとコスト掛かるからまず砕こう -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:19:18
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:19:24
-ママァ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:19:26
-原文ママ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:19:37
-原文お母さん -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:19:43
-原文(はらふみ) -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:19:51
-ちょっと何言ってるかわからないですね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:19:53
-原敬 -- 2020-01-12 (日) 21:21:17
-マジで眠いし昼寝してくるか -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:21:36
-天津飯のあん、オイスターソース入れるだけで、大分それっぽい感じの味になるなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 21:21:47
-岩川ニキ寝たら木の下に埋められちゃうよ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:22:05
-もう埋まってる -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:22:13
-中華料理そんなするわけでもないのに買ったので、無駄にならなくてよかった -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 21:22:14
-うける -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:22:17
-らんらんも隣に埋めてあげるね -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:22:27
-すやー -- 2020-01-12 (日) 21:22:30
-やさしい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:22:32
-岩川ニキ……ズッ友だよ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:22:50
-起きたわ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:23:40
-は? -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:23:47
-墓友 -- 2020-01-12 (日) 21:23:53
-いきなりキレる人となんか友達になれるわけないだろ! -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:24:14
-🐷だったわ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:24:19
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:24:23
-はい -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:24:29
-いきなり砕ける人もちょっと…… -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:24:42
-は? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:24:49
-いきなりキレる🐷と友達には....そもそも🐷と友達にはならんな🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:24:51
-うしキョダイラプラス育成完了 -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:25:37
-ボールすら友達になるんだぞ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:25:37
-🐷が友達にならない理由がないだろ! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:25:57
-これでらんらんを冷凍保存できる -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:26:02
-やめて -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:26:18
-らんらん冷凍保存してゆっくり食うってよ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:26:35
-ひと想いに食べて -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:26:56
-冷凍が嫌なら干し肉? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:27:23
-だってらんらん丸々と肥え太って1日で食えないほどの巨体じゃん -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:27:39
-早めにお召し上がりください -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:27:41
-じゃけんフリーズドライで保存しましょうねー -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:28:03
-丸焼きにして冷蔵にしてレンジは? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:28:18
-うぉーきゃすたーてー -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:28:28
-鹿T -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:28:32
-肉はな、焼いたら腐食早くなるんだぜ? -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:28:42
-昨日はアドバイスありがとん -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:28:48
-肉は早く喰うにかぎる -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 21:28:55
-ういうい、勝てるようになったかな? -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:29:01
-了解 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:29:03
-こちらレアの豚肉をご用意しました -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:29:08
-早く食べて -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:29:22
-ラプラスだと溶けちゃいけないからレジアイスで凍らせるね -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:29:25
-La+ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:29:37
-まだソロプレイだけだけど期間限定クエストがサクサク進むようになったわぁ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:29:40
-限定クエもそうだけど -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:29:51
-万年くん消えるの早すぎんだろ・・・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:30:35
-NPC相手で難易度超級のをクリアすると任務達成できてお金貰えるから超級全部クリアすべきよー -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:30:37
-万年くんね -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:30:42
-ほんとよくわかんない -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:30:49
-おっはー -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:30:51
-おっはー -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 21:30:56
-一瞬やってきて一瞬で消える謎ムーブ -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 21:31:04
-10秒後に返信してもう消えてた -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:31:12
-ほんまやで謎ムーブすぎやろ -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 21:31:23
-すまぬす.... -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 21:31:27
-テスト勉強しながらだから -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 21:31:32
-んなぁ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:31:33
-んなぁ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:31:37
-すぐにお返しできぬい.... -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 21:31:37
-んなぁ~ -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 21:31:41
-ならブラウザ閉じて真面目にやれよ・・・ -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 21:31:52
-こんモフシラガ -- 2020-01-12 (日) 21:31:54
-チャットしてないで勉強しろ(正論) -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 21:31:58
-この前誰かが言ってたけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:31:59
-もふ -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:32:01
-どっちかに集中して -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:32:01
-超級かぁ。。。まだ動かし方がばいから勝てそうにぬめぇや -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:32:08
-チャットするか艦これするかはっきりして -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:32:11
-テスト勉強をしながらメレンゲを泡立てる万年提督? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:32:15
-チャットしながら艦これするのはセーフ -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 21:32:25
-中途半端に来るくらいならまとめて休憩でもして -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:32:29
-あああああ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:32:45
-これはA敗北ムーヴ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:32:57
-熱々の油にでも墜ちた? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:32:59
-じゅわあああ -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:33:15
-うわああああ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:33:20
-シャドバのストーリーとかソロプレイのやる気が起きない -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:33:23
-まぁ余裕でS勝利やな!(掌クルー -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:33:52
-串にさして丸焼きにすっぞ -- カウント@(╹◡╹)◆17b4c2e7 2020-01-12 (日) 21:34:08
-S調理 -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:34:10
-揚げムラが出来ないようにひっくり返さないとね -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:34:17
-はい -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:34:22
-180℃維持するんやぞ -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:34:34
-(らんらんの肉あと何割残ってるんじゃろ) -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:34:37
-保存に難ができるからせめてハムにして -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:34:42
-すぐ再生するので -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:34:49
-無から発生するから無限やぞ -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:34:54
-! -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:34:56
-超級なんざ適当に盤面取ってれば勝てるんですよあのクソカイザーに比べればぬるい -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:35:00
-らん肉は食べ放題なのか -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:35:09
-本当? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:35:09
-カイザーに即追い返されたから超級ってそんなもんかと思いきや アレが異常だったんかぃ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:35:43
-さすがのワイも0%以上体残ってないと再生できないので -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:35:46
-こんばんわー -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:36:01
-ばはー -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:36:04
-つまりらんらんはSCPだった・・・? -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:36:04
-ばわー -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:36:06
->=0 -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:36:06
-こんばんみ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:36:07
-ばわー -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 21:36:07
-SCPだとしたらもう相当なミーム汚染が進んでるな! -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:36:31
-0%以上って0%も含みますよね🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:36:32
-イベもあと少しか・・・ -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:36:36
-アンリミ仕様の式神ウィッチ使えばカイザーの勝率は8割いくんだがな -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:36:39
-ふぇぇ・・・眠いよぉ・・・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:36:47
-寝て -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:36:52
-( ˘ω˘)スヤァ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:36:57
-寝て良いよ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:37:02
-6Tクオンですらゴミに見える 相手の回転次第ですべて決まる -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:37:03
-新艦掘れてないやつはいないな! -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:37:05
-平戸はいません -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:37:12
-平戸は未実装、いいね? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:37:18
-ふれっちゃいません -- ときちゅはげ 2020-01-12 (日) 21:37:21
-lv97 -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:37:25
-E5-1ボスにドロップなかったです -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:37:27
-後で起こしてあげるから -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:37:28
-食べ残すと増えるケーキ思い出した >SCP -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:37:28
-アンリミ仕様とかあとドンだけエーテル必要になるのやら() -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:37:36
-ぶっちゃけ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:37:38
-やっぱりシャドバはメジャーな戦法使った方が良いのか? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:37:41
-平戸いませんが・・?() -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 21:37:42
-ケテルケーキはNGで -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:37:42
-海防はそのうち手に入るし別にいいでしょって -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:37:46
-アンリミとか突っ込むのなんかあったっけ? -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:37:51
-イエローケーキいかがっすか? -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:37:53
-ケテルポーク -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:37:55
-まぁ、海防艦はそうなる可能性はあるけど -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:38:15
-ウィッチなら導きとか? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:38:15
-おいしさやばげらんらんぽーく -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:38:17
-逆に食い続けないといけないタイプ -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:38:18
-カービィ呼べば余裕だな! -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:38:24
-おいしさ やばげ ひいろのぶたよ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:38:42
-食べ残すと増えるイエローケーキ -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:38:48
-というか平戸難民多そうね -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:38:55
-あぶらみ あかみ てをのばせ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:38:56
-正直式神なんぞより疾走組む方が楽そうなカイザー -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:39:00
-ほるもん どこいった -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:39:05
-堀にいくのがめんどくなっちゃった -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:39:44
-わかる -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:39:53
-平戸いらんかなって.... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:39:55
-ワイも正直攻略中出なかったら無視してた -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:40:39
-平戸さ、多分次E1で来る気がする・・・13の時みたく -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:41:01
-5T決められるとどうしようもね… -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:41:12
-秋霜はまぁ、掘っても良いかなって思ってたけど -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:41:25
-自分今デッキ3つあるけど多分どれもこれもマイナー戦術なのがなあ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:41:41
-今回の堀新艦は性能面では大したことない。性能面では -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:41:49
-秋霜は来なくなったってなりそう -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:41:51
-特に魔道具店は5T以内の決着は見込めないし -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:42:21
-秋霜は多分出てもそこそこつらそう -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:42:30
-駆逐の再堀って辛い事多くね -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:42:38
-平戸も掘りポイントがもう一つあればガシャンでもまぁいいのよ・・ -- 舞鶴湾のモフリスト@【イベ完!あとは平戸掘りのみ】◆51fbad07 2020-01-12 (日) 21:42:46
-耐えてにぎにぎされなけれ勝てるよ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:42:54
-ガシャンは悪い文化 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:44:16
-とりあえず勝ちが安定してきた下級でポイントあつめしてるのんねぇ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:44:26
-物資買ってきた -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:44:28
-おか -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:44:32
-買ってきちゃったの -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:44:39
-2Tヘルフレイム見た時点でサレンダーするべきかな? -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:45:04
-んー -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:45:08
-頑張るぞー -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:45:09
-ランラン調理用の塩とかキラしてたんだ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:45:30
-かんばえー -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:45:30
-二二Tの使ってる式神はローテでしょ? -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:45:33
-俺もローテだぞ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:45:42
-3Tで3ダメ出せる奴って少ないよねってやつ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:45:50
-うん教えて貰ったローテの奴 -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:46:12
-パッと浮かんだのは覇食帝、威風(選択できないけど)、重ねたウインドブラスト、マナリア魔弾 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:47:14
-初手クラーク安定すぎる -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:47:28
-AM12時 住宅地 警察官「はーい、ストップ」 ト瑞鶴「なんですか」 警察官「手荷物、はよ」 ト瑞鶴「はい」 警察官「メロンパン、マスク……パンフレット!?」 警察官「逮捕ー!」 #shindanmaker https://shindanmaker.com/653640 🤔🤔🤔 -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:47:38
-パンフレットだろなあ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:47:53
-どんなパンフレットなん..... -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:47:54
-アンリミ仕様もそこまで変わってないから多分組めると思うからアンリミ仕様式神使ってみる?コードこれね 1sh2 -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:48:03
-あざっす~ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:48:19
-やっぱ疾走の方が楽だぞカイザー -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:48:32
-PM1時 最寄り駅 警察官「おい、そこのお前」 アケ霜「なんですか」 警察官「手荷物見ますよー」アケ霜「はい」警察官「マスク、靴下……パンフレット!?」 警察官「もう行っていいよ」 -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:48:47
-PM1時 繁華街 警察官「おい、そこのお前」 🐷「なんですか」 警察官「手荷物見せろ!」 🐷「はい」 警察官「ハーブ、サイン色紙……ブラジャー!?」 警察官「ご協力に感謝!」 #shindanmaker https://shindanmaker.com/653640 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:48:47
-いえいえどういてしまして -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:48:54
-全シャドバプレイヤーの中でマスター以上の比率ってどれぐらいなんだろう -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:48:58
-いてし -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:48:59
-ハーブ🐷 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:49:09
-ハーブ豚 -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:49:12
-おハーブ -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:49:15
-カードもエーテルもないぺーぺーに今すぐ別デッキ用意するのは難しい。。。かも? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:49:16
-じゅるり -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 21:49:16
-デッキ上げる -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:49:22
-つってもこっちはもうクエスト報酬全部貰ったからなぁ・・・ -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:49:28
-AM1時 繁華街 警察官「こんにちわー」 🤔「なんですか」 警察官「手荷物出せ」 🤔「はい」 警察官「ロウソク、白い粉……双眼鏡!?」 警察官「ご協力に感謝!」 #shindanmaker https://shindanmaker.com/653640 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:49:40
-そのハーブ合法なのらんらん -- ◆eb0f6d52 2020-01-12 (日) 21:49:43
-1shl ドロシーは外してどうぞ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:49:44
-おしごとがんばってね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:49:46
-AM2時 樹海 警察官「はーい、ストップ」 山城提督「なんですか」 警察官「手荷物見せろ!」 山城提督「はい」 警察官「コンパス、鞭……割りばし!?」 警察官「至急、応援を要請」 #shindanmaker https://shindanmaker.com/653640 -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:49:53
-アトランタやっぱやべーな・・・ https://twitter.com/misteal/status/1215875722557845505 -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:49:57
-ハッピーターンかな -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:49:59
-AM8時 浜辺 警察官「ポリスでーす」 ヴェル囲込提督「なんですか」 警察官「手荷物調べますねー」 ヴェル囲込提督「はい」 警察官「生きたエビ、絆創膏……生きたエビ!?」 警察官「ご協力に感謝!」 #shindanmaker https://shindanmaker.com/653640 -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:50:26
-エビ好きねえ -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:50:41
-生きたエビ…… -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:50:42
-海老・・・ -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:50:50
-普通の疾走ウィッチですな -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:50:53
-とっても普通だけど無理矢理潰せる というか潰す -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:51:12
-ナニコレ68L以上なら先制対潜が可能・・・? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:51:13
-いつから屋 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:51:16
-68L? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:51:32
-ワイだけ荷物2個じゃね -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:51:38
-エビ2匹かもしれない -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:52:02
-駆逐艦68L以上であれば峯雲以外先制対潜かのうになったという書き込みをしているブログが・・・ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:52:15
-いやちょっとよく見てみよう -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:52:21
-1匹目は良かったというのか -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:52:31
-エビが1匹とは限らない -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 21:52:32
-対潜改修かつ151515で積むとそうなるとか? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:52:45
-どっちも頑張れば組めそうだわぁ お二方あざっす -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:52:53
-ドロシーは外していいけど実は回れば仕事するでも正直重い -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:53:22
-ああ装備品的にってことかーな -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:53:24
-だと思う -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 21:53:49
-151515で通じるだろうか -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:54:00
-紛らわしい書き方するなーコのブログ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:54:14
-一握りだろできるの -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:54:17
-対潜値じゃろうか? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:54:20
-そう>出来るの一握り -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:54:45
-上位ランカーのみ可 -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:54:54
-連合のような -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:55:04
-一握りどころじゃねえぞ・・・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:55:34
-ランカーじゃない人は15,15,13かね -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:55:48
-https://www.pixiv.net/artworks/77863559   兎が発情すると手を付けられないな -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:55:49
-そうなる>151513 -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:56:00
-(そういえば入手したお金はすぐに最新のパックに使っちゃってたけどよかったのかにぁ) -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:56:06
-シナジーは先制対潜には影響するんだっけね? -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:56:18
-こいつらCPUとやってるとクラークの強さ再認識するわ… -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:56:25
-そらね -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:56:27
-最新でおk -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 21:56:32
-でも3種は厳しい -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:56:43
-シナジーは対潜値は上がらぬ 装備ボーナスは影響する -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:56:49
-先制対潜はソナーの有無と数値だけでは? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:56:50
-2種シナジー -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:56:55
-ぉぉぅ あってたようで何より -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 21:57:05
-威力の話 -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:57:16
-威力は影響あると思うゾ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 21:57:35
-俺は昔評判良かったリヴィジョンの忍者いまだに使っとる -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:57:36
-アイエエエエエエエ -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:57:59
-ニンジャ!? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 21:58:19
-うぁぁぁぁぁ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 21:59:24
-そういや14日は夕張だけだっけ改二 -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 21:59:51
-ウィッチの誇る4強カード、クラーク、キョウカ、運命、使役 -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 21:59:57
-異論は認める -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:00:03
-バリさんまだ97だわ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 22:00:10
-99%夕張 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 22:00:12
-宣告は? -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 22:00:14
-本好きの下剋上最終話録画予約したはずなのに残ってなくて仕方ないから最終話手前のやつ録画消去してアマゾンで見ようと思ってたら 残ってたよ 能均のまとめの方に入ってたよ がぁぁ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:00:35
-もうけしちゃったよぉ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:00:39
-残りの1%はメンテ延長で日を跨ぐ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 22:00:42
-全部CMかっとして残しておいたのに -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:00:51
-オーフェン予告するマインのCMとかもとっておいたのに・・・ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:01:11
-前に言ってた複数の改二実装ってどこいったん -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 22:01:12
-信濃と一緒に沈んだ -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 22:01:37
-脳筋まとめにみえた -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 22:01:38
-夕張改二と夕張改二なんちゃらで2つだな!(名推理 -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆◆ec79d053 2020-01-12 (日) 22:01:54
-宣告実はそんなでもないぞ 刺さればってやつ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 22:01:54
-絶対来ないじゃん> 信濃と一緒に沈んだ -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 22:02:20
-まぁ秋は過ぎたな… -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 22:02:39
-ブースト6だとして、4-1-1(ゴーレム寄り)とかが出ると悲しい -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 22:02:47
-お冬さん is どこ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 22:02:48
-海底 -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 22:03:04
-大食いやってる -- 2020-01-12 (日) 22:03:05
-お冬さんお冬さんお冬さんお冬さんお冬さんお冬さん -- (´・ω・`)@らんらん@🐷@🦍@🍆@🦈◆ec79d053 2020-01-12 (日) 22:03:15
-お疼さん -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 22:03:30
-かぼちゃ漬けにしなきゃ >涼月 -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 22:03:53
-しかもカルディーで買ったウニクリームパスタ味微妙だよぉ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:04:45
-もう2年お冬さんに対して独り言言ってるんだなぁって -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 22:04:52
-浜風「たった2年ですか」 -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 22:05:17
-けど宣告使って楽しいしなあ(ただ使う前に魔道具店がうまく回って終わることも多い) -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 22:05:21
-むかしの艦これではよくあったこと -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:05:23
-平戸がいなければ 作ればいい -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:06:10
-彼女は海防艦 -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:06:17
-カーンカーンカーン -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:06:17
-なるほど -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 22:06:23
-平戸がいなければワイが平戸になればええんや・・・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 22:06:32
-これ嵌ればカイザーのほうが狩りやすいな -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 22:06:47
-そして択捉型 ・・・ 💡  エトロフチャン!!!!!!!!!!!!!!!!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:06:52
-無茶言うな -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 22:06:52
-くっちゅくちゅ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:08:11
-アグロロイヤル相手に耐えきって盤面返し切って勝つの楽し~ -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:09:09
-帰ってきたので鯖ひらこ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 22:10:46
-おかえり -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 22:10:57
-サバのひらき -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:11:03
-おかー -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:11:08
-をっかい -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:11:12
-焼こう -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 22:11:16
-らんらんを -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:11:30
-カイザー狩れるのにキャル狩れないタスケテ -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 22:11:41
-うーん14話これは社会人としても勉強になるわね -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:11:43
-そして村を -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 22:11:52
-ローストらんらん -- アケ霜◆39eca2b8 2020-01-12 (日) 22:11:52
-マグマで -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:12:02
-らんらんはローストポークに -- ヴェル囲込提督@対潜◆75c17671 2020-01-12 (日) 22:12:42
-エルフで天界の門・・・? -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:13:02
-なんだこれ・・・ -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:13:09
-はああああああああああああ?????????????????????? -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:13:24
-なんかヤバイらしい -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:13:34
-ハイランダー大好きっ子か刺さったら死ぬタイプのデッキか -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 22:13:55
-ちょ・・・エズディア天界の門でコスト下げて出して狼で疾走付けて殴るとか・・・ -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:14:12
-どんだけハイリスクローリターンなギャンブルデッキだよ! -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:14:33
-ふざけんな!決まるのが完全に天運任せのデッキじゃねーか! -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:19:09
-ハイランダ―だよ!畜生! -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:19:20
-つまり運が無い -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 22:19:26
-つまり負けた? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:19:43
-いやおっさんまず神殿長の暴挙止めろよ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:20:15
-キャル3連ぐらい負けてる… -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 22:21:00
-6T目に~手札にエズディアと瞬速の狼手札に握って~天界の門の効果が7枚分の1でエズディアにかかることをお祈り~ -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:21:18
-どんな変態デッキだ! -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:21:37
-マジありえん・・・ -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:22:31
-うおおお眼鏡かけねえ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 22:22:39
-リプレイで何が起こったか確認したぞまったく・・・ -- ウォーキャスター@相談役◆d8944846 2020-01-12 (日) 22:23:15
-4戦ぶりぐらいにキャルに勝利ヤッター -- 宿毛の金剛提督◆2b0ed861 2020-01-12 (日) 22:25:14
-新しいコラができたぞhttps://gyazo.com/3f50f30063e700de9cc5eda296fc75fc -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:26:34
-https://www.pixiv.net/artworks/77356685  口直し -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:27:26
-丁字有利でフィニッシャー潰されながら敵は小破止まりに随伴まで残して 何やってるんだろうな… -- n13意識の低いデブ丁督(0x86婚(仮◆2e644459 2020-01-12 (日) 22:27:29
-ジェーナスも体中(^ω^)ペロペロしたい -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:27:38
-ローワンアトキンソンも元気だなぁ -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:27:51
-もう少し作りこむか -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:28:10
-ローワンも映画にまだまだ出てきてるしねぇ -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 22:28:59
-これで完成だhttps://gyazo.com/1e0c15f8d3f6b01a3c43016f47b7693a -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:31:32
-ちょいとこの蛇ひょうきんすぎやしませんかね....? -- (*°◡°*)まんぬん◆95be1a5d 2020-01-12 (日) 22:32:27
-タイトルは「こちらゴーン、日本からの脱出に成功した」やぞ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:32:47
-潜入任務はどうなった・・・? -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 22:33:29
-MGS1やMGS3の如く最後の脱出任務やぞ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:34:27
-エトロフちゃぁぁん!!! 平戸作って!!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:34:42
-MGSPWの研究所からの脱出が一番適してるか -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:34:43
-俺と一緒に平戸作って!! -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:34:48
-笑い死に! -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:36:43
-👻 -- 2020-01-12 (日) 22:39:40
-急に流れ止まった感じかぬぇ? -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:45:15
-にゃ? -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:45:46
-みんな・・・もう・・・ -- 2020-01-12 (日) 22:45:48
-変態のせいかな -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:46:03
-夜のえっちな艦これタイムすたーとーーーーーーーーーー!!!! -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 22:46:06
-カルロスゴーンさん、ハリウッド級の脱出劇だったよな~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:46:09
-継続 -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 22:46:11
-進めよう -- 横ちん龍田提督カノノノE7(平戸堀) ◆5a97e201 2020-01-12 (日) 22:46:17
-そういやゴーンさんはフランス人でしたっけ? -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:47:51
-フランス人でレバノン人でブラジル人 -- シラガ(まったり勢)◆ddc52c69 2020-01-12 (日) 22:48:11
-フランス的な考え方なら、不当な扱い受けたら脱走するのもわかる気がする -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:48:40
-レバノン料理? -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 22:49:00
-自己弁護一直線だったし典型的フランス人のムーブって感じ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 22:49:13
-フランス人は金持ちは絶対に悪いことやってるって思ってるらしいな -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 22:49:15
-あっマネT鯖開いてるよー -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 22:52:51
-サバ -- 2020-01-12 (日) 22:53:56
-おk -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:53:59
-なにやってるん? -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:54:09
-マイクラっすね -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:54:35
-ほほう -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:54:41
-マルチプレイか~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:54:51
-問題はこのサーバー5人までしか入れないことなんだけどな… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:54:58
-一応マイクラ最新版あるが -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:55:22
-マルチプレイで開拓の高速化くらいしか思いつかんのよね -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:55:55
-今何人入ってます? -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 22:56:47
-結局初回以外何もやってないな・。・ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 22:56:54
-久しぶりにはいりゃええんでない? -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 22:57:16
-今3人入ってるよ -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 22:57:17
-そいじゃいっちゃろかw -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:57:28
-お、じゃあ私も入れておくれ -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 22:57:28
-jaa -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 22:58:17
-じゃあみんなはまち入ってる? -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 22:58:24
-導入してある -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 22:58:42
-あぁそうか、ルート解放しないとだめか -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 22:59:05
-おkjaa -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 22:59:16
-okじゃあはまちでID nippon36 パス648648で入って -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 22:59:43
-入った -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:00:38
-今マイクラ起動中 -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:00:45
-ほい -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 23:00:48
-おろ、ランチャーが古いときた -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:01:19
-ああランチャーアップデート入ったからな -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 23:02:51
-なぜか日本語非対応になったけど -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 23:03:03
-そうなんかー -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:03:45
-新ランチャー機動 -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:06:04
-幸いロシア語には対応してるから助かったけど -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 23:06:15
-マルチリンガルは羨ましい -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:06:32
-はまちインストールせな -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 23:07:42
-1.15.1てどうなってんだろ~(インストール中) -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:08:13
-説得力があるようなないような https://twitter.com/ssmnsss/status/1215961148203225088 -- 呉___日λλλπ...◆755718f3 2020-01-12 (日) 23:09:26
-1.15.1結構愉快 1.7.10に定住してるせいか新鮮 -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 23:09:34
-インストールしたけどこれ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 23:10:11
-登録するのか、めんどくさいな~ -- 翔鶴嫁のラバウル提督mkⅣ@イベント完走:甲甲甲甲乙乙◆0f4b87c1 2020-01-12 (日) 23:10:23
-よし機動!! -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:10:57
-サーバー名と アドレスは何です? -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:11:16
-さっておちまうまう おやすみなしぁ -- 二二◆4058360d 2020-01-12 (日) 23:11:27
-おつー -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:11:37
-すやー -- 2020-01-12 (日) 23:11:44
-ふと見たら、22時くらいからリアルタイム切れてた -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:12:17
-おか -- ワンカップ提督あらため「ミカン味のパインアメ」◆238d7d80 2020-01-12 (日) 23:12:37
-アドレスははまちで私の名前を右クリックしてIPv4アドレスをコピーってして それをサーバーに接続で入力して 鯖名は関係ないから -- 闇ニコライ提督 ソ連領日本総督 ロシア系蓬莱人 N1K0L41 ◆d6105317 2020-01-12 (日) 23:13:07
-ミカン味のパインアメとかそれもうミカンアメでは?ボブは訝しんだ -- Galf(のっそり勢)@電SG◆676ee5ff 2020-01-12 (日) 23:13:41
-起きたぁ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り15◆890c6ada 2020-01-12 (日) 23:18:01
-おはあ -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り15◆890c6ada 2020-01-12 (日) 23:18:03
-💤 -- 2020-01-12 (日) 23:19:36
-マイクラ入りたいところだけどロイテル掘りが終わってない -- 和服提督@28ヶ月 E3掘り15◆890c6ada 2020-01-12 (日) 23:22:28
-マイクラはいつでもできるがロイテル堀はいまだけ -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:28:29
-こんばんは -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:28:51
-こんばんは -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:29:06
-堀頑張ってー -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:30:18
-こばこば -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:32:55
-渓流釣りの動画の人がもう2か月以上動画投稿ないので、Twitterやってないか見たら -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:33:22
-元気に生きていてよかった -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:33:27
-流されてなくてよかった -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:33:52
-_(:3」∠)_ -- 山城提督◆f13492f0 2020-01-12 (日) 23:34:17
-渓流釣り真冬は大変なのでは? -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:34:34
-じゃばー -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:34:41
-いや、真夏の時の動画が11月にアップだから -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:34:49
-ふむ -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:35:08
-多分、単に取れ高がなかったか、忙しくなったんやろうね -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:35:25
-手製の毛ばりとかTwitterに載せてるから、やめたわけではない模様 -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:35:49
-まさか漁業権...(違いそう -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:36:08
-去年は気候の関係か大手のボイロフィッシングの投稿主が全滅して、投稿が一時期全くなかったなんてこともあったし -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:37:17
-自然が相手のネタは難しいねー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:37:25
-今年は(も?)台風やら大雨がひどかったねぇ -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:38:31
-バイク車載は、投稿する→仲間が増える→走るのが楽しい→動画編集する時間が減る→投稿が激減、が多い -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:38:40
-リア充になってネットに戻ってこなくなるんですね(僻み -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:39:29
-投稿ペース落ちてるけど、他の人の動画で一緒に走ってるんだよねw -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:40:00
-つまりバイクで走りながら編集すればよいのでは?(名案 -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:41:03
-捕まるやんw -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:41:15
-リアル登山アタックも団体戦と称して、他の投稿主と一緒に登山してるの増えてるしなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:41:40
-まぁ、事故なくやれてるならいいよね。去年は例の富士山の件もあったし。 -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:42:30
-RTAで難易度すごく高い山登ってる人はそんないないからね -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:42:55
-あと冬山登っている人自体少ない -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:43:40
-このKは誰だろう -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:44:40
-シュレディンガーのK -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:45:09
-中を開くまでどのKか分からない(意味深) -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:45:22
-つまりすべてのKを内包した存在... -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:45:49
-誰かが似せたとかじゃなくて新しい人なんすかね -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:45:57
-情熱大陸見てた -- 鹿屋所属◆6f757a75 2020-01-12 (日) 23:46:04
-古い人ですw -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:46:08
-微粒子レベルで存在するK -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:46:15
-古い人でござったか -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:46:32
-雑茶ができてわりとすぐあたりからおりんす -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:46:46
-なるほど。最近着任した新人です、よろしくお願いします -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:46:54
-しれっと嘘つくのやめろ -- ほげ@◆1b0bb923 2020-01-12 (日) 23:47:16
-ここ1年くらいはあんま顔出してませんでしたが、お見知りおきをー -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:47:17
-(そういえばあのトリップに見覚えがあるような...? -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:48:01
-🤔 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:48:10
-🤔 -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:48:19
-信じん -- Y◆f13492f0 2020-01-12 (日) 23:49:27
-シンジん -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:50:21
-信じて -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:50:41
-うーん この もやもや感 -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:51:40
-新人ではないですけどそんなに強くないただの名無しです -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:52:05
-だうと -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:52:32
-イベ海域クリア出来てないので新人です -- Mr.Y◆f13492f0 2020-01-12 (日) 23:53:04
-どのトリップに見覚えがあるんだい? -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 23:54:12
-そこの赤い名無しじゃね?(適当) -- ◆f13492f0 2020-01-12 (日) 23:54:31
-0cd2e487 <-これよ -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:55:13
-ワイのトリップそんなに人目を惹くものなんだろうかって思うこの頃 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:55:18
-そういやそこの人見覚えあるような内容な… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 23:55:41
-初心者のワイにはこわいひとばかりだぜ -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 23:55:42
-トリップなんてみとらんからなあ -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:55:44
-までも他人の空似のような気もしてきた -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:55:56
-時々このトリップはコイツだって言われることがあるからビビる -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:56:10
-まぁ俺は名前変えたからだれかわからないって人もいそうだな… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 23:56:34
-自分はあふれだすゆるふわでばれるかもしれない -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:57:25
-あふれ出すゆるふわとは一体・・・うごご -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:57:44
-野良Tって結構前からいるよね -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 23:58:01
-ワイは特に目立たないからな。名前変えたらすぐにわからなくなる -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 23:58:02
-ログを溯ったらE6を装甲破砕しないで突破する人達の話しが有りましたけど… -- タウイの電提督◆673fb72e 2020-01-12 (日) 23:58:09
-うん -- くろにゃんこ◆cffdefe4 2020-01-12 (日) 23:58:24
-あふれ出す緑の片桐 -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:58:27
-結構前からいるねー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:58:29
-でちの人? -- 新K提督@甲甲甲甲乙甲◆caeb0963 2020-01-12 (日) 23:58:32
-そこの片桐ニキはGFCSを燃やされることに定評があるじゃないか -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 23:58:36
-あっごめん片桐は別人だった -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:58:40
-もうGFCSなんて誰でも持ってるのになぜか燃やされる。リフジン! -- 庭師K◆1278703e 2020-01-12 (日) 23:58:52
-今日の十九時過ぎ、別のチャットに来た編成相談はある意味もっと凄かった… -- タウイの電提督◆673fb72e 2020-01-12 (日) 23:59:00
-GFCS付の両用砲の方かもしれない -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:59:10
-どういうことだってばよ -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 23:59:11
-E6乙のラスダン編成相談者だったのですが… -- タウイの電提督◆673fb72e 2020-01-12 (日) 23:59:29
-贅沢言わないからジョンストン砲でいいよ -- ◆0cd2e487 2020-01-12 (日) 23:59:34
-E6を装甲破砕しないくても、運が良ければ割れるからなー -- 野良提督(ゆるふわ勢)◆6425a3a4 2020-01-12 (日) 23:59:36
-Xマス出してないって言われた… -- タウイの電提督◆673fb72e 2020-01-12 (日) 23:59:47
-どうやってボスに行ってたんだ… -- ショー鶴狂◆a82f70e2 2020-01-12 (日) 23:59:59